表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/21

第7話 港町食堂の値段表

密輸品の封印公開は、港町に思った以上の波紋を広げた。


 朝から税関前に人が集まり、商人も船員も、みな口々に十三番倉庫の話をする。中には「どうせ王都の上の連中は無傷だ」と冷めた声もあったが、それでも皆が見ていた。


 私は午前の聞き取りを終えた後、港外れの食堂へ足を向けた。名は《潮見亭》。昨日、書記が「最近は船員が飯代まで巻き上げられている」と漏らしていた店だ。


 店主のマルタは四十四歳。腕まくり姿のまま鍋をかき混ぜていた。


「監査官様まで来るなんて、うちは税を滞納してませんよ」


「食べに来ただけ。あと値段表を見に」


 卓上の札を見ると、スープ一杯が王都の二倍近い。だが匂いは薄く、中身も乏しい。


「仕入れ値が上がりすぎてるの」

 マルタはため息をついた。「塩も油も、倉庫を通るたび高くなる。船員相手だから足元を見られてるんだよ」


 なるほど。港の不正は帳簿だけで終わらない。町の食卓まで痩せさせる。


 私は厨房裏で伝票を見せてもらった。やはり第三桟橋経由の生活物資だけ異様に高い。誰かが中間で上乗せしているのだ。


「もし税と係船料の抜き取りを止められたら、値段は下げられる?」


「できるとも。あたしだって水みたいなスープなんか出したくない」


 私はその場で簡易の価格表を書き直した。適正な仕入れが戻った時の目安だ。マルタは目を丸くする。


「こんなに下げられるのかい」


「港で消えていた金が、今まで誰かの懐に入っていただけ」


 そこへ、昼の巡視を終えたアーベルが入ってきた。店内の視線が一斉に集まる。


「提督が食堂に?」

 誰かが囁く。


 アーベルは気にせず、私の書いた値段表を見た。


「これで兵の食費も見直せるな」


「艦隊の食堂と町の食堂は切り離さない方がいいです。片方だけ正せば、もう片方でまた歪む」


「同感だ」


 マルタが慌てて二人分のスープを置いた。今日は具がまだ少ない。けれど昨日より温かい。


「提督、監査官様が来てから港がざわついてるよ」


「ざわついて困る連中ほど、少し揺らした方がいい」


 アーベルがそう答えると、店内に小さな笑いが起きた。


 食後、私は店を出ながら思う。帳簿を直すのは目的ではない。港で働く大人たちが、正しい値段で食べて、眠って、明日も仕事に出られるようにするためだ。


 それを理解してくれる提督が隣にいることが、少しだけ心強かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ