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第三十二話 セーブデータ破損

 神の解析は、完了した。

 アイリスの脳内に投影された、オルガンとシャンデリアという二つの「心臓」。

 それこそが、この狂気の舞踏会を終わらせるための、唯一にして絶対の攻略法だった。

 勝利への道筋が、ついに示されたのだ。

「皆さん!」

 アイリスは、仲間たちに向き直り、希望に満ちた、力強い声を上げた。

「反撃の時です! この結界を破壊する方法が分かりました!」

 その言葉に、それまでバラバラだった仲間たちの意識が、一斉にアイリスへと集中する。

「おお! さすがは姉御であります!」

「ひひひ…! ようやくおっぱじめるってわけか!」

「僕の新たな美学、披露する時が来たようだね!」

「わあ! やっと、お家に帰れるのですね!」

 ギルが拳を握り、テオが目を光らせ、ジーロスが扇子を広げ、シルフィが嬉しそうに手を叩く。

 士気は、最高潮に達していた。

 アイリスは、ノクトから授かった作戦を、彼らに伝えようと口を開いた。

「目標は二つ! 天井のシャンデリアと、舞台のパイプオルガンです! 全員で、同時にこれを破壊…」

 その、作戦の全貌が語られることはなかった。


 ―――ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


 突如、広間全体が、これまでにない激しい揺れに見舞われた。

 それは、もはや制御された魔法の余波ではない。

 プライドを完膚なきまでに砕かれたミストの、制御を失った怒りの魔力が、嵐となって暴走を始めたのだ。

 彼が立っていた大階段から、虹色の幻影が、まるで猛獣のように壁や床を駆け巡る。

「認めん…! 私の芸術が、私のロジックが…『退屈』だと!? 断じて認めんぞ、聖女アイリス!」

 ミストの絶叫に呼応し、虹色の幻影は鋭い棘となって、凍りついた貴族の氷像を無差別に砕き始めた。

 その、あまりに醜悪な光景に、レイラの柳眉がぴくりと動いた。

「…やめなさい、ロジック狂。私の美しい美術館を、貴方の下品な癇癪で汚すことは許しませんわ」

 レイラの冷たく、執拗な魔力が、暴走する虹色の幻影を凍てつかせようとする。

「黙れ、ストーカー女! 貴様も同罪だ! 貴様のその非合理な存在が、私の完璧なゲーム盤を狂わせたのだ!」

 二つの強大な魔力が、互いに反発し、そして融合し、凄まじい魔力の嵐となって、結界の中を吹き荒れた。

 それは、ノクトの計算すらも、ほんの僅かに上回る、予測不能な魔力の奔流だった。

 論理と非論理、秩序と混沌。二つの対極にある魔力が衝突したことで、結界内部に、これまで存在しなかった、極めて不安定で破壊的な「魔力振動」が発生したのだ。


 王城の最も高い塔。

 ノクトの目の前で、魔力モニターの全ての計器が、危険を示す赤いランプを激しく点滅させていた。

「…なんだと? 奴らの魔力が、臨界点を超えてやがる…! 結界内の魔力飽和率が、俺の予測を0.3%上回った…! このままでは、飽和した魔力が、外部空間へと逆流する…!」

 ノクトの顔から、初めて、余裕の色が消えた。

 彼の塔は、完璧な結界で守られている。

 だが、その結界と、ミストたちの結界は、マナ通信網という、目に見えない回線で繋がっている。

 魔力の嵐は、その回線を逆流し、凄まじい勢いで、ノクトの神域へと流れ込んできたのだ。

 ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 塔の内部に、これまで一度も鳴ったことのない、けたたましい警報音が鳴り響く。

『警告。外部からの、予測不能な高レベル魔力干渉を検知。システム保護のため、一部の機能を強制的にシャットダウンします』

 ノクトの目の前の、巨大な魔力モニターの半分が、プツリと、暗転した。

 結界の解析図も、アイリスとの通信ウィンドウも、全てが消え去った。

 そして、残された半分の画面には、彼が最も愛し、最も時間を捧げてきた、超大作シミュレーションゲーム『帝国興亡記IX』のタイトル画面が、ノイズ混じりで映し出されていた。

 ノクトは、胸騒ぎを覚え、震える指で、コントローラーを操作した。

 セーブデータの、ロード画面を開く。

 そこには、信じられない、そして、彼にとって、世界の終わりを意味する文字が表示されていた。


 【SAVE DATA:破損しています】


 時が、止まった。

 二百時間を超える、彼の血と汗と涙の結晶。

 幾多の激戦を乗り越え、大陸の半分を支配下に収めた、彼の栄光の歴史。

 昨日も、あと少しでクリアできるはずだった、あのラスボスとの激闘の記録。

 その全てが、無慈悲な、たった七文字によって、虚無へと還された。

 アイリスの脳内に、これまで一度も聞いたことのない、『神』の、絶叫が響き渡った。

 それは、怒りでも、悲しみでもない。

 ただ、純粋な、魂からの、慟哭だった。

『俺の……俺の、二百時間のプレイ時間が……ッ!!』

 『神』は、泣いていた。

 世界の危機でも、人類の未来のためでもなく。

 ただひたすらに、失われた自らのセーブデータのために。

 舞踏会場では、アイリスたちが、勝利への活路を見出し、歓喜に沸いていた。

 だが、その勝利の代償が、彼らの『神』の、最も大切なものを、永遠に奪い去ったことを、まだ誰も、知らなかった。

 そして、このあまりに個人的で、あまりに理不尽な損失が、史上最悪の迷惑コンビへの、神による、本当の「お仕置き」の引き金になることも。

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