第19話 辺境港の新しい長
公開監査の翌日、ノルトエルト港は妙に静かだった。
嵐が去った後のような静けさだ。けれど昨日までと違って、人々の顔には諦めより疲労と、少しの期待が乗っている。
午前、王都から正式通達が届いた。
ギデオン・ブラントは航路局次官を解任。リディア・セルジュは印章偽造と会計不正関与で審問入り。ベッセル商会とセルジュ商会の北方取引は凍結。
そして最後に、私の名があった。
『エレナ・ヴァイスを、ノルトエルト港臨時通商長に任ずる』
思わず二度読みした。
「臨時、ですって」
オットーが肩をすくめる。
「王都はまだ面子を気にしている。だが実質はお前の勝ちだ」
「勝ち負けで仕事はしないわ」
「そういうところが面倒だな」
それでも彼は少し笑っていた。
通達を持って外へ出ると、港の人々が自然と集まってきた。マルタ、書記たち、船員、荷役人たち。ヨハンの代わりに臨時管理を任された若い監督までいる。
「監査官様、いや……もう長ですか」
誰かが言う。
「臨時よ。まだ仕事は山ほどあるわ」
「それなら安心だ」
笑いが起きた。私は少しだけ肩の力を抜く。
人が散った後、岸壁にアーベルが残った。
「祝いの言葉は?」
私が訊く。
「言わなくてもわかると思っていた」
「わからせてください」
彼は数歩近づき、真っ直ぐに言った。
「就任、おめでとう。君が来てから港が呼吸を始めた」
予想以上にまっすぐで、私は返事に一拍遅れた。
「……ありがとう。提督がいなければ、ここまで来られなかった」
「それは違う。私は港を守っただけだ。腐った中心へ刃を入れたのは君だ」
胸が熱くなる。王都では誰も、私の仕事をそんなふうに呼ばなかった。
私は潮風の中で通達を握りしめる。
ここが追放先だったなんて、もう思えない。




