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大きな声を出すからみんなが注目し始めた。パワハラなんて言うから。みんなコンプラには敏感になっているのだ。けれどこのモンスター新入社員のことはみんなが手に余している。ほとんどが「またなにかやらかしたのか」そんな目だ。もう信用ゼロ。試用期間で打ち切られるんじゃない?
優香は助けを求めてあたりを見回すが、みんな下を向く。誰一人目が合わない。及川も「ヤバーい」なんて言っているが、助ける気はさらさらない。なにか、わたしは生贄か。スケープゴートか。いつもそう。さすがブラック企業だ。
イライラ、モヤモヤ。
そのうち、佐藤はめそめそと泣く真似を始めた。イライラの極致である。めんどくさくなってきた優香は
「文句なら総務に言ってください」
と突き放した。やってられるか。時間とエネルギーの無駄だ。
辞めないかな、こいつ。
そう思ったときだ。膝の上でくろがすくっと立ちあがった。見るときりりとした眼差しで「うむ」と力強くうなずいたのだ。え? なにが?
次の瞬間、くろは上昇した。文字通り、なんの音もなく空気と重力の抵抗もなく、すうーっと上昇したのである。
優香は呆気にとられたまま、くろを見つめた。くろは佐藤の頭の上で、バレリーナのように両手を上にあげると、くるくるとスピンし始めた。
なんの舞だ。
「ぶふっ」
隣で及川が吹き出した。視線を下げたら、とんでもないものが目に入った。佐藤のスカートすそが、するするとめくれ上がりはじめた。あたかも緞帳が上がるように。あるいはロールスクリーンが上がるように。
優香はぎょっとした。やがてすそは、背中にピタッと張り付いた。
どういう状況? なんでくっついたの?
当然お尻が丸出し。パンツが丸見え。水色に白いレースのパンツが。
佐藤はまったく気づかない。
くろがやったのか? そのくろは、すーっと下りてきて優香のひざにすとんと着地した。そして腕を腰に当てて、優香を見上げて「どやっ」とばかりに笑った。
魔法か? マジックか? くろマジックなのか? 黒魔術。ププ。
佐藤は泣きまねをしながら、チラチラと優香を見る。たぶん優香が折れて謝るのを待っているんだろう。
謝るわけねーだろ、バーカ。悪いのはあんたで、わたしは悪くない。
めくれたスカートだってふつうなら教えるけれど、こんなヤツに教える必要あるか?
……教えなくてもいいかな。
どうする? 優香は及川を見た。及川はすっと目をそらした。黙ってていいってことかな。そうだな。きっとそう。優香は目をつぶった。
「ほんとに、総務に言いつけるから!」
しびれを切らした佐藤はそう捨て台詞を残して小走りに向こうへ行った。
総務と言っても、部屋の向こう端だ。
この会社は建築資材の卸業の中小企業である。オフィスビルのワンフロアが会社。だから営業も経理も総務も全部このフロア。全部が筒抜け。もちろん、このやり取りも。
お尻丸出しで気取って歩くモンスター佐藤を、女子たちがこそこそと「ヤバーい」と言いながら、くすくすと笑う。あんなヤツ、知ったこっちゃない。そんな感じだ。
男性社員は全員目を背けた。見えなかった、知らなかったをごり押しするつもりだ。セクハラだなんて訴えられたくない。
教えてやる人は誰一人いなかった。
かわいそうだけど、自業自得だな。ざまーみろって思った。
よくやった、と心の中で思いながら、こっそりくろの頭を撫でた。
さすがに総務の女性社員が「スカートめくれてますよ」と教えた。自分の後ろ姿を確認したモンスター佐藤は「ぎゃあぁぁーっ‼」と断末魔のような悲鳴を残して、いずこへか走り去ったのだ。
それっきり佐藤は戻ってこなかった。
バックレたんだな。
後日――。
無断欠勤の彼女からセクハラ、パワハラの訴えがあった。はあ? である。もちろんスカートの件だ。誰かがやった証拠もなく、偶然あるいは自分の不注意ということで、受理されなかった。
もちろん社内の防犯カメラもチェックされた。直前に話しをしていた優香も事情を聞かれたが、いうことは何もない。
驚いたことに及川までもが「立花さんは話をしていただけ」と証言してくれたのだ。でもたぶん優香を庇ったのじゃなくて、佐藤を追い込みたかっただけだ。
それでもいい。優香に非がないと言ってくれたのなら。
佐藤はそのまま退職代行サービスを使って退社した。




