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第37話 提督は港を選ぶ
冬備蓄契約が片づいたその日の夕方、アーベルは中央艦隊への返答を書いた。
私は同席を求められ、彼の執務机の向かいへ座る。
「見るか」
「見ていいんですか」
「君に隠す理由がない」
渡された下書きには、異動辞退の文言が整然と並んでいた。北航路海防と通商再建は切り離せず、現在の責任を継続するためノルトエルト残留を願う、とある。軍人らしい、揺れのない文面だった。
「仕事のためですね」
わざとそう言うと、アーベルがペンを置いた。
「半分は」
以前も聞いた答えだ。けれど今回は続きを待つより先に、彼が言った。
「残り半分は、君を置いて王都へ戻る気がないからだ」
胸の奥が静かに鳴る。派手な言葉ではない。それでもこの人の言葉はいつも、あとから効いてくる。
「港を選んだんですね」
「そうだ」
「私ごと?」
「最初から分かっているだろう」
分かっていた。けれど、聞くのと知っているのでは違う。
私は返答書の端を押さえた。
「なら私も選びます。通商長として、この港を続けます」
「ああ」
その短い返事の中に、約束の形があった。まだ婚約でも結婚でもない。けれど、これから同じ場所で責任を負うという点で、それよりずっと具体的だった。




