第23話 霧損保険は誰のため
港の荷揚げ簿と保険台帳を横に並べると、嘘は思った以上に薄かった。
三日前、商船セレネ号は二番岸壁へ第一鐘の前に着き、干鰊二十樽を下ろしている。ところが保険台帳では、第二鐘の霧によって積荷の三割が損傷したことになっていた。
「下ろした後に傷むのは、おかしいですよね」
書記のラースが控えめに言う。私は頷いた。
「ええ。港に着いた時点で被害査定が必要なら、荷揚げ簿にも検査立会人の名が残るはず。でもない」
さらに別の便でも同じ言い回しが続く。『濃霧のため確認遅延』『補償率二割増』。文章が同じなのだ。現場の記録ではなく、机の上で作られた文だとすぐ分かる。
アーベルが艦隊の見張り記録を持ってきた。
「問題の日はどれも、霧は薄い。少なくとも航行停止を出す濃さではない」
「なら保険は事故のためではなく、値段を動かすために使われています」
私は指で三隻の名をなぞった。保険金で損失を補ったことにして市場価格を吊り上げ、差額をどこかが吸う。倉庫や税だけではなく、保険まで腐っていた。
「誰が得をしているかを見ます」
「もう見えているのではないか」
アーベルの視線は鋭い。私も同じ場所を見ていた。査定印の横に小さく入る保険組合名。北航路海上保険組合。第一幕の密輸線とは別の顔だが、匂いは同じだった。
私はペンを取る。
「次は灯台と見張り記録です。海の事故を名乗るなら、海の現場から崩せます」




