第8話 係船料は誰の懐へ
通行税の次に手をつけたのは、係船料だった。
船を泊めるだけで徴収されるその金は、本来なら桟橋の補修や見張り費に回る。なのに岸壁はひび割れたまま、夜警の提灯は油まで節約されている。
おかしいどころの話ではない。
私は係船記録と入港札を突き合わせ、夜までかけて一覧を作った。すると、ある名前が何度も浮かび上がる。
「ベッセル商会」
王都でも見た名だ。ギデオンがよく贔屓にしていた海運商会である。
「あそこは北の雑貨便をほぼ独占している」
アーベルが書類を覗き込む。「帳簿上はきちんと払っているように見えるが」
「見えるだけです。実際は、支払ったことになっている金が港の金庫へ入っていない」
「途中で抜かれている?」
「それも同じ筆跡の受領印で」
私は印影を並べた。微妙な欠けがどれも同じだ。つまり、一つの印を長く使い回している。正式な管理下にあるなら、磨耗の段階で交換記録が残るはずだった。
翌日、私はベッセル商会の北支店を訪ねた。支店長は四十二歳の男で、にこやかな顔を崩さない。
「係船料ならいつも通り納めておりますとも」
「受領控えを見せてください」
「本店に送ってしまいました」
「では写しを」
「急には」
逃げる気だ。私は用意していた差押え予告書を机に置いた。
「今日中に出なければ、明朝から御社船は第三桟橋を使えません」
支店長の笑顔が消える。
「そこまでする権限が?」
「あります。提督の港湾保全命令付きで」
背後の扉が開き、実にいいタイミングでアーベルが姿を見せた。
「聞こえた通りだ」
支店長はようやく諦めたらしく、奥から帳面を持ってこさせた。案の定、控えの日付と港側の受領日が合わない。さらに、納付先名義が“ノルトエルト補修会計”となっている。
「そんな会計科目は存在しません」
「し、支店任せだったので……」
「任せた相手の名は?」
男は逡巡し、やがて小さく吐いた。
「港湾管理人ヨハンの紹介です」
港の現場だけでは回らない。管理人、徴収係、御用商会。線がはっきりしてきた。
詰所へ戻る道すがら、私は言う。
「ヨハンを切っても終わりませんね」
「ああ。だが切らずに進む道もない」
アーベルの横顔はいつも通り硬い。けれどその声には、私への確認ではなく並走する意思があった。
「では順番に。まずは足元から崩しましょう」




