第6話 倉庫番号十三の鍵
第六倉庫ではなく、先に動いたのは十三番倉庫だった。
押収した鍵札の中に、記録上は“空き”になっている十三番のものが混じっていたからだ。空き倉庫の鍵が頻繁に動く理由など、一つしかない。
夜の港は冷える。私は厚手の外套の襟を立て、提灯を持つ兵の後ろを歩いた。隣にはアーベルがいる。
「監査官を夜回りに連れ出す提督なんて、王都なら叩かれますよ」
「夜にしか動かない数字がある」
「その答えは嫌いじゃありません」
十三番倉庫の扉は、表向きは封鎖済みの札がかかっていた。だが錠前には新しい擦れ傷がある。
ヨハンから提出された鍵では開かなかった。けれど私が押収箱から見つけた予備鍵は、驚くほど滑らかに回った。
扉を開けた瞬間、甘い匂いが流れ出る。
「葡萄酒……?」
提灯の明かりが照らしたのは、樽ではなく高級瓶だった。王都上流向けの南方ワイン。加えて絹布、香辛料、上等紙。どれも関税を払えば高くつく品ばかりだ。
「生活物資の欠損で目を逸らし、その裏で贅沢品を通す」
私は並べられた木箱の刻印を読んだ。輸入元商会は三つ。だが箱の横に押された保管印は同じ筆圧、同じ癖だ。
「偽装台帳ね」
アーベルが棚の奥を照らす。そこにはもう一つ、意外な木箱があった。軍用の包帯と乾燥薬草だ。
「なぜ軍需品がここに」
「表に出せない荷と混ぜているのよ。軍需を盾にすれば検査が緩むから」
私はその場で封印札を貼り、兵へ見張りを命じた。
その時、外で足音が跳ねる。誰かが逃げた。
「止まれ!」
兵が追う声。けれど霧の港で人影を捕まえるのは難しい。アーベルが舌打ちした。
「見張られていたか」
「いいえ。焦ったのよ。空き倉庫が本当に空だと思い込んでいた人間が」
私は木箱の一つに貼られた薄紙を剥がした。下から現れたのは、航路局次官補佐室の出荷許可番号。
ギデオンの名はない。だが、そこへつながる通路は確実にある。
「提督、この倉庫は明日、公開で開けましょう」
「派手だな」
「密輸は闇で育つもの。なら最初の光も大きい方がいい」
アーベルは一瞬だけ考え、うなずいた。
「いい。港じゅうに知らせる」
倉庫を出た時、北の海に月がかかっていた。冷たい夜なのに、胸だけが熱い。
私はもう、追われる側ではない。




