第31話 初音おばあさん
翌日曜日――
朝から、小雨がぱらぱらと降り始めていた。
朝のニュースによると、中国地方は梅雨入りを迎えたらしい。
昨夜も、一昨日も、あまり眠れていない。
真壁先輩の死。
そして、“秀麗女学院”出身の女性と会う約束。
その2つが、ずっと頭の中を回っていた。
私は午後1時過ぎ、傘を差して最寄りのバス停へ向かった。
真紀とは、ちょうどバス停でばったり顔を合わせた。
付き合いが長い幼馴染だけあって、こういう時のタイミングは妙に合う。
「おはよう……じゃないか。こんにちは、かな」
真紀は、少し眠そうな顔でそう言った。
私も小さく頷いた。
5分ほどして、バスがやって来た。
私たちは2人で乗り込むと、後方の空いている2人掛けの席に並んで座った。
広島駅までは、およそ30分。
休日にもかかわらず、バスの乗客は疎らだった。
天候が影響しているのかもしれない。
雨の日に、わざわざ外出しようと思う人は少ないのだろう。
バスに揺られている間、私と真紀はほとんど会話をしなかった。
真紀は時々、大きなあくびをしていた。
彼女も、昨夜あまり眠れていない様子だった。
私も眠気はあった。
けれど、心臓の鼓動がそれを押さえ込んでいるように感じた。
眠気よりも、緊張が勝っていたのだ。
窓際に座った私は、雨足が少しずつ強くなっていく外の景色に目をやっていた。
やがて、のどかな緑の風景が少なくなり、ビルが立ち並ぶ都心部の景色へと変わっていく。
広島駅近くのバス停に着いたのは、ちょうど午後1時50分だった。
*
そこから5分ほど歩いた場所にあるHホテルのロビーへ足を踏み入れると、大学生だという1人の若い女性が、私たちに声をかけてきた。
「あの……河野真紀さんに、森崎千晶さんですか」
肩先でわずかに跳ねるショートボブ。
半袖の無地のワンピースを着た、きれいな顔立ちの女性だった。
「は、はい。もしかして、“工藤蛍子”さんですか」
今度は真紀が、その女性に向かって尋ねた。
「そうです。今日は雨なのに、わざわざ来てもらってごめんなさいね。あちらで祖母が待っていますので」
工藤蛍子さんという女性はそう言って、ロビーの左手奥にある喫茶店を指さした。
私と真紀は促されるまま、喫茶店の中へ入った。
すると奥の大きなテーブル席に、年配の女性が座っていた。
彼女は私たちの姿に気づくと、ゆっくりと立ち上がり、軽く頭を下げた。
艶のある白髪を、頭の後ろで団子のように結んでいる。
淡い水色の着物を纏ったその人の周囲だけ、違う時間が流れているように見えた。
真紀からは80歳近くと聞いていた。
けれど、品のある佇まいは、年齢よりずっと若く見えた。
テーブルまで近づくと、その女性は改めて私たちに頭を下げて言った。
「休日の雨の中、わざわざお越しいただき申し訳ございません。こちらの蛍子の祖母で、“工藤初音”と申します」
言い方も、声も、やはり品があった。
“秀麗女学院”は、星華女子に輪をかけて“お嬢さま学校”だったと聞いたことがある。
この初音さんという女性の所作を見ると、それは十分に納得できた。
私たちは初音さんと蛍子さんに自己紹介を済ませると、テーブルを挟んで向かい合う形で座った。
私の正面に初音さん。
真紀の正面に蛍子さん。
「こちらでお支払いしますから、何でも好きなものを頼んで」
蛍子さんはそう言って、私たちにメニュー表を渡してくれた。
ホテルの喫茶店だけあって、けっこう値段が高い。
私と真紀が決められずにもじもじしていると、そんな様子を察したのか、蛍子さんが微笑みながら口を開いた。
「ここは、“抹茶パフェ”がお勧めなんだって。これならおばあちゃんの口にも合いそうだし、あなたたちも同じでいいかな」
実は“抹茶系”は、私も真紀も大好物だった。
あの甘みと苦みが混じった味が、絶妙なのだ。
2人とも、すぐに声を揃えた。
「はい! 大好きです!」
そんな私たちの様子を見て、初音さんが「くすっ」と笑った。
その笑い方は、どこか少女みたいだった。
*
蛍子さんが“抹茶パフェ”を注文した後――
初音さんは、さっきまでの笑顔を静かに消した。
そして神妙な顔つきになり、口を開いた。
「ところで……あなたたちの学校で、生徒さんが亡くなられたと、ニュースや新聞で知りました。しかも、ご遺体のそばには、“赤い花”があったとか」
私はしばらく視線を落とした。
けれど、意を決して口を開いた。
「……はい。私が、その第一発見者なんです」
すると、初音さんの目が大きく見開かれた。
「……そう。あなたは、私が60年以上も前に体験したことと、よく似た体験をされたのですね」
「どういうことですか」
私が尋ねると、初音さんはゆっくりと続けた。
「私が秀麗女学院の1回生だった時、3回生の先輩が殺されたんです。私も友達と一緒に、そのご遺体を目の当たりにしました。“赤い彼岸花”に囲まれたご遺体を。その光景は、60年以上経った今でも、瞼に焼き付いて離れないのですよ」
衝撃だった。
初音さんも、当時は私と同じくらいの年頃だったはずだ。
私はふと、星華女子の資料室で見た古い新聞記事の切り抜きを思い出した。
大正12年9月25日。
秀麗女学院の生徒が、何者かに殺害された――という記事だ。
けれど、その生徒の名前はわからないままだった。
その記事にも、他の資料にも出てこない。
事件に興味を持って調べていた美術部顧問の間宮典子先生が、そう言っていた記憶がある。
私は思い切って尋ねてみた。
「殺された女の子の名前が、どこにも見当たらないらしいんです。もしかして、ご存知なのでは?」
すると初音さんは目を閉じて、小さく息を吐いた。
そして目を薄く開けた後、天井を仰ぎながら呟いた。
「やはり……60年以上経った今も、彼女の名前は表に出てきていないのですね」
初音さんは一拍置いて、視線を私の顔に戻した。
「彼女の名前は……“二階堂玲子”さん。幼かった私の憧れだった方であり、それはそれは美しい女性でした」
二階堂玲子。
60年以上、名前を消されていた少女。
私は、胸の奥がざらついた。
ちょうどその時、“抹茶パフェ”が4つ、テーブルの上に運ばれてきた。
私はしばらくの間、言葉を失った。
気がつくと、パフェのグラスについた小さな水滴を見つめていた。




