第17話 繋がる点と点
片岡先生の書斎で、私はまだ立ち上がれずにいた。
私の心の中で、いくつかの点が、少しずつ1本の線で結ばれていくような気がしたのだ。
玲子先輩は、季節を跨いで何枚もの図案を作っていた。
いや――
もしかしたら、作っていたのではなく、作らされていたのかもしれない。
九鬼貞一に。
それに、九鬼貞一の人格に変化が起こったのは、水城先生のお話では、ここ1年余りの間だという。
だとすれば、その変化が始まったのは、去年の夏頃ではなかったのか。
そう考えると、同じ頃に、九鬼貞一が“宗教家”を名乗る人物と接触し始めたと見る方が自然なのではないか。
そして――
もし九鬼貞一が玲子先輩を殺めたのだとしたら、それはその宗教家からの指示だったのかもしれない。
玲子先輩の亡骸を“形”として整えるという行為は、どうしても私には、何か宗教めいた儀式のようなものを思わせた。
九鬼貞一と、宗教家。
彼らは、何かひとつの考えに従って、この殺人を犯したのではないか。
飛躍した考えだとは、わかっている。
けれど、どうしてもそう考えてしまう自分がいた。
「水城先生は、九鬼貞一の背後に“宗教家”の影があるとおっしゃっていましたが、片岡先生は何かご存知でしょうか」
私は、自分で気づくより先に、口にしていた。
少し前の私なら、考えられないことだった。
玲子先輩の死と、水城先生の失踪が、たしかに私の中の何かを変え始めていたのだと思う。
「その件は、初耳ね。もしかしたら、水城先生が消えた理由と何か関係があるとでも?」
「はい。水城先生がその件を調べるとおっしゃった翌朝には、もうお姿が消えてしまいました」
「なるほど。そうなると初音さん……あなたはこれ以上、首を突っ込まない方がいいわ。私も、玲子さんが亡くなった日から学院の様子がおかしいとは思っていた。さらに、水城先生までいなくなったでしょう? だけど、察したのよ。これらの件には触れない方がいい、と」
片岡先生は表情を曇らせながら、ゆっくりと言葉を継いだ。
その口ぶりには、忠告というより、もう半ば諦めに似た重さがあった。
*
私は片岡先生のご自宅を後にすると、緋色舎へ戻った。
この日は珍しく、3回生の2人と、2回生の3人が実家へ戻っていたという。
緋色舎にいると、気が滅入ってしまうのかもしれない。
あるいは、玲子先輩のことが話題になりそうになるのを避けているのかもしれなかった。
けれど、同級生の笹田良子と森裕子は、帰省もせず緋色舎に残っていた。
上級生たちがいないので、いくらか気が楽だったのだろう。
夕食は、3人でテーブルを囲んだ。
良子も裕子も、肩の力が抜けた様子で、他愛もない話に花を咲かせていた。
私もできるだけ笑顔を作り、話の合間には懸命に相槌を打っていた。
けれど時折、どうしても食堂の壁に飾られた絵の方へ目が行ってしまう。
彼女たちも、それが気になっていたのだろう。
不意に、裕子が話題を変えた。
「そういえば、初音さん。世津子先輩が以前、こっそり教えてくださったの」
私は目を丸くして、裕子の方へ向き直った。
「あの絵の額縁のことなんですけど――」
「額縁?」
私は、思わず途中で口を挟んでしまった。
裕子は、気にする様子もなく続けた。
「玲子先輩がお付き合いされていた殿方から戴いたものらしいわよ。しかも、その殿方も、どなたか別の方から受け取ったものなんですって」
私は「えっ」と小さく声を漏らし、壁の絵の方へ目をやった。
九鬼貞一から贈られた額縁。
さらに、その九鬼貞一もまた、“別の誰か”から受け取ったものだという。
“別の誰か”。
それはいったい、誰なのだろう。
けれど、これまでに知ったことを胸の中で並べてみると、どうしても私には、その人物が“宗教家”を名乗る者のように思えてならなかった。
では、なぜそんなものを渡したのだろう。
何か意味があるのだろうか。
考えれば考えるほど、額の金色の縁が、ただの飾りではないもののように思えてきた。
*
食事の後で入浴を済ませると、私はベッドの上に寝転んだ。
天井を見つめているうちに、頭の中でいろいろなことが渦を巻き始めた。
玲子先輩へ向けられていたと思われる視線。
何度か描き直しを命じられたのではないかと思える図案。
完成した絵を収める額縁。
九鬼貞一。
宗教家。
水城先生の失踪。
そして――
花のように整えられた玲子先輩の亡骸。
ひとつひとつは、ばらばらに転がっているように見える。
けれど、本当は、これらはすべてひとつに繋がっているのではないか。
そう考えていくうちに、夜は静かに更けていった。
私は、いつの間にか眠りについていた。




