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第31話 旧家からの署名要請
午後、ヴァイス家から手紙が届いた。
離縁後しばらく音沙汰もなかった実家が、今さら丁寧な便箋で寄こしてきたのは『王都復帰に同意するなら後ろ盾になる』という申し出だった。ついでのように『辺境港でこれ以上名を荒らさぬよう』とも添えてある。
「都合が良すぎるわね」
私は鼻で笑い、手紙をたたんだ。ギデオンの妻でいた時は黙っていればよかった。離縁されたら見ないふり。私が役職を持てば今度は家名を使いたい。どれもこちらの事情ではない。
アーベルは文面を読んで、短く言った。
「返す必要はない」
「返します」
「律儀だな」
「違います。返さないと、向こうはまだ私の席を動かせると思うから」
私は新しい紙を取り、迷わず書き始めた。
『私は王都の誰かの席を埋めるために働いておりません。ノルトエルト臨時通商長としての職責を優先いたします』
署名の下へ、今の肩書きを書く。元妻でも娘でもない、自分で取った名前だ。
書き終えると、アーベルが静かに言った。
「その肩書きはよく似合う」
褒められたのは紙ではない。そこへ座っている私自身だと分かった。




