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野村真由と出会ったのは高校の入学式の時だ。知らない人がほとんどのクラスの中で、ひときわ目を引く美少女が真由だった。
真由はそれはそれはかわいい子で、明るくて積極的で、つい先日まで中学生だったとは思えないほどあか抜けていた。地毛だという髪は栗色で肩より少し長いストレート。色白で目はぱっちり二重。まつげがくるん。派手すぎないリップ。
高校デビューに必死になっている、少々イタイ子もちらほら見かける中、真由はまったくの自然体だった。それなのに、である。天性のかわいさなんだろう。
リーダーシップもあって、人をまとめる能力も高かった。成績だって常に上位。走るのも早い。バスケも得意。なんでもできる優秀な子だった。もちろん人気者だ。アイドルみたいに。
みるからにカーストのトップ。
トップにはトップのグループがあって、優香のようなモブたちとは一線を画すものだけれど、真由はそれを鼻に掛けることもなく、誰にでも気さくに話しかけた。よって人気はますます高まる。
「気取ってないんだね」
「向こうからあいさつしてくれたよ」
真由はあっという間に、クラスばかりか学年でも人気者になった。
反対に優香は地味である。小さいころからずっとそうだった。「ブス」と貶されることはないが「かわいい」と褒められることもない平凡な顔。成績も中、スポーツも中。太ってはいないがスタイルがいいわけでもない。背の高さも中くらい。制服を着てしまえば、どこにいるのかわからないくらい紛れてしまうモブの一員。
それが優香。
そんな真由と優香が親しくなったのは、ひとえに席が隣になったという偶然である。当然話す機会が多い。教室の移動も一緒。ついでに好きなバンドも一緒だった。
放課後一緒に帰ったり、ときにはファーストフード店に寄り道をしたり、買い物をしたり、そのうちカラオケにも行くようになった。
真由と一緒に過ごすのは、とても楽しかった。
クラス替えでも離れることはなく三年に進級し、卒業までこのまま楽しく過ごせるんだろうなと思っていた。
真由を引き入れたいと思っているグループがあるのはわかっていた。
ときどき「モブのくせに」ととげとげしい言葉をぶつけられることもあった。わざとぶつかられたり、足を引っかけられたこともある。ひそひそ話をしながら、くすくすと嫌な笑いを向けられたこともあった。
それにも負けなかったのは、もう二人は親友だと思っていたから。
ある日、呼び出しを受けた。三年の秋のころだ。「体育館の裏に来い」的なやつだ。
なにを言われるんだろう。なにをされるんだろう。正直なところ、行くつもりはなかった。図書室にでもバックレよう。そう思っていたのだが。
ご丁寧にお迎えが来た。真由は選択科目の関係で別の教室にいて、優香は一人だった。迎えに来たのは学年一のモテ男、レンである。
なんで? 話をしたこともないのに。
「ねえ、ちょっと一緒に来てくれるかな」
イケメンが優香に向かってにっこりとほほ笑む。どきっとする。イケメンに免疫がない。こんな間近でにっこりされるなんて、生まれて初めてだ。
レンくんはカッコいい。幼稚園の頃にはすでにイケメンだったという。優香もカッコいいなと思っていた。キラキラ男子のレンくんと超絶カワイイ真由は、よく話をしている。他愛もない話だ。冗談を言って、わっと笑う。そんな感じ。
優香は口を挿むこともせず、ただ横で見ていた。相槌を打つようにときどき笑う。さすがにそこでしゃしゃり出るほど勘違いはしていない。
レンくんが話したいのは真由であって、優香じゃない。
でも、なんでそのレンくんが?
「ほらほら、はやく行きなさいよ」
「そうだよ。せっかくレンくんが誘ってんだから」
「ほら、立って」
優香を取り囲んだのは、一軍グループのキラキラ女子たちである。
だから、なんで。
キラキラたちは、かすかな疑問を置き去りにして、優香の腕を掴んで引っ張っていく。
なんかのオーディションを一時通過したというレンくんと、キラキラ女子たち、そして不似合いな優香の一団は空いていた音楽室へと入っていった。
「ねえ、おれと付き合おうよ」
レンくんの口から驚きの一言が飛び出した。
「え?」
まさか、そんなことあるわけない。優香はぽかんと口を開けた。
「だからさあ、おれと付き合おう?」
レンはこてんと小首をかしげた。あざとい。あざといがカッコいい。
「優香ちゃんは控えめじゃん? ケバくないし。おれ、そういう大人しい人好きなんだよね」
そんなわけない。今までだって、優香に話しかけたことなんかなかったのに。さっきの疑問が大きく膨らむ。
「……まさかぁ」
そんなことを言った。
「もう! ぐちぐちしないで『はい、喜んでー』って言えばいいのっ! ほら、さっさと言いなさいよ!」
キラキラたちが苛立って来た。
ああ、嘘告ってヤツか。わたしを笑い者にする気だ。なぜ。真由とつるんでいるから? だから嫌がらせ? レンくんも?
それはちょっとショックだった。レンくんもそんなことするんだ。
「ほら! 言えっ!」
しびれを切らしたキラキラが優香を両側から小突き回す。
「いいです、帰ります」
優香はそう言って、彼女らの間をすり抜けようとした。
「おっと、待ってよ。素直にうんって言いなよ。ほら」
レンが優香の頭を無理やり押し下げた。勢いあまって優香はひざをついてしまった。
「やだー、みっともなーい」
「はずいわ」
「さっさとうんて言えばよかったのにぃ」
ゲラゲラとキラキラたちが笑った。涙が出そうだったが堪えた。泣くもんか。意地でも泣くもんか!
レンへの淡い恋心は儚く消えていった。
優香が立ちあがろうとした時だ。
「やだ! なにしてんの⁉ 優香ちゃん⁉」
音楽室のドアが開いて、飛び込んできたのは真由だった。優香の元へ飛んでくると、腕を持って立ちあがらせてくれた。
「こいつったらさー、レンくんに告られて喜んじゃってぇ」
ゲラゲラ。
喜んじゃいない。
「嘘に決まってんじゃんね。こんなモブ、レンくんが好きになるわけないじゃん」
ゲラゲラ。
嘘なのはわかった。
「おれ、かわいい子が好きだもん。真由みたいな。ね?」
別にわたしだって、あんたなんか好きじゃないし。
「なにそれ」
真由の声のトーンが下がった。
「だからー、調子こくなって話」
ゲラゲラ。
「だって、おれと真由が付き合うんだもんな」
は⁉
「ちょっと! その話は「やっぱ、美男美女だよねぇ。お似合いお似合い」
ゲラゲラ。
言いかけた真由の言葉は、低俗な笑いにかき消された。
なんだ、真由もか。
優香から力が抜けた。なんだ。友だちじゃなかったのか。そう思っていたのは自分だけだったのか。優香はのそりと立ちあがった。そしてドアに向かって歩き出した。
「ちょっと待って。優香ちゃん!」
真由が叫んだ。
「つけ上がるから痛い目見るんだよ。モブはモブらしく、すみっこでおとなしくしてろよ」
あのレンくんから、ひどい言葉が浴びせられた。
「そうそう。ほら! お似合いのカップルってこういうのなんだよ!」
ちらっと見たら真由はレンに抱き寄せられていた。
なんだ、もうそういう関係だったのか。それも教えてくれなかったんだな。そうか、わかったよ。
「サイテー」
一言つぶやいて、優香は音楽室を出た。後ろでぎゃははと下品な笑い声がした。
その日のうちに、優香は学校中の笑い者になった。
真由とレンが付き合っているのに、レンに告白した。フラれたら逆ギレした。モブごときが。
ひどい捏造だ。
なぜ自分がこんなことをされたのか、全然わからない。真由と仲良くしたことがおもしろくなかったのか、ただの娯楽だったのか。
中には同情する者もいたけれど、そういう人は表には出ない。声を殺す。
そして、真由とレンは公認カップルになった。
一年生には優香の妹がいた。
家に帰ったら、いきなり責められた。
「おねえちゃんのせいで、わたしまで笑われた!」
なんで、わたしのせいだ。
「恥ずかしい! こんなおねえちゃんがいたら、学校に行けない!」
「じゃあ、行くなよ」
「ひどい! おかあさん!」
妹は母親に学校の出来事を言いつけたのだ。しかもそれはあの人たちがおもしろおかしく脚色したもので、事実じゃない。
でも噂として蔓延してしまったら、それが事実になる。もう取り消しは効かなかった。
「あらやだ。みっともないじゃないの」
母親がそう言って、眉をひそめた。
その瞬間、優香の世界は閉じた。




