第40話 女性警察官の死
翌々日の金曜日――
私はセントレアへ向かって、車で知多半島道路を走っていた。
助手席には、陽菜が乗っている。
一昨日の図書館で、私が三沢先生と電話していることに気づいたらしい。
陽菜は帰り際、私のブースまで近づいてきて、
「誰と話してたんですか」
と訊いてきた。
すごい観察力だ。
私は感心半分、呆れ半分で、素直にそう思った。
そういえば、彼女の伯母さんが警察官だと聞いたことを思い出した。
その影響なのだろうか。
三沢先生を、金曜日の午後3時にセントレアまで迎えに行く――
そう伝えると、陽菜はすぐに言った。
「私も行っていいですか」
私が暮らしている名古屋市昭和区のアパートからは、高速道路を使ってもゆうに1時間はかかる。
往路は1人きりの予定だった。
話し相手がいる方がいい。
そう思って、私は「いいよ」と答えた。
すると陽菜からは、
「やったー」
という無邪気な声が返ってきた。
*
セントレアに到着したのは、午後3時20分近くになってからだった。
途中の道路で事故による車線規制が行われ、大幅に遅刻してしまったのだ。
事前にネットで確認したところ、三沢先生の乗った飛行機は午後2時50分に到着予定だった。
おそらく飛行機から降り、手荷物を受け取るまでの時間を含めて、三沢先生は計算していたはずだ。
ということは、かなり待たせている可能性が高い。
私はやむなく、到着ロビーに近い降車専用スペースへ車を停め、そのまま空港の中へ入ることにした。
「陽菜ちゃん、悪いけど車の中で待っててくれる? 先生を連れて、すぐ戻ってくるから」
「了解でーす」
陽菜は敬礼のポーズをとって、かわいらしい声を上げた。
これも、伯母さんの影響なのだろうか。
*
私が急いで国際線ゲートの出口まで行くと、三沢先生の姿を見つけた。
まだ私に気づいていないようで、大きなあくびをしている。
そばには大きなスーツケース。
それに、お土産らしい紙袋が、いくつも置かれていた。
「三沢先生」
少し離れた場所から私が呼ぶと、三沢先生は私の方へ向き直った。
私の姿を認めると、満面の笑顔で大きく右手を振った。
「すみません……途中で事故渋滞に巻き込まれちゃって。けっこう待ちましたよね?」
小走りで近づいた私の息は、少しだけ弾んでいた。
「いやいや。実は荷物を取るのに手間取ってね。5分くらいしか待ってないよ」
三沢先生はそう言いながら、地面に置かれたたくさんのお土産袋に目を落とした。
私はお土産袋のいくつかを持ち、三沢先生と一緒に車を停めている場所まで早足で向かった。
「おいおい……そんなに早く歩かなくてもいいじゃないか」
「いえ、急いでください。駐停車禁止の場所に車を置いてますので」
三沢先生の訴えをよそに、私はそう答えた。
停めていた自分のランドクルーザーが見えてきた時――
車の外に出ていた陽菜が、2人の女性警察官と揉めているような光景が目に入った。
よく見ると、車の後ろ側にミニパトが停まっている。
急いで近づいてみると、やはり私の車が駐停車禁止の場所に停まっていたことが原因のようだった。
「ちょっとくらい、いいじゃないですか」
陽菜が懸命に応戦してくれていた。
私と三沢先生の姿を認めると、陽菜はいそいそと近づいてくる。
「池内さん、あの人たち、切符を切るって言ってますよ。罰金を払えって」
陽菜は口を尖らせた。
「あの……すぐに出ますので、何とかなりませんかね」
私は引きつった笑みを浮かべながら、女性警官たちに懇願してみた。
「いえ。規則は規則です。免許証を見せてもらえますか」
やや背が高く、切れ長の目をした女性警官が、私に向かってはっきりと言う。
もう1人の女性警官の方は、おそらく後輩なのだろう。
先輩の顔色を窺いながら、何も口を開かない。
私は渋々と免許証を出した。
「“池内茜”さん、ですね?」
それまで黙っていた、後輩らしい女性警官が、私の顔と免許証の写真に交互に目をやりながら口を開いた。
私――池内茜は、「はい……」と力なく返事するのが精いっぱいだった。
*
帰りの車の中で、後部座席の三沢先生が、沈んだ声で言った。
「池内くん……反則金は、僕が持つよ。そして、今夜は焼き肉を奢るから」
その言葉に、陽菜の方が先に反応した。
「わーい! ありがとうございまーす!」
三沢先生は、私に言ってくれているのだけれど――
私はそう思いつつも、陽菜のこういうところはなかなか憎めなかった。
帰り道、常滑市内にある焼き肉店へ向かった。
三沢先生に一度連れて行ってもらったことがある店だ。
平屋建ての店舗の隣には、広い駐車場がある。
3人で中に入ると、個室に通された。
私は飲み物として、ウーロン茶を注文した。
アルコールは苦手な方なので、普段からあまり口にしない。
それに、今日は“ハンドルキーパー”なので、当然アルコールを口にするつもりはなかった。
三沢先生はビール、20歳になったばかりの陽菜はハイボールを注文した。
しばらくすると、上カルビや上ロースなどの肉が運ばれてくる。
それらを焼きながら、3人で舌鼓を打った。
2時間近く過ごして店を出た時――
駐車場の先にある高架下の方から、女性の悲鳴が聞こえてきた。
私たちは一瞬、どきりとした。
にもかかわらず、細い道の先にある高架下まで、思わず足を進めていた。
三沢先生が元警察官で、武道の心得があるのを知っていたから、少し安心していたのかもしれない。
それと同時に――
私の中に、変な好奇心が芽生えていたのも事実だった。
陽菜も同じだったらしい。
三沢先生の後を追いながら、なぜか私の腕まで引っ張った。
ちょうど高架下の道路脇に、ハザードランプを点けたままのミニパトが停まっているのが見えた。
「あっ……あの車、セントレアで私たちに切符を切った車ですよ。私、ナンバー覚えてましたもん」
やはり陽菜の観察力には脱帽する。
ミニパトの運転席側のそばで、1人の女性警官が震えながら立ち竦んでいた。
地面にはコンビニの袋。
そこから飛び出したパンやおにぎりが、ばらばらに散らばっていた。
私の免許証を見ながら「池内茜さんですね」と言った、後輩の方の女性警官だった。
彼女の視線は、窓が開いたままの運転席に向けられている。
私たちは「どうしたんですか」と叫んで、その場へ近づいた。
すると――
運転席には、先輩の女性警官が座っていた。
シートに身体を預け、顔を上向けたまま、両目を大きく見開いていた。
彼女の喉には、横一文字の深い傷が走っていた。




