第4話 冷徹提督は帳簿を読む
翌朝、私は官舎の小机に台帳を並べ、夜明けから計算を始めた。潮風で紙がめくれるたび、欠損の線がはっきりしていく。
通行税だけではない。係船料、倉庫使用料、臨時荷役税。港が取るべき金が、あちこちで細く抜かれていた。
「そこまで睨むと数字が怯えるぞ」
顔を上げると、アーベルが戸口に立っていた。軍服の上着に潮が薄く乗っている。どうやらもう、朝の巡視を終えた後らしい。
「数字は怯えません。人は怯えるでしょうけど」
彼は机の向かいへ座った。提督が台帳を前に椅子へ着くとは思っていなかったので、私は少しだけ目を瞬いた。
「読めるのですか」
「最低限は。艦隊の補給が止まれば船は浮かばない」
彼は私の指した欄を眺め、すぐに言った。
「第三桟橋と第六倉庫がつながっているな」
「わかります?」
「消える日付が同じだ。しかも軍需船の入港前に欠損が増える」
私は思わず息を呑んだ。数字を追える人だ。
「王都から来た監査官なら、まず私を疑うと思っていた」
「提督を疑うなら、艦隊補給の納品書がもっと綺麗に揃うはずです。ここまで雑なのは、現場を知らない側のやり口よ」
彼は短く笑った。
「褒め言葉として受け取っておく」
私たちは午前いっぱいを使って、欠損の一覧を作った。途中で書記の青年が差し入れた薄い茶を飲みながら、私は気づく。王都でギデオンと向き合っていた頃より、よほど建設的な会話だ。
「第六倉庫の管理責任者は?」
「名目上は港湾管理人ヨハン。だが実際に鍵を扱うのは荷役組合の番頭だ」
「その鍵台帳、まだ来ませんね」
そう言ったところで、ヨハンが不機嫌そうに入ってきた。手には古びた帳面が一冊。
「ほらよ」
受け取って開くと、私はすぐに違和感を覚える。使用記録の筆跡が途中から変わり、しかも雨天の日に墨が滲んでいない。写し替えだ。
「これ、原本ではありませんね」
「何だって?」
「書き直した帳面です。雨の日の現場記録が、こんなに綺麗なはずがない」
ヨハンの顔が強ばる。だが、私より先にアーベルが口を開いた。
「原本を持って来い。今すぐだ」
「提督、あんたまで……」
「命令だ」
低い声ひとつで、部屋の空気が張り詰める。ヨハンは言い返せずに退いた。
扉が閉まると、アーベルは机の上の写し帳面を指で叩いた。
「ここは長く腐っていた。君は踏み込む覚悟があるか」
「私は王都で席を奪われたばかりですもの。今さら誰に遠慮する必要があるの」
彼は数秒、私を見た。
「なら、こちらも遠慮はやめよう。必要な兵をつける」
冷徹提督。そう呼ばれる理由が少しわかった。
この人は情ではなく責任で動く。だからこそ、信じられる。




