表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薔薇は満月に咲かない  作者: Rii
第2幕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/67

第43話 本来あったはずの未来

──ローゼリア、ルシエル八歳。エリオ七歳。


「大人になったら、王子様が迎えにきてくれるのよ」


ローゼリアは嬉しそうに婚約者の肖像画を抱きしめる。王宮の温室。硝子越しの陽光が白薔薇へ落ちていた。薔薇の甘い香りが、温かな空気に溶けている。


「リア、最近どこ行くにもそれ持ってるよね」


ルシエルが呆れたように笑う。その笑い方が、エリオとそっくりだった。


「本物の王子が目の前に二人もいるのに」


エリオが肩をすくめた。口元だけで笑っている。


「あなた達は弟だもの」


「私の王子様は年上で大人なのよ」


ローゼリアは胸を張る。まるで会ったことがあるかのように。


「はいはい、未来の婚約者様ね」


「リア、御伽話ほんと好きだよね」


「ルシエルもエリオもひどいわ!」


笑い声が、温室へ響いた。


青い瞳の少年。“未来の婚約者”。ローゼリアはその絵姿を、宝物みたいに抱えていた。白薔薇の香りが、あの頃の温室に満ちていた。



◇◇◇



──ローゼリア、ルカリウス十四歳。エリオ十三歳。


「次から次へと新しい婚約者の肖像が送られてくるの」


「もう……誰とも婚約なんてしたくないわ」


「僕のところにも沢山来てるよ。ほんと最悪」


エリオがため息をつく。白い息が、冬の空気に溶けた。


「ルシエルが死んで、婚約者も死んで……」


ローゼリアは俯いたまま呟く。あの日から、“未来”という言葉が怖くなった。


「私の傍にいると、みんな不幸になるの」


王宮裏庭。冬の風が、静かに木々を揺らしていた。ルシエルが死んでから、三人で過ごしていた時間は、少しずつ形を変えた。


ルシエルのいた場所へ、いつの間にかルカリウスが立っていた。


「俺はならない」


低く、短い声だった。ローゼリアが顔を上げる。冬の光の中に、銀色の髪が光っている。


「僕もならないから安心して」


エリオが優しく笑う。けれどその目だけは、どこか遠くを見ていた。


「これからは毎日、王宮へ来れる」


ルカリウスはまっすぐローゼリアを見た。


「王室騎士団の騎士の試験、受かった」


「ルカ兄すごいじゃん。最年少騎士だ!」


エリオが目を輝かせる。けれどルカリウスは、そんなことには興味がないみたいだった。視線はずっと、ローゼリアだけを向いていた。


「俺は強くなって、リアを守る」


「不幸だろうが運命だろうが、全部斬る」


その瞬間。胸の奥で、何かが静かに変わった気がした。


けれど──騎士となった日から、ルカリウスは私を“王女”と呼ぶようになった。以前みたいに名前を呼んでくれなくなった。触れる距離も、笑う回数も、少しずつ減っていった。規律が厳しいことくらい分かっている。それでも、その呼び方をされる度に、少しずつ距離が遠くなる気がした。


そして気づいた頃には。私たちの間には、もう簡単には越えられない壁が立っていた。



◇◇◇



現在──研究塔。


「王命とはいえ、婚約を承諾するとは思いませんでした」


責めているわけではない。けれど、その奥には理解しきれない痛みが滲んでいる。ローゼリアは小さく目を細めた。


「断って欲しかったのかしら?」


雨音が、観測室の硝子を静かに叩く。セラフィオンはすぐには答えなかった。ただ、ローゼリアの手首を包む指先だけが、わずかに力を失っていく。


「……断れば、あなたは楽になれましたか」


ローゼリアは息を止める。“楽”。その言葉が、胸の奥へ静かに沈んでいく。


「私は──」


言葉が続かなかった。楽になりたいのか、自分でも分からない。


ルカリウスを失いたくない。死なせたくない。触れていたい。あの熱を失うことが、怖い。けれど同時に。セラフィオンの青い瞳を見る度に、“本来あったかもしれない未来”が胸を掠める。


「……どちらにせよ、私はもう、誰の花嫁にもなれないわ」


右手首の薔薇が、熱を持つ。ローゼリアは静かに笑った。


「それでも婚約を維持したのは、“均衡”のためでしょう?」


「ええ。あなたとアストラ家の婚約は、もう個人の感情だけで破棄できるものではない」


セラフィオンは否定しない。淡々とした声だった。研究者として。アストラの人間として。そう言うしかなかった。けれど、その青い瞳だけは静かに揺れていた。


「ですが──そんな政治的な感情だけではないことは、あなたも気づいているのではないですか?」


「……私たちって、残酷ね」


ローゼリアが笑う。


「死んだ婚約者が生き返ったのに、今度は私が死ぬんだもの」


その瞬間。セラフィオンの呼吸が、わずかに止まった。雨音だけが、観測室へ落ちる。


「……リア」


いつもと同じ呼び方のはずなのに、今だけは違って聞こえる。ローゼリアの翡翠の瞳が、わずかに揺れた。セラフィオンは何かを言いかけて、そして静かに飲み込む。


(──今さら、何を言える)


セラフィオンは静かに目を伏せた。指先が、ローゼリアの手首をわずかに強く握る。言葉の代わりに、それだけが残った。


雨音が、観測室へ降り続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ