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第28話 消えた海上保険簿
夜半、保険倉庫から肝心の査定簿だけが消えた。
鍵はこじ開けられていない。窓も無事。つまり鍵を持つ側の犯行だ。けれど盗まれたのは査定簿一冊だけで、周囲の補助帳はそのままだった。
「慌てていますね」
私は残された帳面をめくる。人足への手当、食堂の夜食引換、宿泊税の軽減記録。査定簿ほど派手ではないが、現場の数字はむしろこちらに残る。
目を止めたのは、保険申請日より前に『難破船乗組員』として宿代減免を受けた六人分の記録だった。
「難破する前に宿を取っている」
ラースが目を見開く。
「それって」
「ええ。事故ではなく段取りです」
食堂の夜食札まで照らし合わせると、六人はクララの控えにある積替え人足と同じ顔ぶれだった。査定簿が消えても遅い。もう事故の物語は別の帳面で崩れる。
そこへアーベルが入ってくる。
「港門で男を一人押さえた。空の革鞄を持っていた」
「中身は捨てたでしょうね」
「だろうな」
私は肩をすくめた。
「でも、盗み方で十分です。見せたくないのが査定簿だと、自白したようなものだから」
帳簿は消える。けれど都合のいい数字ほど、周囲の生活記録に痕を残す。王都でもこの港でも、それは同じだった。




