↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薔薇は満月に咲かない  作者: Rii
第3幕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/93

第79話 忘れられた封印

「リアっ!」


二回叩かれたノックと同時に、部屋の扉が激しく開かれた。こんな乱暴な開け方をするのは、一人しかいない。


エリオだった。隣にはセラフィオンの姿もある。その背後には、三名の近衛騎士。


「エリオ……フィオ……」


安堵で、声が震えた。ローゼリアの傍らに控えていたミレイユも、ほっとしたように小さく息を吐く。窓の外では、まだ遠く鐘の音が響いている。西門の方角の空だけが、松明の灯りでぼんやりと赤い。


「こんな状況ですから、行動を共にすべきでしょう」


「騎士達もその方が、僕たちを護衛しやすいもんね」


エリオは近衛騎士の方へ視線を向けると、軽い口調で言った。


「……そうね」


ミレイユが傍にいてくれても、不安は消えなかった。窓の外で何が起きているのかも、ルカリウスが無事なのかも分からない。こうしてエリオとセラフィオンが駆けつけてくれたことが、素直に嬉しかった。


「王女殿下、失礼致します。発言をお許しください」


エリオと一緒に部屋へ入ってきた近衛騎士が、片膝をついて静かに口を開いた。


「何かしら」


「魔物が去るまで、室内で王女殿下を護衛するようにと、団長より指示を受けました。私一名は室内に、同行した二名は扉の前へ。加えて、窓の外側の庭園には既に二名配置しております」


「わかったわ」


「現在、ルカリウス副団長が魔物を退けているそうです。宮殿内に魔物が侵入することは、絶対に無いようにしますのでご安心ください」


ローゼリアは、胸を撫で下ろした。


「……ルカリウスは、無事なのね」


「はい。ただ......」


「何?」


「戦場で、副団長の瞳が......金色に変わったと」


「......金?」


ローゼリアの表情が、固まった。


「へぇ」


エリオが、面白そうな顔をして笑う。


セラフィオンは何も言わなかった。ただ、その青い瞳の奥で、何かを考えているのが分かった。


「今、金の瞳を持ってるのはアストレイオン王と僕くらいなのにね。……ルシエルも、そうだったけど」


その名前を聞いた瞬間だった。ずっと閉じていた記憶の扉が、不意に開いた。



◇◇◇



──幼い頃。


ローゼリアとルシエル。双子なのに、二人は似ていなかった。


同じなのは、赤い髪だけ。瞳の色は、翡翠と金。


小さい頃から、物語を読むのが好きだった。物語に出てくる王様の瞳は、いつだって金色だった。父の瞳も金色。先代の王である祖父の瞳も、金色だった。


「どうしてルシエルの目は、お父様と同じ金色なの?ずるいわ。……私だけ違う」


「リアの目、宝石みたいで綺麗だよ。お母様と同じ翡翠の瞳だ」


「そういう話じゃないの!翡翠の瞳は珍しくないもの」


不満げに頬を膨らませる。少し離れた場所でその様子を聞いていたアストレイオン王が、静かに口を開いた。


「瞳の色など、王族である証にはならない」


「でも、お父様も……お祖父様も……瞳は金色でしょう?」


「……そうだな。だが、ノクティスの象徴は、この赤髪だ」


アストレイオン王はローゼリアを抱き上げると、静かに笑った。


「リアは、私と同じ瞳の色が不満なようね」


王妃が、わざといじけたような声で言う。


「そうじゃないの!お母様の瞳は綺麗だわ」


必死な声に、皆が顔を見合わせて笑った。あの頃の温室は、いつも笑い声で満ちていた。白薔薇の香りと、柔らかな午後の光。


「お前たちは、違うものを受け継いだだけだ」


あの頃は、ただ羨ましかった。ルシエルばかりが、父と同じものを受け継いだように見えていたから。


それが何を意味するのか、幼いローゼリアには分からなかった。



◇◇◇



そして現在。


“戦場で、副団長の瞳が......金色に変わったと”


(──どうして?)


父。ルシエル。エリオ。そして──ルカリウス。


ローゼリアの胸の奥で、何かが小さく引っかかった。名前のつけられない違和感が、静かに積もっていく。


「ねえ……エリオ」


「なあに?リア」


「エリオって、魚は食べられる?」


セラフィオンの指先が、わずかに止まった。


「んー?魚かぁ……アルが好きだから、街へ行った時は一緒に食べるよ。城じゃ出てこないし、わざわざ食べないけど」


「そう……」


エリオが、ちらりとセラフィオンを見た。


「昔ほど厳密じゃないんじゃない?吸血族だって、少しずつ体質は変わってるだろうし」


「……そうなのね」


「急にどうしたの?」


「別に。ただ、少し気になっただけよ」


ローゼリアは、それ以上聞かなかった。


けれど、胸の奥に生まれた違和感は消えなかった。金の瞳。魚を食べられるエリオ。そして──同じように魚を食べていたルカリウス。


一つひとつなら、何でもないことだった。なのに今夜は、それらが妙に繋がって見える。


「あ、そういえば。研究者さんに渡そうと思って持ってきたんだった」


「なんでしょう」


「遅くなっちゃったけど、薬草のお礼」


セラフィオンは、小さな箱をエリオから受け取った。


「……これは?」


「見たらわかるよ」


蓋を開ける。中には、一本の鏃が入っていた。


「これは──」


「エリオったら、お礼にそんなもの渡すの?悪趣味だわ」


ローゼリアの呆れた声など気にも留めず、エリオは得意げに笑った。


「研究者さんなら、これが何かわかるでしょ?」


セラフィオンは答えなかった。箱の中の鏃を見つめたまま、わずかに目を細める。


「……どこで、これを」


「北境」


エリオが、あっけらかんと答えた。


「遺跡の近くに落ちてた」


セラフィオンの表情が変わった。


「研究者さん、もうわかってるんでしょ?」


エリオは笑っていた。けれど、その金の瞳だけは笑っていなかった。


「リアも、そろそろ動く時が来たよ」


「……何の話?」


ローゼリアが、二人を見比べる。


「あ。近衛騎士さん、室内の護衛は僕と研究者さんがいるから大丈夫だよ。少しだけ、三人で話したいんだ」


近衛騎士が、一瞬躊躇う。


「しかし、団長より王女殿下のお側を離れぬよう命じられております」


「私からもお願い」


ローゼリアが口を挟んだ。


「扉の前にいてくれれば大丈夫よ。何かあれば、すぐに呼ぶわ」


それから、傍らに控えていたミレイユへ視線を向ける。


「ミレイユも、ごめんね。少しだけ席を外してもらえる?」


ミレイユは心配そうにローゼリアを見つめたが、やがて小さく頭を下げた。


「……承知いたしました、リア様」


「承知いたしました」


近衛騎士とミレイユが部屋を出る。扉が閉じる音を確認してから、エリオはソファへ腰を下ろした。


「さて。三柱のヴァルも揃ったことだし、ここからは真面目な話ね」


「三柱……?」


ローゼリアの問いに、エリオが軽い口調で答える。


「ほんとは四柱だけど……そこから説明すると長くなるから、今は後回しね」


セラフィオンが、エリオをまっすぐ見つめた。


「魔物を封印する話」


「封印……?」


「そう。この国が、ずっと忘れていた話」


「ルカ兄なら魔物を倒せる。けれど──いくら倒しても、魔物は次々と湧き続けるよ。もう止められない」


ルカリウスが戦っている姿を想像しただけで、指先が震えた。


「だから、僕たちが魔物を封印しなくちゃいけない」


「そんなことできるの?」


「昔──この国は、人と魔物の均衡を保つための術式で守られていた。それが今、崩れ始めてる」


「だから……魔物が?」


「ええ」


セラフィオンが静かに続けた。


「封印とは、正確には魔物を閉じ込めるためのものではありません。互いの領域を侵さぬよう、均衡を保つための術式です」


ローゼリアは、瞬きをした。


「未来では魔物は現れなかったわ。もしかして……私が未来を変えたせいで?」


声が、わずかに震えた。ずっと胸の底に沈めていた恐れだった。


「リア、それは違うよ。タイミングが少し早まっただけで、元からこうなる運命だったんだ」


時を読むエリオがそう言うのなら、そうなのだろう。少しだけ、胸の奥につっかえていたものが軽くなった気がした。


「だからさ、リア。研究者さんも。これ、僕たちの代で終わらせなきゃいけないんだよ」


セラフィオンは、静かに頷いた。


「そういえば、さっき魚の話が出たね」


エリオの金の瞳が、細くなる。


「研究者さん。古代の魚を使った術式、再現できる?」


「古代の──魔物を避ける術式ですか。……可能です」


「おっけい。それじゃぁさ。研究者さん、耳飾りは持ってる?」


「魔物の出現と聞いて、念のため持ってきました」


セラフィオンが懐から、木箱を取り出した。


「え?ルカの耳飾り?」


蓋が開く。紫色の石が、月明かりを受けて淡く揺らめいた。ローゼリアは、息を呑む。


「これ……」


「ねえ、リア」


エリオが、耳飾りを見つめた。


「それを、右耳につけて」


「エリオ王子殿下!」


セラフィオンの声が、強くなる。いつもの彼からは想像できないほど、焦りを含んだ制止だった。


「それが何を意味するのか──」


「わかってるよ」


「ならば、なおさら許可できません」


「フィオ……?」


ローゼリアには、二人が何を知っているのか分からなかった。セラフィオンは答えない。ただ、耳飾りの入った木箱を持つ指先だけが、わずかに白くなっていた。


エリオだけが、いつものように笑った。


「大丈夫だから」


金色の瞳が、まっすぐローゼリアを見る。


「僕を信じて」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。