↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/74

第23話 旧校舎の怪

翌日の昼休み――


この日は午後最初の授業である5時間目が、先生の都合で自習になると予告されていた。


そのせいか、昼休みの教室は、普段以上に浮き足立っていた。


いつものメンバーで机を寄せ合って昼食をとっていると、またしても怪談話で盛り上がった。


真紀は昨日の午前中に早退してから、今日も体調が戻らないらしく欠席だった。


真紀は、欠席していてよかったかもしれない――

そう思った。


いつも以上に、話の中身が具体的で、妙に強烈だったからだ。


メンバーの2人がそれぞれ、仕入れてきたという話を自慢げに披露し始めた。


私はやはり好奇心を抑えきれず、気づけば前のめりになって耳を傾けていた。


彼女たちの話は、こういう内容だった。


*


【Aさんの体験談】


Aさんは茶道部の部員だった。


茶道部は、旧校舎の3階にある。


その日――


Aさんは帰りのスクールバスの中で、手入れのために持ち帰るはずだった道具一式を、部室に忘れたことに気づいた。


そのまま公共交通機関に乗り換え、学院に戻った頃には、冬場だったこともあり、日はすっかり落ちていた。


旧校舎のいくつかの窓には、まだ明かりがついていた。

幸い、施錠もされていなかった。


けれど、いったん足を踏み入れると、1階の廊下は静寂と暗闇に沈んでいた。


Aさんは小走りで3階の茶道部の部室まで行き、無事に道具一式を手に入れた。


そして、薄暗い廊下を進み、階段を下りる。


ちょうど1階に下りる踊り場の辺りに差しかかった時だった。


こつん。

こつん。


階段の上の方から、そんな音が聞こえてきた。


3階の部屋は、どれも消灯されていて、人の気配はないはずだった。


こつん。

こつん。


音は、ゆっくりと階段を下りて、Aさんに近づいてくるようだった。


まるで、硬いブーツのヒールが床に反響しているような音。


Aさんは背筋に悪寒が走り、一刻も早くその場を離れなければと思った。


けれど、身体が動かなかった。

金縛りにあったように。


こつん。

こつん。


音は容赦なく近づいてくる。


もう階段の折り返しを曲がれば、明らかにAさんの視界に入る位置まで来ていた。


Aさんは顔を引きつらせ、脚をがたがたと震わせていた。


こつん……。


音が止まった。


その瞬間、今度は嫌な気配が、上の方から降りてくるように感じた。


Aさんは、かろうじて動く首だけをその方向へ向けた。


青白い顔をした少女が立っていた。


明らかに、この世に生きている人間の顔ではないと思った。


花柄の着物に、赤い袴。

足元には、黒いブーツ。


昔の女学生のような姿だった。


よく見ると、その少女の足元には“赤い花びら”が落ちていた。


こつん。

こつん。


少女は、Aさんへゆっくり歩み寄ってきた。


気がつくと、お互いの息が触れ合うほどの距離まで近づいていた。


Aさんの生暖かい息とは反対に、少女の息は氷のように冷えていた。


やはり、生きている人間の吐息ではない。


少女は、首をゆっくりと左右に傾けながら、食い入るようにAさんの顔を見つめた。

その大きな目は、一度も瞬かなかった。


しばらくして――


透き通るような白い歯を見せ、にいっと笑った。


そこで、Aさんの記憶は途切れた。


Aさんは、旧校舎に残っていた生徒たちに、2階と1階の間の踊り場で気を失っているところを発見された。


Aさんは無事に自宅へ戻り、「夢だったのだろう」と思って眠りについた。


けれど翌日、助けてくれた先輩の1人から話を聞いて、Aさんの表情は凍りついた。


「3階の廊下からあなたが倒れていた踊り場まで、赤い花びらが落ちていたのよ」


*


【Bさんの体験談】


Bさんは図書委員だった。


ある時、同じ図書委員のCさんが、どういう経緯かわからないが、旧校舎の資料室の鍵を手に入れたらしい。


「あそこって“開かずの間”なんでしょ? 今度、一緒に行ってみようよ」


Cさんは無邪気な感じで、Bさんにそう声をかけた。


Bさんも、好奇心に駆られた。


放課後、旧校舎へ向かった2人は、1階奥の“資料室”の前に立った。


いざ扉の前に立ってみると、中からただならぬ気配が放たれているように感じた。


Cさんは緊張した面持ちで、大きな錠前の穴に鍵を差し込む。

そして、ゆっくりと回した。


がちゃり――


鈍い音が、人気のない廊下に響いた。


ゆっくりと扉を開けて、中へ入る。


書架の群れを目にしたCさんは、嬉々とした表情で駆け寄っていった。


Bさんは湿っぽい部屋の中で、誰かの視線を感じた。

自分とCさん以外、誰もいないはずなのに。


Bさんは落ち着かない様子で、入口付近をうろうろするのが精一杯だった。


そのうち、Cさんが古い新聞記事の切れ端を持って戻ってきた。


そこには、“九鬼貞一”という男が恋人を殺し、家族を殺し、挙げ句に自殺したという内容が書かれていた。


手前にあったテーブルの上で、Cさんはその記事に興味深そうに目を通していた。


Bさんは、やはり落ち着かなかった。


書架と書架の間にある薄闇から、何者かの視線を感じる。


Cさんは、まったく気づいていない様子だった。


けれど、Bさんの背中には、冷や汗が滲んでいた。


その翌日からだった。


Cさんの様子に、変化が起きた。


友達同士の会話の中で、


「九鬼貞一という人が、歩いているのを見た」


ということを言うようになった。


そして、とうとう、


「九鬼貞一って人から、私に毎晩電話がかかってくるの」


とまで言い出した。


Cさんのふっくらとしていた顔つきは、1週間もすると、見る見る痩せこけていった。


そのうち、Cさんは学校に来なくなった。


心配になったBさんは、思い切ってCさんの自宅を訪ねた。


Cさんの母親が出てきて、娘の様子がおかしくなったのは、ここ1週間ほどだと言う。


母親に尋ねてみたが、九鬼貞一という男から毎晩のように電話がかかってきた、という事実はなかった。


Cさんの妄想だった。


あの日からだ。


旧校舎の“資料室”に入った、あの日から。


BさんはCさんの母親に案内され、Cさんの部屋の前まで行った。


母親が部屋の扉をノックし、Bさんがお見舞いに来てくれたことを伝えた。


けれど、扉には鍵がかかっていて、中に入ることはできなかった。


Cさんの母親が、何度も声をかけた。


しばらくすると、部屋の中からCさんの声が漏れてきた。


「あの人が……九鬼貞一が……部屋の中を歩き回っているの」


数日後――


学校側から、Cさんが精神を病み、入院したという説明があった。


その後、Cさんがどうなったのかは、誰も知らない。


*


これらの話には、どちらも“数年前”というお決まりの言葉が付いていた。


根拠のない怪談話――

私には、そう受け取ることもできた。


ただ聞く分には、面白かった。


でも、昨日、私は資料室に入った。


九鬼貞一の記事も、この目で見ている。


だから、ただの作り話として笑うには、少しだけ生々しすぎた。


放課後――


私は美術部の部室へ向かうため、旧校舎を訪れた。


怪談が本当かどうかにかかわらず、やはりこの校舎には少し湿っぽい空気がある。


1階の廊下の先に、真壁先輩が立っているのが見えた。


真壁先輩は、あの“彼岸花の絵”をずっと見つめていた。

よほど集中しているのか、私の存在に気づいていないようだった。


「真壁先輩」


私が声をかけて初めて、真壁先輩はこちらを振り向いた。


「あら、森崎さん」


それだけ言うと、また絵へ視線を戻した。


目が、どこか虚ろに見えた。

何かに魅せられているかのように。


「先に部室に行ってますね」


私がそう声をかけても、返事はなかった。


すれ違いざま、真壁先輩の口元が少しだけ緩んでいるのに気づいた。


その横顔は、どこか笑っているようにも見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。