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第21話 怪談を語る教師

4月27日金曜日――


いよいよ入部を希望する部活動を決めて、担任の先生に報告する日だ。


この2週間近く、いろいろ考えた。


バレーは、小学校高学年から6年間も続けてきた。

伊勢崎先生から、直接勧誘を受けたこともある。


けれど――


私は“美術部”に入部することを決めた。


両親に相談すると、


「いいんじゃないか」


「千晶の好きなことをやりなさい」


父も母も、私に判断を任せてくれた。


親として何か助言してくれるのかと思っていたけれど、ごちゃごちゃと干渉されるよりはずっといい。


私が3人姉妹の末っ子だからかもしれないけど。


それに、私の中にも、ちゃんとした理由はあった。


星華女子は、偏差値の高いお嬢さま女子校だ。


受験に向けて塾にも通い、けっこう頑張ったと思う。

おかげで無事に合格して入学できた。


けれど、私は自分がどのくらいの順位で合格したのか知らない。


点数は非公表だし、先生たちに訊いても教えてくれるわけがない。


学校の授業には、何とかついていっている。


でも、やはりレベルは高い。


周囲の子たちを見回すと、みんな自分より授業を理解しているように見えてしまう。


中学時代、私は“運動バカ”とからかわれたことがある。

事実だから、それは仕方がない。


だから私が星華女子に合格したとわかった時は、同級生も、担任の先生も、両親まで驚いたくらいだ。


星華女子高等部は、中学の延長じゃないのかもしれない。


バレーを卒業して、今まで経験のない美術部に入れば、“新しい自分”を見つけられるかもしれない。

そう思うようになってきた。


岡崎先輩の気持ちも、何となくわかる気がした。


朝のホームルームが終わると、担任の先生から入部希望の用紙を提出するように言われた。


生徒たちは出席番号順に、用紙を裏返して教卓の上へ置いていく。


私も、自分の順番が来ると席を立った。


用紙の部活動名の欄には、少し迷いながらも、はっきりとこう書いていた。


美術部――


全員が提出し終えると、先生が数を確認し、そのまま教室から出ていった。


*


放課後になると、担任の先生から私と真紀が呼ばれた。


美術部の顧問である間宮(まみや)典子(のりこ)先生が、職員室横の会議室へ来てほしいとのことだった。


真紀が“美術部”を選んだのは、朝のホームルーム前に聞いて知っていた。

彼女も“新しい自分を見つけるため”という理由で入部を決めたのかどうかは、わからない。


それにしても、いったい何の用があって呼び出されたのだろう。


私も真紀も、少し落ち着かない気持ちのまま、会議室の扉を叩いた。


「1年E組の森崎千晶です」


「1年E組の河野真紀です」


揃って声を出すと、部屋の中から「どうぞ」という少し高めの声が返ってきた。


私たちは「失礼します」と言って中に入った。


長テーブルの奥の席に、間宮先生が座っていた。


先生は一瞬立ち上がり、テーブルを挟んだ向かい側の席を勧めてくれた。


間宮先生は、今年着任したばかりという女の先生だ。


20代後半くらいで、担当教科は社会科。

ショートカットで小柄だけれど、すらりとしていて大人っぽい。


羽織ったジャケットも、その下のブラウスもよく似合っていた。


私たちが腰を下ろすのを見計らって、間宮先生は口を開いた。


「美術部に入部希望を出してくれたみたいだけど、中学校の時、森崎さんはバレーを、河野さんはバスケをやってたそうじゃない。全然勝手が違う部に入るってことだけど、本当に大丈夫かな?」


間宮先生の言いたいことは、よくわかる。

普通に考えたら、やはり不自然に感じるのだろう。


けれど私は、美術部に入りたいと思った理由を、できるだけ落ち着いて説明した。

自分でも、案外うまく話せたと思う。


真紀の方も、「岡崎先輩に誘われて」というきっかけこそ話したが、それなりにきちんと説明できていた。


「なるほど……そういうことなら、あなたたちの入部を歓迎します。うちの学校は美術の先生が外部の方だから、実は今年から私が顧問をすることになったのよ。よろしくね」


間宮先生は歯を見せてにっこりと笑い、そう言った。


「ところで――」


間宮先生は、笑顔を崩さないまま、目だけを少し細めた。


「あなたたちは“怪談”の類を信じる方かしら」


突然の問いに、私の背筋がいきなり伸びた。


右隣に座っている真紀は、何も言わないまま、強張った表情で何度も首を横に振っている。


間宮先生は、そんな真紀を見て「くすっ」と笑った。


「ごめん、ごめん。びっくりさせちゃったわね。あなたたちも入学してしばらく経ったから、いろいろ怪談めいた噂を聞いてるんじゃないかと思って」


笑顔は崩れない。

むしろ、年齢よりも若く見えるような、無邪気な笑顔だった。


「実はね……私も、この学校の出身なの。卒業して……今年でちょうど10年かな」


それは知らない情報だった。


星華女子の女の先生には、出身者が何人かいるという話は聞いたことがある。


けれど、間宮先生もそうだったとは、今ここで初めて知った。


「部長の岡崎さんや、2年生の真壁さん、それに美術部の他の子たちは、怪談なんて迷信だって思ってる。でもね……旧校舎に纏わる怪談話が、私がいた頃から存在していたのは事実なのよ。そしてね――」


一拍。


「学校の噂ってね……消したいものほど、変な形で残るものなのよ」


間宮先生はそう言うと、天井を仰いだ。


薄く開いた両目は、淡い光を放つ蛍光灯に向いていた。


意外だった。


授業では何度も顔を合わせている間宮先生の、普段とは違う部分に触れたような気がした。


「その怪談って、先生は詳しいんですか」


持ち前の好奇心を抑えきれなくなって、私は思わず口を開いた。


「まあ……それなりにはね」


間宮先生は私の方へ向き直り、そう言った。


隣の真紀も、何となく興味を示したらしい。

少しだけ身体を前に倒しているのがわかった。


「旧校舎の1階に、“資料室”があるのは知ってるかしら」


私は「はい」と言って頷いた。

登校初日に案内されたので、当然知っていた。


けれど、あそこの扉には大きな錠前が掛かっていて、簡単に中へは入れそうもなかった。


「あそこにね……この学校の歴史が記録された古い資料が眠ってるって話。私も社会科の教師で、特に歴史は好きなの。いつか中に入って、いろいろ調べてみたいと思ってるのよ」


そう語る間宮先生の笑顔は、好奇心を隠しきれない少女のように輝いていた。


その笑顔を見た時、私は少しだけぞくりとした。


怖かったからではない。


この先生は、本当に扉を開けてしまうかもしれない――

そんな気がしたからだ。


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