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第八話 氷の伝書鳩

 翌朝。ノクトの「社会的に抹殺する」という、あまりにも物騒な私怨に満ちた指令を受けて、アイリスは光輝魔術師ジーロスを伴い、庭園の噴水に向かった。

「おや、アイリス。この氷像、夜中に見ても壮麗だったが、朝の光に照らされるとまた格別だね。その、凍てついた高潔さ、まるで僕の芸術魂を刺激するようだ!」

 ジーロスは、巨大な氷の噴水像を前に、扇子を広げて歓喜の声を上げた。

 彼にとって、この異常な氷像は芸術品であり、その造形美を前にして、事件の深刻さなど二の次だった。

「ジーロス、感心している場合ではありません。この像は、私を付け狙う者の手によるものです。神様は、この像に残された魔力の残滓を詳細に解析(スキャン)するようにと…」

「フム、解析(スキャン)か。なるほど、氷魔法の特性、その構造を精査して、術者を特定しようというわけだね。さすがは、神の着眼点だ。いいだろう、この美しくも不遜な造形を解剖してあげよう」

 ジーロスは、アイリスの言葉を途中で遮って、像に優雅に手をかざした。精査(スキャン)彼こそが、アイリス分隊において、ノクトの高度な指示を具現化できる唯一の魔法使いだった。精査(スキャン)アイリスが騎士として優れていたとしても、ノクトが扱うような情報処理と転移魔法を組み合わせた解析は、魔法の才を持たない彼女には不可能だった。

(神様、ジーロスと連携します。スキャンを開始してください)

 アイリスが念じると、彼女の脳内でノクトの声が響いた。

『了解。ジーロスの魔力を媒介にして、像の内部構造、マナの組成、転移魔法の逆演算をかける。一ミクロンの誤差も許容するな。特に、その像に込められた「意図」を読み取れ』

 ジーロスの指先から、七色の光線が放たれた。

 それは、彼の「光輝魔術」による魔力視覚化の応用だった。

 光は像の表面を滑り、その内部の複雑な魔力回路を、まるで設計図のように鮮明にアイリスの脳内に投影していく。

「ほう。これは見事な回路だ。単なる彫刻ではないね。対象の魔力をトリガーにして、自動的に展開する多重防御魔法が組み込まれている。…そして、この凍結魔法の精度、芸術的だ。まるで時間を停止させたかのような静けさだ…」

 ジーロスは、技術的な側面に目を奪われて感嘆の声を漏らすが、ノクトの関心はそこではなかった。

『新人。像の核の部分だ。そこに込められた、術者の魔力の署名と、…異常なほどの「所有欲」を読み取れ』

 アイリスは、ノクトの指示に従って意識を集中する。

 ジーロスの魔法によって可視化された魔力回路の深奥。

 そこに、熱を帯びた、そして極めて偏執的な魔力のパターンが確認された。

 それは、彼女自身を型取った像の、心臓にあたる部分に、文字通り刻まれていた。

『…よし。…レイラ、か。やはり、あいつだ』

 ノクトの静かな呟きは、怒りというよりも、深い忌避と、そして確信に満ちていた。

(レイラ…。神様、以前対峙した魔王軍の四天王の一人ですね。 私の像に込められた『意図』とは、一体…)

『その通りだ、新人。以前、俺たちの邪魔をした、そして、混沌の神が世界を初期化(リセット)しようとするのを一時的に防いだ、「狂ったコレクター」だ。彼女の目的は常に一つ。世界で最も価値あるもの、最も美しいもの、最も珍しいものを、永遠に凍結させて自分のコレクションに加えることだ』

 ノクトは、冷静ながらも、一切の感情を排した声で解説した。

『この像は、単なる贈り物ではない。彼女なりの、お前を「コレクション」に加えるための準備であり、お前の反応を試すための挑発だ。この異常な魔力のパターンは、お前という存在に対する、彼女の病的なまでの執着、そしてその美しさを永遠に独占したいという「所有欲」を示している。つまり、奴は、お前を狙っている。ストーカーだ』

 アイリスの顔から、血の気が引いた。

 彼女を称える「芸術家」だと思っていた相手は、狂気に満ちた「ストーカー」であり、しかもその能力は、世界を初期化(リセット)しようとする混沌の神の力を一時的に停止させることができるほどの、規格外の存在だったのだ。

(では、ジーロス様が仰っていたように、この像を破壊しようとすれば…?)

『瞬時に反撃する。レイラの凍結魔法は、触れたものを全てコレクションに加える性質を持つ。無闇に手を出せば、ジーロスだろうと、王城全体だろうと、凍結させてしまうぞ。…面倒なことをしやがる』

 ノクト()の言葉に、ジーロスの表情も引き締まった。

「なるほど、芸術的だが、危険極まりないテロ行為だ。僕の美学に反する。排除すべきだね」

『奴は、アイリスの反応を見て、次の行動をエスカレートさせようとしている。ならば、逆にこちらからメッセージを送り返してやればいい』

 ノクトは、レイラの魔法の特性を逆手に取った、ノクトならではの策略を考案していた。

 アイリスは魔法が使えないが、ジーロスがいる。

 ジーロスの光輝魔術は、物質の分子振動を活性化する力を持つ。

 レイラの凍結魔法とは、いわば対極にある性質だ。

『ジーロス。アイリスの脳内の指示に従い、像の魔力パターンを読み取り、それを小さな、伝達用の媒体へと再構築しろ。レイラの魔法の「所有欲」を逆手に取って、こちらのメッセージを確実に送りつける』

「フム、光と氷の協奏曲か。面白い」

 ジーロスは、ノクトの高度な転移と操作魔法の指示を受け取り、それを彼の光輝魔術で具現化し始めた。

 氷像の魔力パターンを読み取り、それを小さな、鳩の形に再構築する。

 それは、彼の美学に沿った、優雅で洗練された動作だった。

『氷の伝書鳩だ。そこに、俺からのメッセージを込めてやれ』

 ノクトの指示は、驚くほど具体的だった。

 「貴殿の行為は、王都のマナ通信網に著しい干渉を引き起こしている。これは、聖女アイリスの業務遂行に重大な支障をきたすため、速やかにその行為を停止すること。」と、極めて事務的な、そして上から目線の警告文を、氷の鳩に吹き込むようアイリスに命じる。

 アイリスは困惑しながらも、ノクトから送られた感情を排したメッセージを込めた。

 完成した氷の鳩が、ジーロスの手から離れて飛び立ち、王都の空へと舞い上がっていく。

 その行方を、ノクトは王城の塔から、遠見の水盤を使って追跡していた。

 ノクトの快適な引きこもりライフと、アイリスの聖女としての平和な日常を脅かす、「狂ったコレクター」レイラとの、新たな戦いの火蓋が切って落とされた瞬間だった。

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