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第21話 正式辞令と保険台帳
臨時通商長の印を受け取った朝、私の机には早くも新しい山が積まれていた。
港湾使用料でも係船料でもない。海上保険の支払台帳だ。革表紙を開くと、同じ三隻の名が何度も出てくる。霧による荷傷み、波による積荷不足、視界不良による遅延損。言い回しまで妙に揃っていた。
「昨日までの不正だけで終わらせてくれないのね」
私が呟くと、オットーが肩をすくめた。
「金の流れを止められた連中は、別の穴から抜こうとする。今度は保険金だ」
数を追ううち、違和感は確信へ変わった。同じ便で入った船なのに、被害額だけが一隻ごとに都合よく違う。しかも査定人の署名はいつも同じ癖字だ。
昼前、アーベルが執務室へ来た。
「新しい席の座り心地はどうだ」
「椅子は悪くありません。台帳が悪いです」
私は革表紙を彼の前へ滑らせる。アーベルはざっと目を通し、すぐに眉を寄せた。
「損害の出た時刻が不自然だな。艦隊の霧鐘記録と合わない日がある」
「私もそう思いました。港の記録だけでなく、海の記録とも突き合わせたい」
「やるぞ」
短い返事だった。けれどその一言で、臨時の肩書きが少しだけ本物に近づく気がした。もう私の仕事は追い出された先の後始末ではない。この港の明日を決める帳簿だ。
私は新しい印を台帳の端へ置いた。
「今度は海の嘘を洗いましょう」




