第2話 命名
玄関のチャイムが鳴る。
モニターを見ると先日のセールスの男の顔が映っていた。
「株式会社 高度家庭生活支援システムズの渡辺 明です。先日ご契約をいただきました。支援ロボットをお届けに上がりました」
チェーンロックを外し扉を開けると、先日の背広を着た渡辺といかにもエンジニア風の作業着を着た男のほかに、三人に担がれた大きな段ボールが見えた。
あれが、ロボットだな。
「どうぞお入りください。お待ちしておりました。僕一人しかいませんが大丈夫ですか」
「ご契約をいただきましたご本人様がおられますので、何の支障も御座いません」
これだけのものを広げるとなると、リビングだと手狭なので客間になっている和室へと案内する。
「ありがとうございます。あ、ここなら、ゆっくりと広げられます。では、入らせていただきます」
部屋の中央へ段ボールが静かに置かれた。
「ここで開封してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、ここなら広いので大丈夫だと思ったのですが?」
「はい十分でございます」
段ボールを抱えてきた三人が、手際よく開封していく。
エンジニア風の男がアタッシュケースを広げると、ケース全体が一つのコンピュータの端末になっていた。
無機質な人型をしたロボットが畳の上に現れると、三人は段ボールに詰められていた緩衝材を元通り手早く回収した。
「私どもは、ここで失礼します」
三人を玄関で見送り和室に戻ると、作業着の男が人型のロボットへアタッシュケースから伸びるコードをつなげていた。
一旦作業が終わったのか、二人が僕の方へと向き直る。
「先日はご契約ありがとうございました。ここにお目見えいたしましたのが、我が社の最新鋭機種HAIR-1000でございます。それと、本日同行いたしましたのがエンジニア部門の主任を務めております。浅井秀明でございます」
「エンジニア部門と共同開発部門の責任者を務めております、浅井 秀明と申します。よろしくおねがいします」
浅井と名乗る男が一枚の名刺を差し出してくる。
「今日はあいにく二人とも抜けられない用事がありまして、僕しかいないのですがよろしくお願いします」
「いえいえ、お忙しいことこそ何よりでございます」
事実は、ゴルフと買い物にそれぞれ出かけているだけだ。
「では、これより初期動作の確認をいたします。しばらくは、こちらの側の調整になりますが……」
「あ、見ていても良いのですか」
「それはかまいません」
渡辺が、浅井へ作業を促す。
ロボットは横向きに横たえられ、背中とへその部分に器具を接続すると、ブーンという音が一瞬鳴り響く。
「これは起動音ですので、普段は何の音も発生しませんからご安心ください」
浅井はアタッシュケースの画面を覗き込み、何やら入力していたが「準備できました」と言って僕の方を向いてくる。
「では、このマイクに向かってあなたのお名前を姓と名の順で言っていただけますか?」
「神城 嶺央」
僕の名前をマイクに向かって告げたその瞬間だった。
HAIR-1000と呼ばれるロボットが、一瞬ピクッと反応した。
「君、今の動きは!?」
「ちょ、ちょっと待ってください。調べます」
二人が急に慌て出す。
「何の問題もないようです。正常に起動しています」
「では、この画面を覗いていただければ、あなたの顔が映し出されますので、もう一度お名前を言っていただけませんでしょうか」
画面に大きく自分の顔が映し出されるものを確認し、もう一度名前を口にする。
「神城 嶺央」
すると、HAIR-1000と呼ばれるロボットが、さっきよりも大きく跳ねるように動いた。
慌てて、画面を覗き込む浅井、その横から渡辺も血相を変えて覗き込んでいる。
「ど、どうしたんだい! 今の動きは」
「どの信号を見ても正常です。入力値へも正常な値が返ってきます」
「少し動作を見てみます」
「そうしてくれ! 初期不良は考えられないのかい」
「それは絶対にありません。ここ数ヶ月の臨床実験では、申し分のない素晴らしい成績を上げています」
「す、すみません。予期せぬ動きがありましたが、今のところ何の異常も検知されておりません」
少し焦った表情の渡辺が僕へ言い訳するように説明していると、そのロボットがゆっくりと体を起こした。
足を伸ばして体を起こした状態で、首を前後90度動かしている。
無機質な造形と、いかにもロボットと言ったカメラアイがあたりをゆっくりと見回している。
ちょうど僕の方へと顔が向いた時だった、一瞬その動きが止まったかと思うとまた動作を続け、正面へと向き直った。
「では、名前をお決めになりますか? お呼びになる時に不便だと思うのですが」
「そうですね。僕の名前が嶺央ですので、レイはどうでしょう」
「良い名前ですね。では、HAIR-1000の前に来られて、顔を覗き込みながら『あなたの名前はレイです』と伝えてもらえないでしょうか」
僕は、そのロボットの正面へと移動して座り込むと、顔を覗き込んで「あなたの名前はレイです」と語りかけた。
その言葉を告げた瞬間だった。
レイは体をほんの数秒の間激しく震わせると、何かを思い出しているような、あるいは混乱にあらがうように、小さく左右へと首を傾けた。
「き、君この動きは」
「これも確認されていない動きです。名前をつけるというのが、初めてですので……」
今は、静かに座っており、何か誤作動を生じさせる雰囲気は感じられない。
「これが、家庭用の調整端末です。無線接続になっておりますので、電源を入れるとすぐに、この……レイとのリンクが確立します。難しい内容はありませんので、表示される内容に従っていただければ、何の問題もありません」
電源を入れると画面には、家族の設定、家族それぞれの部屋の位置設定や家の中の配置などの初期設定が表示されていた。
「また、夜間皆様が就寝されますと、このレイはこの台の上に乗って自動的に充電を行います。このコードをコンセントへと差していただくだけで結構です。何かご質問はおありでしょうか?」
「僕の部屋は二階にあるのですが……上り下りは大丈夫でしょうか」
「何の支障もございません。また、ご不明な点がありましたら、この端末のここを押していただけたら、本社とインターネットを通して繋がります。Wi-Fi設定をしていただけましたら、年中無休で対応いたしておりますのでご安心ください」
「はい、分かりました」
「では、まずは簡単な命令をしてみましょうか」
こうしてわが家では、HAIR-1000……いや、レイという家政婦が同居することになった。




