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かわいい毛玉をひろいました。妖精ですか?妖怪ですか?なお裏の顔がある模様  作者: 雨宮ルネ(吉田)


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3/14

3


 よくあるワンルームマンション。七階建ての四階。それが優香の部屋だ。玄関の先はキッチン兼廊下で、その先がリビング。今は照明はついていないが、カーテンが開いたままなので、窓越しの街灯でほんのりと明るい。

 玄関にへたり込んだまま何分たったのか。数十分のような数分のような。

 アレはなんだったのか。幽霊? 妖怪? ひどいケガのように見えたけれど。


 はっ⁉ もし幽霊だったらドアをすり抜けてくるんじゃない?

 恐ろしいことを思いついてしまった。

 ごそ。

 すばらしいタイミングでカバンが動いた。

「ひえっ!」

 優香は飛び上がった。

「ででで電気! 電気をつけないと!」

 すぐそこにスイッチがあるのに、目いっぱい腕を伸ばしても届かない。立とうとしても足に力が入らない。いたずらに手足がバタつくばかりで、一向に立てられそうにない。これが腰が抜けたというヤツか。

 このままあの幽霊(?)に憑りつかれて殺さるんだろうか。

「うえぇぇぇー。やだよぅ。死にたくないよぅー」

 情けないことにそんな泣き声しか出なかった。ふだん一人暮らしを満喫しているくせに、今日ばかりはそれがが恨めしい。


 ごそ。ごそごそ。

 再びカバンが動いた。ああ、いよいよ終わりだ。わたしはここで死ぬのだ。せめて遺体が腐る前に発見されたい。シガラキに、おまえのせいだと遺書でも残してやろうかな。

 そう思ったときだ。開いたままだった口から黒いぼんぼりが転がり出てきた。

 ……そうだった。こいつを拾ったんだった。

 なんだ。びっくりさせるなよぉ。はあーっと大きく息を吐いた。

 正体がわかると、とたんに気が抜けた。よかった。そう思うと腰も立つ。ようやくスイッチを入れた。明るくなると安心する。部屋の中はいつも通り。異常なし。ドアの外もなんの気配もなし。ドアスコープは……。覗いてはいけない。


 優香の足に、トスンとなにかが当たった。くろ(便宜上)がぶつかったのだった。なんだか右へ左へよろよろしている。よく見れば、目がぐるぐると渦を巻いていた。

「どうしたの?」

 くろは、その場にこてんと倒れてしまった。

「あああー」

 優香はあわてて両手で救い上げた。考えてみれば無理もない。頭頂部をつままれ、振り回されながらダッシュされ。それからカバンの中に突っ込まれてまたダッシュされ。洗濯機の中もかくや、というほど翻弄されたのだ。しかも泥だらけ。

「ごめんねぇ」

 優香も泥だらけだ。両手でくろを持ったまま、靴を脱ぎ部屋へ上がった。


 とりあえず洗おう。廊下に濡れた足跡がつくが、目をつぶろう。カバンもそのままに浴室へ直行した。まずはくろだ。洗面台に栓をしてお湯を溜める。くろを、ちゃぽんと沈める。一瞬でお湯が真っ黒になった。

 だろうね。ドロドロだったもの。

 ぴりっと掌に痛みが走った。見たら親指の付け根のあたり、手相で言う金星丘に細かい赤い縦じまが走っていた。転んだ時についた擦り傷だ。

 あー、ほんとうについてないなー。傷はついたけども(笑)。

 はあ、とため息を吐いてお湯を変え、もう一度沈める。お湯が気持ちいいのか、くろは目を細めてだまってぷかぷかと浮いている。「ふぅー」と声が聞こえてきそうだ。

「ハンドソープでいいか」


 ふろ場までボディソープを取りに行くのがめんどうだ。しゅこしゅこしゅこっと三プッシュ。もっこりした泡でくろを包み込む。ふんわりとシトラスが匂い立つ。わしゃわしゃわしゃ。あらかじめ泥を落としたおかげか、一度できれいになった。ハンドソープ優秀。

 蛇口からお湯をかけて泡を流すと、くろはぷるぷると体を振るわせた。盛大に水が飛び散って、優香は顔をそむけた。犬か猫みたいだ。毛の生えた動物って、みんなそうなんだろうか。そんなことを思いながらタオルで拭くと、くろはニコニコしていた(たぶん)。


「ちょっと待っててね」

 くろをソファの上に置いて、今度は優香がシャワーを浴びにふろ場へ行く。脱いだものは洗濯機へ突っ込む。優香の服はほぼファストファッション。洗濯機で丸洗いオーケー。なんて便利。しかも高見え。なんてステキ。

 熱いシャワーを浴びて、泥を落としていく。ひざがズキッと痛んだ。両方とも紫に変色していた。思ったより強く打ったらしい。


 はあ、もう……。手も痛いし、いつものようにガシガシとは洗えない。はあ。ため息しか出ない。

あの幽霊だか妖怪だかも頭から離れない。目をつぶるのが怖い。後ろが気になる。上も気になる。無駄にきょろきょろする。シャンプーが目に入ったとして、意地でも目は閉じない。

 だいじょうぶ。部屋の中だし、鍵もチェーンも掛けた。入ってこない。すり抜けてくるなんて、たぶんない。だいじょうぶ。くろもいるし。

 いや、あいつはだいじょうぶなのか? 哺乳類なんだろうか。上がったらへそを探してみるか。

 でも、一人じゃないと思うとちょっと安心する。

 そそくさとシャワーを浴び終えて、パジャマに着替えた。リビングへ行くとくろはソファの上にちょこんと座っていた。優香を見ると、目が三日月になった。たぶん笑ったのだ。

 不覚にもちょっとかわいいと思ってしまった。


 ぶお――。

 くろにドライヤーをかけてやる。へたれていた毛がふんわりと立ちあがってくる。小さいので三分ほどですっかり乾いた。ブラシをかけてやると、まん丸のふわふわになった。ギャルのキーホルダーみたいだ。

 きれいになって、乾かしてもらって気分がいいのか、ソファの上でぴょんぴょんと跳ねている。

 ほのかにシトラスが香る。お気に入りの柔軟剤で仕上げたら、さぞやいい匂いだろう。

 ……コンディショナーか。生き物らしいし。……ペット用? それは後で考えよう。

 紐のような脚は、自重に勝てないのかがに股に曲がっている。関節がないのだ。緩くカーブを描いているのがなんともユーモラス。手足の先は、鳥の足のように三股に分かれている。この指(?)で物を掴んだりできるのかな?


 自分の髪を乾かしていると、おなかが鳴った。急に空腹感が襲って来た。

 どうしよう、何を食べよう。ほんとうはコンビニで買ってくるつもりだったのだ。ドライヤーを片付けながら、冷凍庫や買い置きストックのカゴの中をあさる。作る気なんて元からない。カップラーメンか冷凍食品か。

「カップラーメンでいいか」

 やかんを火にかける。それと冷凍のフライドチキンをレンジに入れる。納豆が一パック残っている。消費期限は今日。味噌ラーメンだから、混ぜてしまおう。

 ローテーブルに並べる。くろが興味津々に見つめている。


 ……この子は何を食べるのかな?

 ジーッと見つめると、くろがこちらを見た。ニッと笑った。期待に満ち満ちている。絶対、自分も食べる気だよな。しょうがないな。分けてやるか。

 そう思ったところで、ふと思った。

「きみは食べちゃいけないものがあるのかな? 玉ねぎとか」

 くろは、首をかしげた。首というか体。

「まあ、いっか。猫でも犬でもないしな」


 そもそも、この子は何者だろう。

 画像検索をしてみるか。スマホのカメラを向けた。くろは目をぱちくりさせてじっとカメラを見ている。

 検索の結果はすぐに出た。「まっくろくろすけ」または「すすわたり」

 そのまんまじゃないか。優香はスマホを置いた。


 小皿にできあがったラーメンを取り分けてやる。フライドチキンもむしってよそってやる。

「くろちゃん、熱いから気をつけてね」

 くろは、ケーキ用の小さなフォークをつかむと器用にラーメンをすくった。ケーキフォークでもくろが持つと片手で持つのがやっとな大きさだ。

 ……ところで口はあるのか?

 今さら、そう思ったのだが。


 あーん。

 大きな口が開いていた。

 あー、あったんだ。まあ、よかった。ラーメン食べられるし。

 あむっ。ちゅるん。

 咀嚼はない。吸い込んでいる。くろは、あっという間にラーメンとフライドチキンをたいらげた。それから優香の顔をジーっと見つめる。物欲しげ。


「……もっと食べる?」

 くろはこくんとうなずいて、フォークを持ち上げた。結局優香の分まで全部食べてしまった。以外に大食いだった。

 しかたがないので、もう一個カップラーメンを作った。ラス一だ。優しい味が食べたいのに、辛いヤツだし。しかも賞味期限から二週間たっていた。

 ギリセーフ。そうそう、二週間くらい誤差のうち。


 ほんとうに最悪な一日だった。


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