↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/74

第41話 プリントされた彼岸花

三沢先生は、冷静だった。

すぐに、


「大丈夫ですか」


と、もう1人の女性警官の方へ歩み寄り、彼女の様子を確認した。


「私が食べ物を買いに行っている間、先輩は車に残っていました。戻った時には、運転席の窓が開いていて……」


もう1人の女性警官が、声を震わせながら口を開いた。


三沢先生は彼女の言葉を聞くと、すかさずスーツのポケットからスマホを取り出し、110番通報するとともに救急車を要請した。

その流れるような行動は、きっと警察官時代に培われたものなのだろう。


陽菜の方も、意外に落ち着いていた。

運転席の女性警官に目をやりながら、首を傾げている。


私なら、悲鳴を上げておろおろしていてもおかしくない。


けれど、陽菜にそんな様子は見えない。

やはり、警察官である伯母さんの影響なのだろうか。


3人の中では、間違いなく私がいちばん動揺していた。


とはいえ、少なくとも年下の陽菜の前では、そんな素振りを見せたくない。

私は背筋に力を込めて、できるだけ平静を装っていた。


陽菜の隣に並び、運転席の女性警官へ目を向けた。

すると、その様子は明らかに異様だった。


女性警官の身体の上と、助手席の上。

そこには、B5判ほどの紙が何枚も置かれていた。


その紙の表面には、“真っ赤な彼岸花”がプリントされていた。


さらに両腕は、数枚の紙を抱きかかえるように、胸の辺りで交差していた。


まるで――

腕の中で、彼岸花を守っているかのように。


しばらくすると、けたたましいサイレンを鳴らしながら、数台のパトカーが到着した。


私たちは、到着した警察官や刑事たちから、いろいろと事情を聞かれた。


三沢先生も、陽菜も、取り乱すような様子はない。

淡々と対応していた。


私は――

やはり動揺を隠せなかった。


質問への受け答えは、時折しどろもどろになってしまった。

意味もなく、周囲をきょろきょろ見回したりもした。


奥の方で、女性警官に向けてフラッシュが瞬いている。


その光が見えた瞬間――

改めて、自分は事件に巻き込まれてしまったのだと実感した。


1時間近くに及ぶ警察の事情聴取が終わった後、私は自分のランドクルーザーで、三沢先生と陽菜をそれぞれの住まいまで送り届けた。


車を走らせてしばらくの間、ハンドルを握る両手には、微かな震えが残っていた。


私の住まいである昭和区の賃貸アパートに到着した時には、時刻は午後10時を回っていた。


*


翌朝――


目が覚めて、充電していたスマホを見ると、三沢先生と陽菜から、それぞれメールが届いていた。


陽菜からは、送ってくれたことに対するお礼と、


「昨日の事件はびっくりしましたね」


という短い感想だった。


一方の三沢先生も、似たり寄ったりの内容だった。


ただ、最後にこう書かれていた。


「今日の午後1時に、研究室に来てくれないか」


私は2人に短く返事を打った。


三沢先生には、午後1時に伺うと付け加えた。


その後、寝転がったままでスマホのネットニュースを開いてみた。


やはり、昨夜の事件が大々的に報じられていた。


亡くなったのは、27歳の“遠藤(えんどう)美幸(みゆき)”という女性警察官だったらしい。


そして――


捜査関係者によると、遺体の周辺からは、赤い花が印刷された紙が複数見つかった――

そう書かれていた。


やはり、私が見たものは間違いではなかったのだ。


その時、ふと私の記憶に甦ったものがあった。


10年ほど前、広島県の白木山で発見された白骨体。

その周囲には、彼岸花と同じ成分を持つ植物が残されていたという報道だ。


果たして、今回の事件と何らかの関連性があるのだろうか。


しかし、場所も時代も大きく食い違っている。


100年近く前の広島。

現在の名古屋。


とても繋がっているようには思えなかった。


それなのに、胸の奥に引っかかるものがある。


真っ赤な花だけが、時間も場所も無視して、こちらへ伸びてきているような気がした。


*


午後1時――


私は「三沢秀樹」と書かれた研究室の扉をノックした。


「どうぞ」


三沢先生が、私を招き入れてくれた。


縦に細長い手狭な部屋には、大量の書籍が所狭しと散乱していた。


小さな本棚があるにはある。

けれど、そこに収まり切れない書籍の山が、あちらこちらにできていた。


三沢先生は、昔から整理整頓が苦手なタイプのようだ。


来客用らしい小さな机の上にも、書籍が積み上げられている。


私は、その手前にある小さな椅子を勧められた。


三沢先生は回転式の椅子をぐるりと私の方へ向けて、口を開いた。


「池内くんは、広島の出身だったよね」


「はい」


「だいぶ前に、昨夜の事件に似たような事件が、以前、広島で起こった記憶があるんだけど、ちょっと記憶が曖昧でね。君なら、何か知ってるんじゃないかと思って」


私は一瞬、先ほど思い出した100年前の白骨体の事件かと思った。


でも――

どうやら違うらしい。


私は生まれてから18年間、広島に住んでいた。

けれど、そんな事件を耳にした記憶はなかった。


私が考え込んでいると、三沢先生は再び口を開いた。


「じゃあ……“城野(じょうの)賢志(けんし)”という人物を知ってるかな」


城野賢志。


その名前は、聞いたことがあった。


たしか数年前に亡くなった、愛知県選出の元国会議員の名前だったはずだ。


私が「はい」と言って頷くと、三沢先生が続けた。


「その城野賢志という人物は、生前、かなりの蒐集家だったらしくてね。熱田区にあった自邸を改装して、私設の記念館を作ったらしい。名前は、“城野記念館”。そこに――」


三沢先生は一拍置いて、呼吸を整えた。


「僕も最近、城野記念館の収蔵品目録を見て知ったんだが、その広島で起きた事件に纏わる品が、保管されているらしい」


私は思わず、背筋を伸ばした。


「昨夜の事件を目の当たりにするまでは忘れかけていたんだけど、今朝になって、ふと思い出してね。それに、君が関心を持っている風土史や美術史に纏わる品も、けっこう所蔵されているらしい」


私の心の中で、何かが弾ける音がした。


誰かに「具体的な根拠は?」と問われれば、明確に答える自信はない。


けれど――


そこに私が欲している“何か”がある。


その“何か”に、私は呼ばれている。


そんな気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。