第48話 3人の黄島
2枚の写真――
1枚は、セピア色の写真だった。
長い髪に、眉の上できちんと揃えられた前髪。
左目に片眼鏡をかけ、着物を纏った女性が写っていた。
もう1枚は、白黒写真だった。
肩くらいまで伸びた髪。
眼鏡をかけ、明るい色調のジャケットを羽織った女性。
あれっ?
よく見ると、2人の顔立ちはそっくりだった。
いや、そっくりというより――
同じ人物に見える。
美崎さんが口を開いた。
「こちらは、祖母の卒業アルバムに載っていた写真です。彼女が秀麗女学院にいた当時、図画を教えていらっしゃった“黄島先生”だそうです」
美崎さんはそう言いながら、セピア色の写真を指さした。
今度は西嶋さんが、もう1枚の白黒写真を指さす。
「こちらは、雑誌のインタビュー記事から複写したものです。私が星華女子学院にいた頃、広島県の歴史研究所におられた“黄島さん”です」
私の鼓動が高まった。
膝の上に置いた指先が、わずかに震えている。
私が広島県庁で調査しても確認できなかった“黄島早記”の写真が、今、目の前にある。
私は思わず口を開いた。
「名古屋にある私設の記念館で、星華女子学院に関する資料を見たんです。その中に、卒業生の“岡崎多香子さん”という方の日記がありまして、そこに“黄島早記”という名前が出てきたものですから、ずっと気になっていました」
そう口にしながら、私はスマホを取り出した。
岡崎多香子さんが書いた日記の画像を表示させ、2人に見せる。
西嶋さんは、画面に目を落とした。
「岡崎多香子さん……懐かしい名前です。私が当時所属していた美術部の部長だった方です。ここに書かれている“後輩”というのは、おそらく私です」
西嶋さんは、当時を思い返すように遠くへ目をやった。
「ところで――」
私は、もうひとつ訊いてみたいことがあった。
「お2人は、この人物をご存知でしょうか」
私はスマホの画面を切り替えた。
最近現れた美容系インフルエンサー“黄島早記”の画像を表示した。
そして、この人物も“黄島早記”という名前で活動していると伝えた。
西嶋さんも、美崎さんも、大きく目を見開いた。
しばらくの間、2人は私のスマホの画像から目を離さなかった。
けれど――
2人とも、知らないと言った。
やがて美崎さんが、テーブルに置かれた2枚の写真と、スマホの画像を交互に見比べた。
そして、静かに口を開く。
「3人とも、そっくりですね。髪型や服装こそ違いますが……同一人物と言っても過言ではない気がします」
続けて西嶋さんも、ゆっくりと口を開いた。
「しかも……3人とも“黄島早記”という名前……やはり、“初音さん”がおっしゃっていたのは――」
私は思わず口を挟んだ。
「あの……“初音さん”とは?」
「“初音さん”というのが、こちらの美崎蛍子さんのおばあさまです。40年以上前、私は初音さんからこれらの写真をお預かりする際に聞いたのです」
西嶋さんは、そこで一度言葉を切った。
「いつかわからない遠い未来に、この写真を必要とする人物が、私の前に現れる、と。そして、その人物の名前には“色”が付いている、と」
西嶋さんの視線が、まっすぐ私に向けられた。
「おそらく池内さん……あなたのことだと思います」
暖房の効いた部屋だった。
それなのに、私の全身に冷たい感覚が走った。
40年以上前――
私は、この場所に来ることが運命づけられていたとでもいうのか。
続けて、美崎さんが口を開いた。
「祖母は、こうも申していました。千晶さんが体験された40年以上前の事件、そして祖母自身が体験した約100年前の事件……それらは、ひとつに繋がっている、と」
美崎さんの声は、低く落ち着いていた。
だからこそ、言葉が重く響いた。
「そして今回……あなたは名古屋で同じような事件を体験された。これら3つの事件は……おそらく繋がっています」
私の理解は、すぐには追いつかなかった。
100年前の秀麗女学院に纏わる事件。
40年前の星華女子学院に纏わる事件。
そして今回、私が遭遇した事件。
これらは、やはり繋がっているのか。
さらに――
その時代ごとに現れる、“黄島早記”という女性。
彼女は、これら一連の事件に、何らかの関係があるのだろうか。
理屈では説明のつかない事態が起きている――
そう思った。
私は、気づけばテーブルの上の写真を見つめていた。
写真の中の2人の黄島早記。
そして、スマホの中にいる現在の黄島早記。
3人の顔が、頭の中で重なっていく。
西嶋さんが、静かに言った。
「初音さんは、これらの事件には、あの“彼岸花の絵”が関係しているのではないかとも考えていらっしゃったようです。池内さんは、その絵を研究なさろうとしているのでしょう?」
「……はい」
私は小さく頷いた。
「であるならば、十分にお気をつけください。私たちには想像もできないようなものが、長い時間の中で封印されているような気がします」
西嶋さんの真剣な眼差しが、私の顔を鋭く射抜いていた。
不意に背筋が伸びる。
そして最後に――
私は、どうしても訊いておきたいことを口にした。
「もうひとつだけ、お聞かせください。同じ記念館に、厳重に“封印された箱”がありました。執事の方の話によれば、この事件に関わる資料が入っているそうです。ただ、その資料を見た人物が不審死を遂げたと聞きました。何かご存知ないでしょうか」
すると、西嶋さんの眉間に皺が寄った。
彼女は目を閉じ、しばらく口を閉ざしていた。
何かを知っている。
しかも、それは思い出したくない類のものかもしれない。
数十秒の沈黙の後――
西嶋さんは、ようやく重い口を開いた。
「それは……おそらく、不審死した“三枝”という先生が、生前に目を通していた資料だと思います」
三枝。
その名前が出た瞬間、部屋の空気がまた一段重くなったように感じた。
「現に、彼女は資料を読み始めてから、何かに憑かれたように、徐々におかしくなったようです。2人の人間を殺し……私までも殺そうとした」
私の心臓が、早鐘のように鳴っていた。
額には、薄らと汗が滲んでいる。
「ただ――」
西嶋さんは続けた。
「あの資料は、“1人で見てはいけない”と言われていました。複数なら……いえ、保証できるものではありません。今の言葉は、お忘れください」
西嶋さんはそう言うと、私から視線を逸らした。
けれど、その言葉は忘れられそうになかった。
1人で見てはいけない資料。
封印された箱。
その中に、いったい何が眠っているのだろう。
*
名古屋に戻る新幹線の中――
私は車窓を流れる景色に目をやりながら、いろいろなことを考えていた。
100年という月日を超えて続いている事件。
その事件に関係があると思われる、彼岸花の絵。
そして――
それぞれの時代に現れる“黄島早記”。
絵と、封印された箱と、黄島早記――別々に見えていた3つの謎は、同じ場所へ向かっているのかもしれない。
一見ばらばらに見えていたものが、細い線で繋がっていくように感じた。
私はふと、西嶋さんから託された“黄島早記”の写真を見比べた。
2枚の写真は、透明な保護袋に入れられていた。
セピア色の写真。
白黒写真。
そして、スマホの中に保存した現在の黄島早記の画像。
3人の黄島早記。
柔和な顔つき。
整いすぎた目鼻立ち。
どの時代の彼女も、美しかった。
けれど、その美しさは、どこか人間のものではないようにも見えた。
写真の中の目が、私に向かって冷たく微笑んでいる――
そんな気がした。
私は慌てて写真を封筒に戻した。
新幹線の窓に、私の顔がぼんやりと映っていた。
その向こうで、夜の景色が後ろへ流れていく。
もう、ただの研究ではない――
そう思った。
私は、知らないうちに、100年続く何かの中へ足を踏み入れてしまっていたのだ。




