第7話 港町食堂の値段表
密輸品の封印公開は、港町に思った以上の波紋を広げた。
朝から税関前に人が集まり、商人も船員も、みな口々に十三番倉庫の話をする。中には「どうせ王都の上の連中は無傷だ」と冷めた声もあったが、それでも皆が見ていた。
私は午前の聞き取りを終えた後、港外れの食堂へ足を向けた。名は《潮見亭》。昨日、書記が「最近は船員が飯代まで巻き上げられている」と漏らしていた店だ。
店主のマルタは四十四歳。腕まくり姿のまま鍋をかき混ぜていた。
「監査官様まで来るなんて、うちは税を滞納してませんよ」
「食べに来ただけ。あと値段表を見に」
卓上の札を見ると、スープ一杯が王都の二倍近い。だが匂いは薄く、中身も乏しい。
「仕入れ値が上がりすぎてるの」
マルタはため息をついた。「塩も油も、倉庫を通るたび高くなる。船員相手だから足元を見られてるんだよ」
なるほど。港の不正は帳簿だけで終わらない。町の食卓まで痩せさせる。
私は厨房裏で伝票を見せてもらった。やはり第三桟橋経由の生活物資だけ異様に高い。誰かが中間で上乗せしているのだ。
「もし税と係船料の抜き取りを止められたら、値段は下げられる?」
「できるとも。あたしだって水みたいなスープなんか出したくない」
私はその場で簡易の価格表を書き直した。適正な仕入れが戻った時の目安だ。マルタは目を丸くする。
「こんなに下げられるのかい」
「港で消えていた金が、今まで誰かの懐に入っていただけ」
そこへ、昼の巡視を終えたアーベルが入ってきた。店内の視線が一斉に集まる。
「提督が食堂に?」
誰かが囁く。
アーベルは気にせず、私の書いた値段表を見た。
「これで兵の食費も見直せるな」
「艦隊の食堂と町の食堂は切り離さない方がいいです。片方だけ正せば、もう片方でまた歪む」
「同感だ」
マルタが慌てて二人分のスープを置いた。今日は具がまだ少ない。けれど昨日より温かい。
「提督、監査官様が来てから港がざわついてるよ」
「ざわついて困る連中ほど、少し揺らした方がいい」
アーベルがそう答えると、店内に小さな笑いが起きた。
食後、私は店を出ながら思う。帳簿を直すのは目的ではない。港で働く大人たちが、正しい値段で食べて、眠って、明日も仕事に出られるようにするためだ。
それを理解してくれる提督が隣にいることが、少しだけ心強かった。




