第12話 監査印は裏切らない
王都からの返事を待つまでもなく、こちらから打つ手は決まっていた。
私は差押え帳簿と押収札を並べ、正式な監査調書の作成に入った。印章、貸出票、受領控え、補修会計の入出金、商会台帳。複数の帳面を同時に走らせる作業は神経を削るが、私はこういう時間が嫌いではない。
数字は、丁寧に扱えば必ず人間より誠実だからだ。
昼過ぎ、ヘルミナから王都便が届いた。中には私が出発前に頼んでおいた古い貸出簿の写しが入っている。
「さすがです、ヘルミナ」
私はその写しとノルトエルトの押収札を照合し、すぐに異常を見つけた。王都で発行された優先札の番号が、北で発見されたものと連続していない。途中の数枚だけが消えている。
「消したのではなく、流したのね」
私はアーベルに説明した。
「王都で正式発行した札の一部を、こちらの密輸便へ回している。だから現場は“王都公認”だと強気だった」
「誰が札を抜いた?」
「航路局の貸出権限を持つ者。少なくともギデオンの机を通る案件です」
その時、ラルフが兵に連れられて入ってきた。昨日まで強がっていた徴収係は、今日は顔色が土のように悪い。
「話す気になった?」
私が訊くと、彼は床を見たまま頷いた。
「俺は札を受け取ってただけだ。王都の使者が月に一度来て、これは優先便だから税を取るなって」
「使者の名は」
「知らねえ。ただ、蝋封にブラント家の紋があった」
やはりだ。
私は調書の末尾に新たな証言を追記し、深く息を吐いた。離縁状を渡してきたあの手で、税の線までいじっていたのかと思うと、胸の底が冷えていく。
「怒っているか」
アーベルが静かに問う。
「ええ。でも、今は助かっています」
「助かる?」
「怒りを数字へ落とせるから。泣くだけなら、王都でもできたもの」
私は調書に監査印を押した。赤い印泥が紙へ沈む。
乾いたあとに残る円は、誰の言い訳よりも強い。
「監査印は裏切らない」
私がそう言うと、アーベルは短くうなずいた。
「こちらの剣も同じだ」
その言葉が、不思議なくらい心に残った。




