第14話 離婚した夫が港へ来る日
ギデオンがノルトエルトへ来たのは、その三日後だった。
晴れた昼の港へ、磨き上げられた馬車が止まる。辺境には似合わない艶のある黒塗りだ。扉が開き、彼はいつも通り整った笑顔で降りてきた。
「久しぶりだね、エレナ」
「監査対象との私的会話は控えたいのだけれど」
私が桟橋で迎えると、彼の笑みがわずかに薄くなる。後ろには護衛が二人。だが一歩引いた位置に、アーベルが立っていた。
「私は私的な話をしに来たつもりはない」ギデオンは言う。「王都を代表して、北の物流停滞を憂慮している」
「停滞の原因なら、王都から流れてきた偽札と密輸船が答えてくれました」
「証拠もないのに騒ぎすぎだ」
「あるから騒いでいるの」
私は封筒の偽蝋封、押収した優先札、セルジュ商会への支出記録写しを順に見せた。ギデオンは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに涼しい顔へ戻る。
「偽物なら、なおさら私とは無関係だろう」
「そう言うと思っていたわ」
そこで私は最後の紙を出した。ヘルミナから送られた貸出簿写し。王都航路局で紛失扱いになった札番号の一覧である。
「紛失報告の署名、あなたの部下のものね。報告日が、ノルトエルトで欠損が始まった前日よ」
ギデオンの口元が硬くなる。
「君は……本当に昔から、余計なところまで見ていた」
「あなたが見ていなかっただけです」
彼は一歩近づき、声を落とした。
「エレナ、ここでやめろ。今ならまだ、君の経歴に傷はつけずに済む」
「もう離婚されていますから、傷をつける夫の権利はありません」
横でアーベルが口を開く。
「航路局次官殿。港内での圧力行為は記録する」
ギデオンはようやく提督を見た。王都では利用価値で人を見る男だ。辺境提督を侮っていたのだろう。
「軍は通商に口を出すべきではない」
「軍需品が密輸と一緒に運ばれていた以上、私の管轄だ」
正論に、ギデオンは返す言葉を失った。
去り際、彼は私だけに聞こえるように言った。
「リディアを敵に回すな。君には分が悪い」
「印章の偽造は、だいたい分が悪いものよ」
彼は何も言わず馬車へ戻った。
私はその背を見送り、静かに息を吐く。もう怖くない、とは言わない。怖さはある。でも、それ以上に腹が据わっていた。




