第49話 解析結果
翌土曜日――
前日の夕方、帰りの新幹線の中で、私は三沢先生にメッセージを送った。
《“黄島早記”の顔写真が、3つの時代のものすべて揃いました。どう見ても、同一人物のような気がしてなりません。つきましては、陣野先生に画像解析をお願いできないでしょうか?》
返事は、1時間もしないうちに届いた。
陣野先生が、本日の午前11時に、自分の研究室で会ってくれるらしい。
午前11時少し前。
私と三沢先生は、陣野先生の研究室の扉を叩いた。
「どうぞ」
その声に促され、研究室の中へ入った。
中は、驚くほど整然としていた。
三沢先生の研究室とは、正反対の印象だ。
壁際の長テーブルには、デスクトップ型のパソコンが3台並んでいた。
反対側の壁には、専門書で埋まったスチール製の棚があった。
奥の席で、陣野先生は2台のモニターへ交互に目をやりながら、キーボードを高速で打っていた。
やがて手を止めると、回転式の椅子をこちらへ向けた。
「お待ちしておりました。面白い写真が手に入ったとか」
興味津々の眼差しだった。
肩まで伸びた真っ黒な髪に、銀縁の眼鏡。
いかにも理科系の研究者という風貌だ。
「土曜日なのに、時間を取っていただいて申し訳ありません」
三沢先生が、少し申し訳なさそうに言う。
「いえいえ。研究者に土日祝日は関係ありませんよ。それに、自宅にいるより、こちらにいる方が落ち着きますからね」
陣野先生は白い歯を見せて笑いながら、そう答えた。
「恐れ入ります。では、さっそくですが、池内くん――」
三沢先生に促され、私は2枚の古い写真と、現在の黄島早記の画像データを陣野先生に渡した。
秀麗女学院の教師だった黄島早記。
歴史研究所の研究員だった黄島早記。
そして現在、美容系インフルエンサーとして活動している黄島早記。
3つの時代に現れた、同じ名前、同じ顔の女性。
「ほう……3人とも、そっくりですね」
陣野先生は目を見開きながら、2枚の写真と、現在の黄島早記の画像を見比べた。
「解析の結果は、どのくらいでわかりそうですか」
三沢先生が尋ねる。
「まずは高解像度でスキャンしますが、簡易的な照合なら、2時間ほどで結果を出せると思います。どこかでお昼を済ませてから、また来られてはいかがですか」
私たちは陣野先生の言葉に甘えて、解析結果を待つ間、いつものファミレスで昼食を兼ねて待機することにした。
*
三沢先生は、相変わらず“和風ハンバーグ定食”を頼んだ。
彼が他のものを注文した記憶がない。
よく飽きないものだと、感心してしまう。
私は“カツサンドセット”を頼んだ。
後で思えば、真実へ辿り着けるようにという、“願掛け”のようなものだったのかもしれない。
先に運ばれてきた味噌汁に口をつけながら、三沢先生が言った。
「池内くんは、あの3人を同一人物だと思っているのかい?」
「……何とも言えません」
私も先に運ばれてきたコーンスープをスプーンで掬いながら、そう答えた。
「同一人物である可能性は、十分にあると思っています。でも、100年近く容姿が変わらないなんて、常識ではあり得ません。だから解析結果が出た時……自分の感覚をうまく整理できるのか自信がありません」
スプーンを持つ右手の指先が、微かに震えていた。
常識では理解できないものが、目の前に現れるかもしれない。
そう考えると、不安よりも、むしろ期待の方が勝っているような気がした。
そのことが、少し怖かった。
「いずれにしても、我々は目の前にある謎のひとつを解き明かそうとしているんだ。研究者冥利に尽きるといったものだよ」
三沢先生の言う通りだった。
目の前の謎に立ち向かう。
検証しながら、少しずつ解き明かしていく。
その過程に惹かれたからこそ、私は大学院に進み、研究の道を歩もうとしている。
ふと窓の外に目をやると、真っ黒な雲から、小さな白いものが落ちてきていた。
その数は少しずつ増えていく。
地面に落ち、少しずつ白い跡を残していく。
粉雪だった。
*
2時間は、あっという間だった。
ファミレスの外に出ると、アスファルトには、粉雪が薄らと積もっていた。
身体の芯まで凍りつかせるような冷たい風が、頬を撫でていく。
私たちはそのまま大学の研究棟へ向かった。
陣野先生の研究室に再び足を踏み入れたのは、午後1時を少し回った頃だった。
「おや? 雪が降り出しましたか」
陣野先生には、私たちの服に雪が溶けずに残っているのが見えたらしい。
自分のデスクの正面にある窓へ目をやり、ブラインドの隙間から外の様子を眺めた。
そして再び私たちの方へ向き直る。
「解析は終わっています。どうぞ――」
そう言って、壁際のテーブルに並んだパソコンのうち、いちばん奥の1台を指さした。
パソコンの画面には、3人の黄島早記の写真が表示されている。
陣野先生が椅子に座り、私たちはその後ろに立ち、画面を覗き込んだ。
「最初のうちは、同姓同名、血縁、加工、あるいは偶然の類似といったものを疑っていました」
陣野先生はそう言いながら、キーボードを高速で叩いた。
「ですが……解析を進めるうちに、輪郭、目鼻の配置、耳の形、顔の左右非対称の特徴などが、異常なほど一致していることがわかりましてね」
画面の黄島早記の顔に、複数の検証ラインが重なっていく。
私は息を呑んだ。
三沢先生も、沈黙したまま画面を見つめている。
「もちろん、写真の年代も画質も違います。だから、同一人物だと断言するのは慎重であるべきです。ただ、それを差し引いても、この類似度は異常です」
陣野先生の声が、少し低くなった。
「その結果――」
画面の中に、文字が表示された。
【顔貌類似度 99.9%】
「えっ……」
私は思わず声を漏らした。
「この3人の顔貌は、99.9%の類似度を示しています。ただし、写真の年代や画質が異なる以上、同一人物だと科学的に断定することはできません」
陣野先生は、画面の数値を見つめたまま続けた。
「それでも、通常の血縁関係や偶然の類似では、まず出ない数値です。解析上は、同一人物と判定されています」
100年前の黄島早記。
40年前の黄島早記。
そして、今の黄島早記。
100年という時間を経ても、容姿が変わらない女性。
私たちと同じ、人間なのだろうか。
それとも――
不意に、三沢先生が口を開いた。
「この人は……老けていないんじゃないか」
その声は、いつになく低かった。
「時間の方が、彼女から外れているように感じる」
その言葉が、私の心臓に突き刺さった。
画面の中では、3人の黄島早記が、同じ顔でこちらを見つめていた。
もしかして、私たちが追っているのは、黄島早記という“人物”ではなく、“彼女の姿を通して残り続けている何か”なのかもしれない。




