第11話 玲子が消えた日常
翌朝――
今日から学院の授業を再開するとの連絡が、昨日の夕方には緋色舎の管理人宛てにあった。
私は良子と裕子と一緒に、いつもの通学路を歩いていた。
誰よりも早く登校して、学院全体の見本となるように――玲子先輩が言い出したことだった。
けれど、そのご本人はもういない。
それでも、私たち緋色舎の学生は、その“決まり事”を、玲子先輩が亡くなった後も変わらず守っている。
誰も何も言わない。
ただ、そうするのが当たり前であるかのように、足を動かしている。
最初は息苦しかった舎の暮らしも、続けるうちに不思議と身体に馴染んでいくものだった。
玲子先輩への供養のようなもの――私はそう自分に言い聞かせていた。
もしかしたら、他の学生たちも同じように思っているのかもしれない。
途中、彼岸花の方角へ目を向けると、歩道との境に沿うようにして、「立入ヲ禁ズ」と書かれた札を下げたロープが張られていた。
あの不自然な弧は、彼岸花の群れの中に、まだくっきりと残っていた。
燃えるような赤の中をくぐり抜ける、細い道のように見えた。
玲子先輩の亡骸があった場所だけは、赤が丸く削り取られたようになっていた。
それらを見たのはほんの一瞬だった。
胸の奥に痛ましいものが甦り、私はすぐに目を逸らした。
*
「それにしても、玲子先輩のご実家の方たち……何だか妙でしたわ」
良子が口を尖らせて言った。
そうなのだ。
昨日、日が落ちてから、玲子先輩のご実家である二階堂家の使用人と名乗る方たちが3人現れて、玲子先輩の部屋をきれいに片づけていったのだ。
彼らが帰った後、舎の学生たちでこっそり部屋を覗いてみると、中はきれいさっぱり物がなくなっていた。
机の上の物も。
ベッドの寝具も。
棚に置かれていた物も。
私たちが2人で向かい合って話した、小さなテーブルと椅子も。
そして、玲子先輩の画材一式まで。
まるで玲子先輩が、初めからそこにいなかったかのように。
胸の奥がざらついた。
どうして亡くなったその日のうちに、あれほど急いで片づける必要があったのだろう。
悲しむ暇もないように、存在の跡だけが先に消されていく。
そのことが、私にはたまらなく冷たく思えた。
*
始業のベルと同時に、水城先生が教室へ入ってきた。
「おはようございます。皆さんもご存知のことと思いますが、昨日、大変不幸なことがありました。急ですが、黙祷を行います。起立してください――」
教壇に立つなり、そう言った。
玲子先輩が亡くなった、という言葉は出てこなかった。
玲子先輩のお名前に触れてはいけないかのような口ぶりだった。
ただ、“誰かが亡くなった”という事実だけを受けて、黙祷を促しているように感じられた。
そういえば、今朝の新聞にも「秀麗女学院ノ女生徒、何者カニ殺害サル」という記事が小さく載ったものの、玲子先輩の名前は書かれていなかった。
私は立ち上がり、目を閉じた。
けれど、瞼の裏に浮かんだのは、昨日、玲子先輩の遺体が置かれていた斜面の光景だった。
白い衣。
彼岸花の赤。
そして、見開かれた目。
休み時間に、緋色舎の坂上世津子先輩と顔を合わせ、廊下で少し立ち話をした。
世津子先輩も、学院全体が玲子先輩のことに触れないようにしているのではないか、と言っていた。
だから自分たちも、あえて口を閉ざしているのだ、とも。
誰もが知っているのに、誰も口にしない。
それがかえって、玲子先輩の不在を際立たせていた。
*
学院の中では、重く沈んだ時間がそのまま流れていった。
私は授業が終わったら、東の平屋にある図画部へ行こうと、朝から決めていた。
終業のベルが鳴るとすぐに、私は荷物を纏めて立ち上がり、東の平屋へ向かった。
もしそこからも、玲子先輩の気配が消えていたらどうしよう――
そんな切ない思いを、どうしても打ち消せなかった。
世津子先輩から、学院の中に置かれていた玲子先輩の私物も、昨夜のうちに二階堂家が持ち去っていったようだと聞いていたからだ。
けれど、平屋の扉を開けて、私がまずほっとしたのは、玲子先輩が書いた「図画部」の看板が、そのまま残されていたことだった。
あれは間違いなく、玲子先輩の筆跡だ。
それを見ただけで、胸の中に微かに光が灯るような気がした。
私はそのまま、部屋の扉に手をかけた。
だが、急に不安が押し寄せてきて、一度だけ大きく深呼吸した。
そして意を決すると、震える手で扉を開いた。
部屋の中を見た瞬間――私は思わず、頬を伝うものを感じた。
涙だった。
あの時のままだった。
先週の土曜日の午後に、玲子先輩と過ごした時間が、そのままここには残されていた。
ずいぶん昔のことのように思えた。
つい3日前のことなのに。
立てかけられたイーゼルの前には、小さな椅子が並んでいた。
玲子先輩と私が並んで座っていた椅子だ。
私は着物の袖で涙を拭うと、ゆっくりと部屋の中へ足を踏み入れた。
昨日とは打って変わって、外は快晴だった。
西からの強い日射しが、部屋の中へ斜めに落ちている。
ふと、部屋の隅に目が留まった。
3日前は気づかなかったが、白い布が掛けられた小さな塊がある。
おそらく、画板が幾重にも積み重ねられているのだろう。
布の端から、その角が少しだけ覗いていた。
私はその場所まで歩み寄り、ゆっくりと布を外した。
すると中から出てきたのは、5枚の画板に描かれた下絵だった。
そして、それらの図案を見て私は驚いた。
どれも、鉛筆で描かれた彼岸花の群生の絵ばかりだったのだ。
しかも、ひとつひとつ、彼岸花の形や位置取りが微妙に違う。
画板の下部には、名前と、描かれたと思われる日付が記されていた。
名前は、
【NIKAIDO REIKO】
と、達筆な筆記体で書かれている。
間違いなく、玲子先輩が描いたものだろう。
日付は西暦で、それぞれ
1922年7月
1922年8月
1922年12月
1923年2月
1923年3月
と記されていた。
季節は、ばらばらだ。
ただ、ひとつだけ、この5枚には共通していることがあった。
それは――
どの絵の背景にも、入道雲が浮かんでいた、ということだ。




