第10話 最初の差押え命令
最初の差押えは、見世物でなければならなかった。
私は朝一番で告示板に命令書を貼った。対象はベッセル商会北支店、第三桟橋徴収所、そして港湾管理人ヨハン名義の補修会計箱。理由は係船料・通行税の不正徴収疑義による一時保全。
広場がどよめく。
「本当にやるのか」
「王都の監査官も度胸があるじゃないか」
そんな声の中、当のヨハンが顔を真っ赤にして現れた。
「ふざけるな! 港が止まるぞ!」
「止まっているのは金の流れです」
「俺は港のために便宜を図ってきただけだ!」
「では、その便宜でなぜ岸壁は割れたままなの」
返事はない。代わりにアーベルが前へ出て、兵へ命じる。
「徴収箱を開けろ」
錠前が外され、箱の中身が卓上へぶちまけられた。銀貨、銅貨、そして受領札。だが数が合わない。予想していたよりもずっと少ない。
「空だ……」
群衆の誰かが呟く。
私は用意していた一覧を掲げた。
「過去三か月で徴収されたはずの係船料は金貨八十四枚相当。ですが箱の中には、その三分の一も残っていません」
ざわめきが怒気を帯びる。船員たちは日々の係船料を肌で知っている。誤差では済まない額だ。
ヨハンは汗をにじませながら叫んだ。
「商会への前払いもある! 補修資材だって」
「補修資材の納品記録を出して」
「それは、今は手元にない」
「では差押えます」
私は淡々と命じ、兵が帳簿箱を運び出す。ベッセル商会の支店長も抗議に来たが、アーベルが一瞥しただけで黙った。
公開の場でここまでやれば、もう後戻りはできない。
命令執行が終わった頃、私は人垣の中に見覚えのある紋章入り馬車を見つけた。王都のものだ。おそらく誰かが様子を見に来ている。
好都合だった。
見ていればいい。私は追放先で縮こまるつもりはない。
夕方、差押えた帳簿を開くと、補修費名目の支出先に奇妙な名が並んでいた。架空商会ばかりだが、一つだけ実在する名がある。
セルジュ商会。
リディアの母方の実家だ。
「愛人殿までつながりましたね」
私はそう呟き、静かに息を吐いた。
王都が私を切ったつもりでも、向こうの尻尾はまだこちらに残っている。




