第22話 干鰊の値段表
昼の市場で、干鰊の値段表が一夜で書き換わっていた。
昨日まで銀貨二枚半だった樽が、今日は三枚半。売り子たちの顔にも困惑が浮いている。私は立札の前で足を止めた。
「不漁ではありませんよね」
声をかけると、魚問屋を切り盛りする三十五歳の未亡人ユッタが深く息をついた。
「魚はあるの。けれど保険屋が『霧で荷傷みの恐れあり』って札をつけて、倉庫ごと差し止めるのさ。無事だった分まで値が跳ねる」
見せてもらった伝票には、昨日読んだ台帳と同じ赤い査定印が押されていた。荷傷み扱いになった便は、なぜかいつも市場へ出る直前に値が上がる。そして差額で得をするのは、買い占めに入った一部の商会だけだ。
私は樽の蓋を開け、一枚つまみ上げた。塩も乾きも十分。霧で傷んだ魚の匂いはしない。
「傷んでいないわ」
「でしょう?」
ユッタが唇を噛む。
「うちは正しい値で売りたいだけなのに、『保険処理済みだから』で黙らされる」
市場の値段表は、台所の献立より正直だ。だからこそ、数字の跳ね方には人の意図がよく出る。
私は伝票の控えを借りた。
「この便の荷揚げ時刻、港の記録と合わせます。差し止めの理由が嘘なら、値札ごとひっくり返せる」
市場を離れるとき、背後で誰かが言った。
「通商長様なら、今度は値段まで戻してくれるかもね」
その期待は軽くない。けれど、背負えない重さでもなかった。




