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第29話 執務室の合鍵

その夜、私たちは提督府の地図室で証拠を整理していた。


 机いっぱいに広げた航路図へ、荷揚げ時刻、査定印、灯台閉鎖案を書き込んでいく。気づけば夜更けで、外はすっかり静かだった。


「通商長」


 アーベルに呼ばれ、顔を上げる。彼は小さな真鍮の鍵を机へ置いた。


「地図室と執務室の合鍵だ」


「私に?」


「深夜にいちいち兵へ開けさせるな。君の仕事場でもある」


 胸の奥が、静かに熱くなる。王都で渡されたのは責任だけで、鍵はいつも別の手にあった。けれど今は違う。


「異動の打診が来ている人の鍵を預かるの、少し怖いですね」


 半分冗談で言うと、彼は視線を逸らさなかった。


「返事はまだだ」


「知っています」


「だが、ひとつだけ先に言う。君の席を借り物にしたまま去る気はない」


 言葉が止まる。仕事の鍵だ。それ以上でも以下でもないはずなのに、これほど重く感じる。


 私は鍵を取った。


「では私も言います。ここを私の仕事場にするなら、最後まで使い倒します」


「望むところだ」


 外で波が砕ける。地図の上には、まだ崩すべき嘘が残っている。けれど少なくとも今夜、私は追い出された人間ではなかった。同じ机に向かう側の人間だった。


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