第61話 所蔵品の出所
指導教員である三沢秀樹先生の計らいで、工学部の陣野渉先生が研究用に借りている家具付きマンションに案内された日――
私は、三沢先生と、学部生の真田陽菜に付き添ってもらい、昭和区のアパートから、当面必要な生活用品だけを短時間で運び出した。
陽菜の申し出もあり、彼女とはしばらくの間、同じマンションの部屋で生活することになった。
私にも、遠藤美幸さんや倉林明日香先生と同じように、“彼岸花の画像”が送られてきた。
2人とも、その画像を受け取った後に殺されている。
恐怖と不安は、間違いなく自分の中にあった。
三沢先生からは、
「あの絵を追うのはやめた方がいい」
と言われた。
けれど――
危険を避けながらでも、調査だけは続けたかった。
夕方、陽菜とコンビニ弁当を食べている時、私は言った。
「以前、三沢先生と“城野記念館”というところに行ったの。そこには、彼岸花の絵の現物と、それに関する資料が保管されてるんだよ。ネットにも情報は上がってないし、紹介状がないと入れない場所なんだ」
私が話すと、陽菜は興味深そうに視線を上げた。
「へえ……そんな場所、初めて知りました。何かミステリアスで、私たち“文系女子”の好奇心を刺激しちゃう感じですよね」
陽菜の目は、ぎらぎらと輝いていた。
「明日にでも、三沢先生にお願いして、もう一度行ってみようと思う。彼岸花の絵や、その資料が、どういう経緯で“城野記念館”へ移されたのかを知りたいんだ。陽菜ちゃんも、一緒に行く?」
私がそう言うと、陽菜の返事は早かった。
「行きたーい!」
その声を聞いて、思わず心が和んだ気がした。
*
翌日の午後――
私は、三沢先生と陽菜と一緒に、再び熱田区の一角に佇む城野記念館を訪れた。
三沢先生が事前に執事の畑崎勤さんへ連絡を入れていたらしく、私たちはすぐに、前回と同じ玄関左手の応接室へ通された。
「今回は、当記念館の所蔵品の出所をお尋ねに参られたとか」
畑崎さんが、静かな声で口を開いた。
「はい。実は、今後、この絵について研究を進める上で、どうしても把握しておきたいと思いまして」
「なるほど。ちなみにですが……今、名古屋で相次いで起きている2件の女性殺害事件、こちらについても、池内さまは当記念館の資料が関連しているとお考えでしょうか」
畑崎さんが向けてきた視線は、思いのほか鋭かった。
その瞳の奥には、何か確信めいたものが宿っているように感じる。
私は少しだけ息を整えた。
「……はい」
短く返事をする。
畑崎さんは、大きく頷いた。
「承知いたしました。あれは……1980年代半ばのことでございました。城野先生と一緒に対応いたしましたので、当時のことは鮮明に覚えております」
私も、三沢先生も、陽菜も、畑崎さんの言葉に固唾を呑んで耳を傾けた。
「当時、城野先生は、愛知県議をなさっておられました。ある日のこと…… 3人の女性が、城野先生の議員事務所を訪ねてこられたのです」
畑崎さんは、そこで一度言葉を切った。
「彼女たちは、学校法人から所蔵品の管理を任されたことを示す書類も持参しておりました。彼岸花の絵、秀麗女学院と、その後身校である星華女子学院に関する資料、そして……厳重に封印が施された箱を預かってほしい、と――」
「女性が……3人で?」
陽菜が、唐突に口を挟んだ。
畑崎さんは、静かに頷く。
「はい。1人は、肩くらいまで髪を伸ばした、大変きれいな女性でした。おそらく30歳前後だったと思われます。あとの2人は、顔立ちが瓜二つの、20歳前後の若い女性でした。おそらく双子ではなかったかと記憶しております」
双子。
その言葉が、妙に引っかかった。
けれど、今は口を挟むべきではない。
私は、そのまま畑崎さんの話を待った。
「それにしても、城野先生は篤志家だったと伺っていますが、よく身元のわからない女性たちからの品をお引き受けになられましたね」
三沢先生が、わずかに眉を寄せて尋ねた。
「ええ。私も、最初は不審に感じておりました。ですが――」
畑崎さんは、一度言葉を切った。
「30歳前後の女性の名を聞いた瞬間、先生の顔色が変わりました。そして私に席を外すようおっしゃり、女性たちと30分ほど応接室で話をされました」
畑崎さんの声は、少しだけ低くなる。
「そして彼女たちを見送りながら、先生が私におっしゃったのです。“まずは丁重にお預かりして、正式な手続きはこちらで進める”と。それらの品々は城野家の倉庫で厳重に保管され、記念館の開館に合わせてこちらへ移されました」
「そ、その女性の名前は……もしかして“黄島早記”では?」
私は不意に声を出していた。
「……左様でございます」
畑崎さんの口から、静かに言葉が漏れた。
やはり――
城野記念館に所蔵されている絵や資料、そして“封印された箱”を預けたのは、“黄島早記”だったのだ。
三沢先生が少しだけ身を乗り出して、畑崎さんに尋ねた。
「いったい……なぜ、城野先生は“黄島早記”という名前に反応されたのでしょうか? 畑崎さんは、その理由をお聞きになっていないのですか」
「ずいぶん後になって……当記念館の開館準備が始まった頃に、ようやく先生の口からお聞きしました」
畑崎さんは、懐かしむように壁に掛かっている城野賢志の肖像画へ目をやった。
そして、言葉を続ける。
「城野先生の祖父は、かつて東海地方で幅広く事業を展開された豪商だったと聞いております。その方も、大正時代の末期に“ある女性”の訪問を受けたとか――」
畑崎さんは、一拍置いた。
「その女性にたいそう恩義を受けたということで、遠い未来に“黄島早記”を名乗る人物が現れたら必ず協力するようにと、代々申し送りがなされていたそうでございます。ですから、それらの品を預かって大切に保管するのだ、と」
城野賢志の祖父に当たる人物を訪ねたのも、もしかして同じ“黄島早記”ではないのか。
そう考えれば、一連の出来事がひとつの線として繋がるような気がした。
しかし――
私が城野記念館を訪れた理由は、所蔵品の出所を調査するためだけではなかった。
“黄島早記”が複数の時代を跨いで現れているのだとしたら――
もしかして――
“安斉伊佐夫”も、そうなのかもしれない。
そんな予感が、心の中を掠める。
そして、そのことを確かめるためには――
あの“封印された箱”の中に、何か手がかりが眠っているような気がした。
そう考えるだけで、両掌に汗が滲み始めていた。




