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朝からいろいろあったから、すっかり忘れていたのだ。
帰ったらさっそくハーゲンダッツを食べよう。たんまりと食料品を詰め込んだエコバッグを揺らしながら、ウキウキと家路を急いだ。
「くろもハーゲンダッツ食べる?」
くろは肩に乗ったまま、楽しそうに揺れていた。
「あっ」
目の前に、例の幽霊が立っていた。しかも立ちふさがるように。いつの間にか、コンビニの前に差し掛かっていた。
そうだった。こいつがいたんだった。
……どうしよう。
避けようと一歩右に移動した。すると幽霊も同じように一歩動く。
え? 通せんぼかな?
優香は今度は逆方向に一歩動く。すると幽霊はやっぱり一歩動くのだ。左目がじっとと優香を見ている。完全にロックオンだ。ヤバい、逃げられない。いっそ、突進して振り切るか。
くろが、肩の上でもぞりと動いた。ぎく。また何かやるつもりだろうか。
「くろ、今はダメだよー」
モンスター佐藤とザビエルは仕方がない。自業自得だから。でも幽霊に、なにか非があるのかは知らない。少なくても優香は迷惑を掛けられてはいない。いくら怖いからって、そんな幽霊にざまあを仕掛けるほど人でなしじゃない。
「帰ろう帰ろう」
一歩踏み出した。
「なあ」
「ひえっ」
幽霊に話しかけられた。
「おれが見えてるよな?」
ええ、たしかに。目が合っていましたしね。でも関わるのはごめん被りたい。
「いいえ」
そう言って行こうとした。
「やっぱ、見えてんじゃん」
しまった。返事をしてしまった。無視するんだった。
「なあ、頼みがあるんだよ。今までおれが見える人がいなくてさあ」
「すみません、無理です」
優香は目をそらした。声と話し方からすると彼はまだ若い。高校生くらい?だとしても、見ず知らずの幽霊の頼みを聞くほどお人よしじゃない。人でなしでもないがお人よしでもない。あー、やだやだ。めんどくさい。
「なあ」
言いかけた幽霊の脇を通り過ぎようとしたときだ。くろがひゅんっと飛び上がった。
あ、ヤバい。また何かする気だ。
「くろ!」
あわてて優香が呼んだ時だった。
「きみ、変わったもの連れてるねぇ」
背後から、幽霊(血みどろヤンキー)、妖怪?(くろ)、人間(優香)の三つ巴のにらみ合いに不釣り合いなのんびりした声がした。えっ? と振り返ったら、絶世のイケメンが立っていた。
だ、誰?
優香は思わず後ずさった。イケメン氏はくろに手を伸ばした。掴まれそうになって、くろは優香の胸に飛びついた。ぎっちりとブラウスを掴む。なんということか、しがみついてプルプルと震えているのだ。
どうした。怖いのか。このイケメンが。
優香はくろをそっと両手で包んだ。見上げたくろの瞳が、心なしかうるんでいるように見えた。
くろを怖がらせるなど許さん! そんな思いで、優香はイケメン氏をきっと睨みつけた。
イケメン氏は年頃ならたぶん二十代半ば。全体的に色素が薄め。お肌も白いし、髪も茶色。瞳も茶色。背が高くて均整の取れた体つき。白いTシャツにジーンズ。サンダルという非常にラフな格好。襟元からのぞく喉仏が、なんかエロい。いかがわしさすら感じる。それなのにカッコよい。まるでイケメン俳優のオフショット。
だが胡散臭い。イケメンだから。優香は常々イケメンは胡散臭いと思っている。さわやか笑顔にだまされはいけない。絶対に裏がある。
ということで、優香はポーッとすることもなく
「どちらさま?」
と臆面もなく聞いた。くろは優香の手の中でちらちらとイケメン氏を盗み見ていた。
「きみ、それが見えるんだね」
イケメン氏は幽霊を親指で指した。幽霊がビクッとした。イケメン氏はそう言う仕草もカッコよい。カッコよさと胡散臭さが比例する。優香は口を噤んだ。いくらイケメンとはいえ、見ず知らずの通りがかりと話すつもりはない。
「わたし、関係ないので失礼しますね」
優香はさっさと歩き始めた。ハーゲンダッツが溶ける。
「ああ、あとそれだけど」
優香の背中に、イケメン氏は声をかけた。ピクッ。優香は足を止めた。
「それ」だと?
なにを物みたいに言っているんだ。怒りが湧いてくる。イライラマックス。加えてハーゲンダッツが溶けてしまうという焦り。優香はくるりと振り向くと、足音も荒くイケメン氏に近づいた。
目の前まで来ると、つま先立ちしてグイッと詰め寄った。身長百五十二センチの優香では、精一杯背伸びをしてもあごに届くのがやっとだ。なんだか悔しい。
優香の剣幕に、イケメン氏が怯んだ。ちょっとざまあって思った。調子づいて詰め寄る。
「それ、じゃありません! 『くろ』ですっ!」
ねー? とくろを見たら、くろもこくこくとうなずいた。優香は「ふんっ」と再び踵を返して、今度こそマンションに向かって歩き出した。
その背後で
「どういう理由でそれを連れているのか知らないけど、暴走しないように気をつけてね」
とイケメン氏は宣った。だまれ。くろだと言っているのに。大きなお世話だ。ちらっと見ただけでなにがわかる。えらそうに。やっぱり胡散臭い。
「困ったらうちにおいで。駅前のスーパーの裏にある『ウィーン』って言う喫茶店なんだ」
喫茶店? カフェじゃないのか。おしゃれカフェが似合いそうなのにな! なんにしろ、あんたみたいな胡散臭いヤツにの世話にはならん。困ってないし。これから何かやらかすみたいに言うな。失礼だな。
イケメン氏と幽霊を置き去りにして、優香は速足でマンションに向かった。




