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あれ以来、コンビニを避けて遠回りをしている。非常に不便だが、幽霊に会いたくないし、イケメン氏にも会いたくない。幽霊に絡まれるなんて、どんな罰ゲームだ。コンビニはほかにもあるのだ。なにもここへこだわることはない。五分ばかり歩く時間が長くなるだけ。どっちを取るかと天秤にかけたら、今現在は絶対遠回りだ。
くろは会社にも当然のようについてくる。どうせ、誰にも見えないんだし、と放置している。
たまに「ここにあったわたしのグミ知らない?」とか「あれ? おれ、プロテインバー置いてなかったっけ?」なんて聞こえるけど、聞こえないふりをする。
だって、わたしじゃないもん。
くろの口の周りに、何かしらの粉がついていたりするが、誰も見ていないのだ。
「くろちゃん、ダメよ」
こっそりとつぶやく。
モンスター佐藤がいなくなってストレスが減ったせいか、しばらく静かだったシガラキが久しぶりにキレ散らかしている。モンスターに削がれていたエネルギーが充填されたのだ。イライラしていない方がキレるという裏技(?)。
「誰がこっちを先にやれとゆうたんねん!」
あんただよ。
「あの資料まだか! はよせえ、ゆうたやろ」
今週中でいいと言ったのはあんただ。そして今日はまだ水曜日だ。
はあ。あちこちでため息が聞こえる。社内に殺伐とした空気が充満する。息が詰まるようだ。たった一人で社内の空気をここまで悪くするシガラキ、すごいな。
「立花ぁー」
優香はびくりと顔を上げた。ヤバい、順番が回ってきた。ってか、呼び捨てアウトだぞ。が、そんなことにはお構いなしのシガラキ。
「お茶!」
はあ⁉
「やっぱコーヒー。砂糖抜きで」
マジで言ってんのか。昭和か。てめえで淹れろや、とのどまで出かかった。
「早う!」
ピキッ。なにかがひび割れた。さすがに及川も「うそだぁ」とつぶやいた。
こいつ、頭打って死ねばいい。
そう思った。どこかで遊んでいたくろが跳ねるようにやって来るのが見えた。止まったのは優香のひざの上ではなく、シガラキの頭上だ。
「あ」
また、何かやる気だ。いいぞ、やれやれ。優香はそう思った。もちろん本当に死ねばいいと思っているわけじゃない。すっころんでみっともなく這いつくばるとか、ズボンのお尻がぱっくりと破けてパンツが見えるとか。笑いものになればいいんだ。
優香はほくそ笑んだ。
例によってくろがシガラキの頭の上で、華麗に高速スピンを披露した。
次に訪れるシガラキの醜態を想像しながら、優香は給湯室へ向かうべく立ちあがった。シガラキを横目に見ながら、ゆっくりと歩く。給湯室は部屋の外だ。
おやあ? 何も始まらないな?
優香は部屋の外へ出てしまった。こうなったら、さっさとコーヒーを淹れてもどらないと。あわてふためくシガラキを見逃してたまるか。
シガラキのマグカップは信楽焼(笑)。グレーのざらざらした、大ぶりのヤツだ。態度がデカければカップもデカい。戸棚の中で場所を取る。まったくカップまで遠慮がない。
そのカップに、インスタントコーヒーをスプーンで山盛り三杯。目が覚めるように濃い目にしてあげよう。なんて気づかいのできるわたし(笑)。
さあ、早くシガラキの失態を見に行こう。
そう思ったとき、廊下をシガラキが速足で通っていった。
「あれ? 失態はいずこへ?」
くろのパフォーマンスは空振りだったのか?
不審に思って、給湯室から顔を出した。その時だった。
「うわあぁっ!」
シガラキの絶叫が聞こえた。え? なに?
部屋からもわらわらと人が出てきた。
「どうした?」
聞かれても、優香は「さあ?」としか答えられない。
このビルは、エレベーターと階段がならんでいる。若手社員が様子を見に行った。
「わあっ! 白石さん、だいじょうぶですかっ」
シガラキとこっそり呼んでいるのは優香だけで、みんなは「白石さん」と呼んでいるのだ。
ただならぬ声に、一同が駆けつけた。
「ああっ! ヤバい! 救急車!」
優香も階段まで走った。人だかりの隙間からのぞいた先、階段を降りた先の踊り場に、不自然な恰好でシガラキは倒れていた。
白石さん! 白石さん! 呼びかけにも答えず、ぐったりと目を閉じたままだ。
ええー。優香は呆然とした。
これはくろがやったの?
いつの間にか優香の肩の上にいたくろが、楽しそうにぴょんぴょん跳ねている。
……ヤバくない?
くろは目が合うと、ニイッと笑った。
やがて到着した救急隊員によって、シガラキは処置を施された。担架に乗せられたシガラキは、首を固定されてまるでドラマで見る重傷者のようだった。
――意識不明。
――頭を打って。
――骨折。
そんな言葉が耳を通り過ぎていく。
うそだ。
こんなことを望んだんじゃない。
ただちょっと、無様に転べばいいって思っただけだ。
そんな意識不明だなんて。いくら嫌いでもそんなことは望まない。
「……くろちゃん、あんたがやったの?」
その問いかけに、くろはニイッと笑っただけだった。かわいいと思っていたその笑顔も、今となってはちょっと怖い。




