第50話 黄色のノイズ
3人の黄島早記の顔貌類似度が、99.9%――
その衝撃的な解析結果が出た日の夜。
私は昭和区にある賃貸アパートのリビングで、小さな丸テーブルの上に置いた2枚の古い写真と、現代の黄島早記を印刷した1枚の画像から、目を離せずにいた。
外では、雪が舞っている。
レースのカーテン越しにも、白い粒が風に流されているのが見えた。
時折、びゅうびゅうという風の呻き声が耳に届いた。
暖房はしっかり効いているはずなのに、背中だけが妙に冷えていた。
私はブラックコーヒーの入ったマグカップを片手に、3人の黄島早記がいったい何者なのか、何度も考えていた。
カフェインが脳を刺激する。
いくつもの可能性が、浮かんでは消えた。
この写真の3人は、血縁者ではないのか。
芸名や名義を、代々継承しているだけではないのか。
意図的に似せた加工ではないのか。
あるいは、過去の写真を利用した、現代の演出という可能性はないのか。
それとも――
画像解析そのものが、誤判定を起こしたのではないか。
けれど、どの仮説も決定打に欠けていた。
そもそも、陣野先生は画像解析の専門家だ。
その専門家が慎重に導き出した解析結果に、素人の私が簡単に疑いを挟めるはずもない。
三沢先生が言っていたように、黄島早記は“時間から外れた存在”なのだろうか。
私は写真に目を落とした。
セピア色の黄島早記。
白黒写真の黄島早記。
スマホの画像からプリントアウトした現代の黄島早記。
3人は、同じ顔で、こちらを見つめているように見えた。
*
月曜日の午前7時――
カーテンの隙間から射し込む淡い朝の光で、私は目を覚ました。
ベッドから重い身体を起こし、カーテンを開く。
3階の窓から見える景色は、薄い靄のかかった銀世界だった。
一昨日から降り続いていた雪は、すっかり止んでいた。
上空には、薄い水色が微かに見えた。
私はベッド脇で充電していたスマホを手に取った。
三沢先生から、メールが届いている。
《陣野先生から連絡があった。午前9時に、彼の研究室に行けるか?》
画像の件で、新たな発見があったのだろうか。
そう考えた瞬間、心臓が勢いよく脈打ち始めた。
ここ数日、頭の中はずっと“黄島早記”のことで埋め尽くされている。
《了解しました。必ず伺います》
そう返事を打つまで、時間はかからなかった。
*
午前9時ちょうど。
私は陣野先生の研究室を訪ねた。
そこには、すでに三沢先生の姿もあった。
「おう、池内くん。待ちかねたよ。君が来てから話をするって、陣野先生が言うものだから――」
三沢先生がそう言うと、すかさず陣野先生が口を開いた。
「勿体ぶっていたわけではありません。同じことを2回説明するほど、非効率なことはありませんからね」
陣野先生は薄く目を閉じ、笑みを浮かべていた。
そして奥の椅子から立ち上がると、前回使用したパソコンの前に座る。
私たちは一昨日と同じように、陣野先生の後ろから画面を覗き込んだ。
陣野先生は解析画面を立ち上げ、並んだファイルの中から黄島早記の画像を表示した。
「まず、これが約100年前の黄島早記の画像です。解像度を揃えた上で、色成分を分離し、微細なノイズを強調すると――」
陣野先生の右手の人差し指が、マウスを素早く操作し始めた。
画面の中で、セピア色の写真が変化していく。
すると――
画像の中に、黄色い“ノイズ”のようなものが現れた。
黄島早記の輪郭の周囲。
髪の横。
肩口。
そして、左目の辺り。
淡い黄色の乱れが、細かい粒のように浮かんでいる。
「次に、40年前の写真です」
陣野先生は、今度は約40年前の白黒写真を表示した。
同じ条件で、色成分とノイズを抽出していく。
こちらにも、黄色いノイズが見えた。
白黒写真そのものは、高解像度のカラースキャンで取り込まれていた。
それでも、紙の変色とは異なる黄色い乱れが、黄島早記の周囲にだけ浮かび上がっている。
「紙全体の経年変色とは違います。人物の輪郭に沿って、同じ波長の色成分が集中しているようですね」
陣野先生はそう言いながら、短く息を吐いた。
「そして、これが現在の黄島早記です」
最後に、現代の美容系インフルエンサーとして活動している黄島早記の画像が表示された。
元は、黄島早記のプロフィールに掲載されていたデジタル画像だ。
だから、デジタル圧縮によるノイズが入ること自体は、珍しくないのかもしれない。
けれど――
陣野先生は、圧縮形式や解像度の違いを補正した上で、同じ処理を施したという。
やはり、同じだった。
黄島早記の周囲に、黄色い乱れが現れている。
100年前の写真。
40年前の写真。
現在のデジタル画像。
時代も、媒体も、保存状態も違うはずなのに。
黄島早記の周囲にだけ、似たような黄色のノイズが現れている。
それは、明らかに不自然だった。
「こ、これは……いったい何なんでしょうか?」
私は思わず、陣野先生の方へ顔を向けた。
「……さあね。僕にもさっぱりわからない。別の解析方法でも試したが、3枚とも同じ結果だったよ。さらに、他の人物が写った古写真にも同じ処理をかけたが、この黄色い反応は出なかった」
陣野先生は、画面を見つめたまま言った。
「光の反射では説明できない。古い写真の劣化とも、デジタル圧縮による乱れとも異なる。少なくとも、3つの画像に同じ傾向のノイズが出る理由は、今のところ説明できないね」
陣野先生の声は、いつもより少し低かった。
「ただね。これをさらに拡大すると――」
そう言いながら、陣野先生は黄色いノイズの一部をさらに拡大した。
画面の中で、粒のようだった黄色が、ゆっくりと形を持っていく。
「言っておくけれど、生成AIによる補完は使っていない。元画像に含まれていた色情報を、拡大して強調しただけだよ」
陣野先生が、再び口を開いた。
黄色い粒の集まりは、偶然とは思えないほど左右対称の輪郭を形作っていた。
私は息を呑んだ。
一瞬、自分の目を疑った。
けれど、たしかに見えたのだ。
そこにあったのは、単なる光の乱れではなかった。
小さな羽のような輪郭が、黄色いノイズの中に混じっていたのだ。




