第5話 消えた通行税
原本の鍵台帳が出てきたのは、その日の午後だった。
正確には、ヨハンが“見つかった”と言って持ってきた。だが表紙には新しい泥がついており、さっきまでどこかに隠されていたのが明らかだった。
私は原本と写しを並べ、欠落した行を順に指で追う。第三桟橋に入った塩船四隻、薬草船二隻、乾魚船三隻。どれも入港は記録されているのに、通行税の受領欄だけが抜けていた。
「一回ごとの額は小さい。だから見逃されてきたのね」
横でアーベルが腕を組む。
「合計すると?」
「この三か月で金貨百二十七枚。冬の石炭代がまかなえる額です」
部屋の空気が変わった。書記たちの顔色まで違って見える。港の人間なら、その金額がどれほど重いか誰でもわかる。
「徴収係は誰?」
「第三桟橋担当はラルフって男だ」とヨハンが答えた。「もう三年やってる」
「呼んで」
ラルフは三十代半ばの痩せた男だった。呼び出されるなり落ち着きなく帽子を弄び、私の前に立つ。
「通行税の受領証は?」
「その、急ぎの船が多くてよ……後でまとめようと思って」
「まとめた形跡がありません」
「帳面を預けた相手が悪かったのかも」
「受領証の控えはあなたしか持てない形式です」
ラルフの額に汗が浮く。
「質問を変えます。誰に流したの?」
「知らねえ」
強がった声だった。だが視線が一度だけ、ヨハンの方へ飛ぶ。その瞬間で十分だ。
「第三桟橋の徴収は本日付で停止。徴収箱と受領印を差し押さえます」
「おい、待て!」ラルフが叫ぶ。「俺一人を悪者にする気か」
「一人で済むなら安いわ」
私が立ち上がると、椅子が鋭く鳴った。
「でも済まないでしょうね。塩船の到着日は、王都からの特別免税通達の日と重なっている。誰かが船を選んで税を消している」
アーベルがその場で兵を二人呼び、徴収箱と記録札の押収を命じた。ラルフは青ざめ、ヨハンは言葉を失う。
その日の夕方、私は押収品を調べていて、一枚の小さな札を見つけた。
通常の港札ではない。王都航路局の臨時便優先札。しかも、表にあるべき日付が削られている。
「ギデオン……」
無意識に名前が漏れた。
「君の元夫か」
「ええ。これを切れる立場にいた」
アーベルはしばらく黙ってから言った。
「私情に流されるか?」
「流されたいくらい腹は立っているわ。でも、流された方が負けよ」
彼はうなずいた。
「なら続けよう」
消えた通行税は、単なる現場の抜き取りではなかった。王都の机と、この港の桟橋が一本の線でつながっている。
私はその線を、今度こそ最後までたどるつもりだった。




