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HAIR-1000~いびつな家族と家政婦AIロボット~  作者: 霞染 睦


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第3話 疑惑

「ご主人様、コーヒーをお持ちしました」


「お、おう。ありがとう。なんだいこれは? 凄いな!? ちょうどコーヒーを飲みたいと思っていたところだった」


 ゴルフクラブを磨いている横にコーヒーが置かれている。


「なによ! あの店員! 全く私の好みが分からないんだから」


「奥様、お紅茶をお持ちしました」


「あら、ありがとう。気が利くわね」


 二人が帰ってくる前に、写真を元にご主人様と奥様として二人を登録している。


 もちろんレイの主(あるじ)は僕だ。


「レイ僕にもコーヒーをお願い」


 その僕の言葉を聞いた瞬間だった。


「レイってそのロボットの名前!? あんたがつけたの!」


 凄い剣幕で怒鳴られる。


 名前が怒りのフラグになるとは思いも寄らなかった。


 微かにだが、ゴルフクラブを磨くご主人様の手が一瞬止まったように感じたが。


「僕の名前嶺央(れお)から、一文字とって、『レイ』って名付けたんだけどダメだった?」


「ふん。だからこの名前に……」


 と言いかけて一瞬ことばを飲み込み、ゴルフクラブを磨いているわが家のご主人様を奥様がにらみつける。


「まあ、せいぜい勉強に精を出して医学部に合格してもらわないとね」


 心の奥底で芽生えかけた違和感だったが、その言葉でかき消されてしまう。


「勉強するので僕の部屋に行くね。レイ、僕の部屋で勉強を教えて!」


 奥様は僕の「レイ」と発する言葉に、一瞬ピクッと反応した。


 机に座ると常に鍵をかけている引き出しを開ける。


 中から出てきたのは、勉強方法が書かれたノートだ。


 文字が読めるようになってからは、このノートに従って勉強を進めてきた。


 まるで、僕だけのための勉強指南書を、神が与えてくれたように思えるほどの逸品だ。


 まずは数学から勉強を始める。


 学校でのテストも模試も、テストの難易度を計算して、一番入りやすい医学部に届くか届かないところに調整して解答を記入している。


 本来の実力を出せば、レイを共同開発している帝都大学医学部も、A判定がもらえるはずだ。


 ふと試しに、数年前の帝都大学医学部の入試問題を解いてみる。


 僕は、まだ一年生だが、高校三年間の学習内容はもう理解している。


 最後の超難問を解き、ほっと一息ついた時だった。


 レイが、紙に最後の問題の解答を記入し始める。


 僕の解答とは違い、無駄が省かれ、美しいとも思える数式と、分岐が組み込まれた完璧なものだった。


 呆然としてレイを見つめる。


「集中力が足りません。自分の実力におごることなく高みを目指すのです」


 とても流暢な言葉が返ってきた。


 それからだった、僕はレイといることが一番の幸せだと感じるようになった。




 そんなある時、レイが変な質問をしてきた。


「レオ! 恋人は?」


 予想を遙かに超える質問に、僕の思考が一瞬に凍結する。


「恋人? そんなのいないよ」


「そう、じゃあ恋愛経験は?」


 今日のレイは、ひどくこだわって質問してくる。


 なんだか僕の全てを知っておきたいような……。


「その感情がよく分からないな」


「恋愛……特定の対象に対して自らの全てを犠牲にしても構わないと思い込み、常に傍にありたいと願い、それが叶わないことに苦しむ精神状態――そう記録されています」


 どこかの偏狭な言語学者が編纂した国語辞典の受け売りだろう。


「ないよ。そんな感情――感じたことない」


「初恋もまだ?」


 なんだか喜びの感情が含まれている様に聞こえるが、多分気のせいだろう。


「恋愛感情も分からないんだ。当然ないよ。この人生、そんな感情が必要だとも思わないし」


 それっきり、レイは質問を返してこない。


「もう少し勉強を続けたいので、コーヒーをお願いできるかな?」


「コーヒーをお持ちします」


 なんだか、レイの後ろ姿が悲しそうに感じるのは気のせいだろうか。


「レイ、レイ……『怜!』」


 その響きから、僕の名前を思い出す。


『”嶺央(れお)”と、学校でも何処でも書いているが、戸籍上は”怜央(れお)”と書く。役所に登録した後で、字画が悪いと言って”怜”を”嶺”と通例は書くようにしたそうだ』


 そこで湧き上がってくる違和感。


 小さい頃から僕の写真は少ない。


 親戚の人が来た時や何かの行事の時、他の誰かと共に写っている写真はあるが、一人だけで写っている写真がない。


 生まれたばかりの写真でさえそうだ。


『本当に、字画が悪いと言って名前を変えたりするだろうか?』


 その疑念は、僕の心の奥底にくさびとなって打ちつけられた。


「はい。コーヒーよ」


「ありがとう……レイ」


 淹れたての温かいコーヒーが僕の机の上に置かれる。


 さっきの疑念が、僕の頭から離れない。


 英語の問題を解きながらも、その疑念が頭をもたげてくる。


「レオ。ここの英文が、変よ」


 レイから指摘されて、今記したばかりの英文を見ると、中学生でも間違えないような簡単なミスを犯している。


「今日は休んだら。勉強熱心なのは良いけど、体を休めるのも必要よ」


 レイが来てから、成績が落ちたと言われたくないので、勉強をしているし、調整しながら少しずつ成績も上げている。


「そうするよ」


 僕がベッドへと体を横たえると、ベッドの隣にある充電台へとレイは移動した。


『小さい頃から、家族と共に遊んだ経験が無い。旅行に出かけたことはあった。キャリーバッグをそれぞれが引きずり歩いていると「ご家族でご旅行ですか? いいですねぇ」と近所の人が声をかけてくる。でもそれはご近所への既成事実の積み上げでしかない。道中も旅行先でも全て個人行動だった』


 何を思い出しても、胸が締め付けられる。


 家族で楽しいひとときなど、わが家ではあり得ないのだから。


『そういえば、小さい頃は、側(そば)に誰か他の人がいたような気がする。そこには笑っている自分がいる。泣き出せば抱っこしてくれるし、甘いお菓子をもらって、それも誰かと一緒に笑顔で食べている』


 顔が思い出せないのだ。


 いつの間にやら寝てしまっていたようで、朝目覚めるとレイの無機質な顔が僕を覗き込んでいた。


『そうだ。小さい頃は、こうして僕が目覚めると僕を見つめてくれている人物がいたんだ』


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