↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
50/74

第50話 黄色のノイズ

3人の黄島早記の顔貌類似度が、99.9%――

その衝撃的な解析結果が出た日の夜。


私は昭和区にある賃貸アパートのリビングで、小さな丸テーブルの上に置いた2枚の古い写真と、現代の黄島早記を印刷した1枚の画像から、目を離せずにいた。


外では、雪が舞っている。

レースのカーテン越しにも、白い粒が風に流されているのが見えた。


時折、びゅうびゅうという風の呻き声が耳に届いた。


暖房はしっかり効いているはずなのに、背中だけが妙に冷えていた。


私はブラックコーヒーの入ったマグカップを片手に、3人の黄島早記がいったい何者なのか、何度も考えていた。


カフェインが脳を刺激する。


いくつもの可能性が、浮かんでは消えた。


この写真の3人は、血縁者ではないのか。

芸名や名義を、代々継承しているだけではないのか。

意図的に似せた加工ではないのか。

あるいは、過去の写真を利用した、現代の演出という可能性はないのか。


それとも――

画像解析そのものが、誤判定を起こしたのではないか。


けれど、どの仮説も決定打に欠けていた。


そもそも、陣野先生は画像解析の専門家だ。

その専門家が慎重に導き出した解析結果に、素人の私が簡単に疑いを挟めるはずもない。


三沢先生が言っていたように、黄島早記は“時間から外れた存在”なのだろうか。


私は写真に目を落とした。


セピア色の黄島早記。

白黒写真の黄島早記。

スマホの画像からプリントアウトした現代の黄島早記。


3人は、同じ顔で、こちらを見つめているように見えた。


*


月曜日の午前7時――


カーテンの隙間から射し込む淡い朝の光で、私は目を覚ました。


ベッドから重い身体を起こし、カーテンを開く。


3階の窓から見える景色は、薄い靄のかかった銀世界だった。


一昨日から降り続いていた雪は、すっかり止んでいた。

上空には、薄い水色が微かに見えた。


私はベッド脇で充電していたスマホを手に取った。


三沢先生から、メールが届いている。


《陣野先生から連絡があった。午前9時に、彼の研究室に行けるか?》


画像の件で、新たな発見があったのだろうか。

そう考えた瞬間、心臓が勢いよく脈打ち始めた。


ここ数日、頭の中はずっと“黄島早記”のことで埋め尽くされている。


《了解しました。必ず伺います》


そう返事を打つまで、時間はかからなかった。


*


午前9時ちょうど。


私は陣野先生の研究室を訪ねた。


そこには、すでに三沢先生の姿もあった。


「おう、池内くん。待ちかねたよ。君が来てから話をするって、陣野先生が言うものだから――」


三沢先生がそう言うと、すかさず陣野先生が口を開いた。


「勿体ぶっていたわけではありません。同じことを2回説明するほど、非効率なことはありませんからね」


陣野先生は薄く目を閉じ、笑みを浮かべていた。

そして奥の椅子から立ち上がると、前回使用したパソコンの前に座る。


私たちは一昨日と同じように、陣野先生の後ろから画面を覗き込んだ。


陣野先生は解析画面を立ち上げ、並んだファイルの中から黄島早記の画像を表示した。


「まず、これが約100年前の黄島早記の画像です。解像度を揃えた上で、色成分を分離し、微細なノイズを強調すると――」


陣野先生の右手の人差し指が、マウスを素早く操作し始めた。


画面の中で、セピア色の写真が変化していく。


すると――


画像の中に、黄色い“ノイズ”のようなものが現れた。


黄島早記の輪郭の周囲。

髪の横。

肩口。

そして、左目の辺り。


淡い黄色の乱れが、細かい粒のように浮かんでいる。


「次に、40年前の写真です」


陣野先生は、今度は約40年前の白黒写真を表示した。

同じ条件で、色成分とノイズを抽出していく。


こちらにも、黄色いノイズが見えた。


白黒写真そのものは、高解像度のカラースキャンで取り込まれていた。

それでも、紙の変色とは異なる黄色い乱れが、黄島早記の周囲にだけ浮かび上がっている。


「紙全体の経年変色とは違います。人物の輪郭に沿って、同じ波長の色成分が集中しているようですね」


陣野先生はそう言いながら、短く息を吐いた。


「そして、これが現在の黄島早記です」


最後に、現代の美容系インフルエンサーとして活動している黄島早記の画像が表示された。


元は、黄島早記のプロフィールに掲載されていたデジタル画像だ。


だから、デジタル圧縮によるノイズが入ること自体は、珍しくないのかもしれない。


けれど――

陣野先生は、圧縮形式や解像度の違いを補正した上で、同じ処理を施したという。


やはり、同じだった。


黄島早記の周囲に、黄色い乱れが現れている。


100年前の写真。

40年前の写真。

現在のデジタル画像。


時代も、媒体も、保存状態も違うはずなのに。


黄島早記の周囲にだけ、似たような黄色のノイズが現れている。

それは、明らかに不自然だった。


「こ、これは……いったい何なんでしょうか?」


私は思わず、陣野先生の方へ顔を向けた。


「……さあね。僕にもさっぱりわからない。別の解析方法でも試したが、3枚とも同じ結果だったよ。さらに、他の人物が写った古写真にも同じ処理をかけたが、この黄色い反応は出なかった」


陣野先生は、画面を見つめたまま言った。


「光の反射では説明できない。古い写真の劣化とも、デジタル圧縮による乱れとも異なる。少なくとも、3つの画像に同じ傾向のノイズが出る理由は、今のところ説明できないね」


陣野先生の声は、いつもより少し低かった。


「ただね。これをさらに拡大すると――」


そう言いながら、陣野先生は黄色いノイズの一部をさらに拡大した。


画面の中で、粒のようだった黄色が、ゆっくりと形を持っていく。


「言っておくけれど、生成AIによる補完は使っていない。元画像に含まれていた色情報を、拡大して強調しただけだよ」


陣野先生が、再び口を開いた。


黄色い粒の集まりは、偶然とは思えないほど左右対称の輪郭を形作っていた。


私は息を呑んだ。


一瞬、自分の目を疑った。

けれど、たしかに見えたのだ。


そこにあったのは、単なる光の乱れではなかった。


小さな羽のような輪郭が、黄色いノイズの中に混じっていたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。