第71話 巡る魂
人間と魔物が共に生きていた時代。魔物は森に棲み、人は平地に町を築いた。森と町は互いを侵さず、その均衡は永き時を保っていた。
人々は最も強き者を王として戴いた。その最初の王の名は、ヴァルディア。金の瞳を宿す始まりの王。
町はやがて国となり、後にヴァルディア王国と呼ばれるようになる。
ヴァルディアの地には、紫の月蘭の花が咲いていた。人々はその花に精霊が宿ると信じていた。花が流す涙はやがて紫の精霊石となり、王の耳飾りへと姿を変えた。
国が整い平和が続く中、やがて人の心には欲が芽吹いていった。人は豊かになるほど、更なる土地を望んだ。森も我らの国としよう。木を伐採し領土を広げ続けた。
ヴァルディア王は強き者ではあったが、絶対的な統治者にはなりきれていなかった。精霊の歌は王にしか聞こえない。王は必死に止めた。しかし、人々の勢いはもう止まらなかった。
怒りに狂った魔物が人間を喰らう。
多くの死と引き換えに、人はようやく知った。魔物は、人間が敵う存在ではなかったのだ。
もう世界は止められなかった。
──肉体は喰われても、魂だけは喰われない。
──人は限りある命を生きる。肉体は朽ちても、魂は終わらない。命は輪廻を巡り、 幾度となく姿を変えながら、世界へ還り続ける。
耳飾りの精霊石はそう歌った。
だが、いくら輪廻転生を繰り返そうとも、このままでは人間が滅びてしまう。
──星詠みの賢者、世界の均衡を繋ぐ。
耳飾りの精霊石がそう歌った夜だった。
空から青い光が落ち、一人の異邦人が現れた。その者は星を詠み、災いを避け、人々を守った。人々は彼を、アストラと呼んだ。
耳飾りが彼を導いたのか。あるいは、彼こそが耳飾りに選ばれたのか。
アストラは、この地を観測するうち、魔物が魚を避けることに気づいた。月を映す水に生きる魚には、微かな月の力が宿っていた。
そこでアストラは、魚を町の入口へ掲げることで魔物の侵入を阻む術式を人々へ授けた。その身が朽ちるまで結界は保たれた。だが、それは一時的なものにすぎなかった。
滅びゆく世界に胸を痛めた星詠みの賢者は、月から聖女を呼び寄せ国を創り変えていった。
星詠みの賢者は、月の聖女と愛の歌を紡いだ。耳飾りはその歌を記憶し、月は再び世界を照らした。魔物は森へ帰り、人を喰らうことはなくなった。
やがてヴァルディア王国は歴史から姿を消した。だが、その契約だけは“ヴァル”と呼ばれ、世界の均衡として受け継がれた。
世界の均衡が揺らぐ時、ヴァルディア王の魂は再び人の世へ降り立つ。その時、王の記憶は失われても、血だけは忘れない。
左耳から精霊の歌を聴き、王の魂は目覚める。右耳に宿る月光が、封印を完成させる。
眠れる耳飾りは再び歌い、封じられた魔は静かに眠り続ける。
──紫は、四つの血を繋ぐ継承者。
──青は、王を観測する賢者。
──赤は、災厄を鎮める王。
──金は、時を閉じる聖女。
四つの血は巡る。
世界の均衡が崩れる、その時まで。
封印が揺らげば、巡る血は再び交わり──世界はもう一度、その歌を思い出す。
“ヴァルディア”──四つの血が一つへ還った、始まりの王の名。
“ヴァル”──ヴァルディアの契約を継ぎ、世界の均衡を留める血。
それが、ヴァルディア王国に伝わる『世界創世の神話』である。
◇◇◇
(実に興味深い……)
王家の記録では、アストラは宇宙から来た観測者とされている。けれど人間は、その異質な力を理解できず、ただ“星詠みの賢者”と呼んだ。
王家はルミナスを月の女神と記した。だが人間の伝承では、“月の聖女”として語り継がれている。
(ヴァルディアの意味も……ようやく繋がった。そして──)
「輪廻転生……」
吸血族とは異なる思想。
ヴァルディアの魂こそが、封印を維持する鍵なのだとしたら──。
ルカリウス・レヴァイン。
(──いや)
「ルカリウス・ヴァルディア……」
星は、初めから彼を王として観測していた。




