第九十八話 禁忌兵器
保管庫の隔壁は、すぐには開かなかった。
低い音だけが、地下の記録照合室に響いている。
赤い誘導線が、床の上を細く伸びていた。
その先に、対侵入兵器保管庫と表示された扉がある。
扉の表面には、いくつもの警告文が重なっていた。
――T-LANCE保管庫。
――現地確認手順、準備中。
――警告。
――接触禁止。
――照準禁止。
――起動禁止。
――使用禁止。
――位相境界損傷要因。
――外部領域接続悪化要因。
――地殻応力変動要因。
――管理者権限なし。
――封印劣化。
康生は、その表示をじっと見ていた。
「禁止、多いな」
「足りないくらいです」
アオイが即答する。
「まだ見てもいないのに」
「見たあとでも同じです」
「先に結論出てるじゃん」
「はい」
康生は苦笑しそうになったが、できなかった。
空気が重い。
変異位相格納庫を見た時とは違う重さだった。
あちらは、見ているだけで気持ちが悪くなる場所だった。
空間が合わず、距離がずれ、何もないはずの容器の中に、場所の傷が入っていた。
だが、こちらは違う。
ここにあるのは兵器だ。
誰かが、使うために作ったもの。
外部から入ってきたものを排除するために。
自分たちが開けた穴を、自分たちの力で塞ぐために。
そして、その副作用を評価しきれないまま封印されたもの。
相馬が周囲を確認する。
「現地確認は最小限。保管庫内部には必要以上に踏み込まない。接触禁止。照準禁止。起動禁止。全員、指示なく動かない」
「了解」
防衛隊員たちが短く答える。
千田は記録端末を持ち直している。
「映像記録は取ります。ただし、異常が出た場合は即停止します」
「映像だけで何か起きる可能性あるんですか」
康生が聞く。
アオイが答えた。
「変異位相格納庫で、視線固定が影響する可能性を確認しています。保管庫も同系統の遮蔽構造を持つため、長時間注視は避けてください」
「見るだけでも難しいな」
「はい」
麻生が静かに言う。
「見たいものほど、見てはならぬこともありますな」
「それ、今言われると怖いです」
「重く申し上げました」
「知ってます」
扉の横の端末が起動する。
――三沢観測防衛基地参照コード、確認。
――黒区画ログ照合、確認。
――T-LANCE保管庫、外部観察開放。
――保管庫本体、封印維持。
――起動系、物理遮断。
――照準系、無効。
――軸形成、禁止。
――対象認識、禁止。
康生は眉を寄せた。
「対象認識も禁止?」
「はい」
アオイの声が硬い。
「対象を定める行為そのものが、軸形成の前段階になる可能性があります」
「見るだけじゃなくて、狙うだけでも駄目ってことか」
「はい」
「見た目がますます怖いな」
「見た目で判断しないでください」
康生は、九十七話の終わりにアオイが言った言葉を思い出した。
見た目で判断しないでください。
つまり、見た目は怖くないのかもしれない。
それが、逆に嫌だった。
隔壁が開き始める。
重い。
遅い。
砂を噛んだ地上の扉よりは滑らかだが、それでも七百年分の沈黙を引きずっている。
隙間から、白い光が漏れた。
赤ではない。
白。
三沢の青白い誘導灯でもなく、エリア51の赤い誘導線でもない。
保管庫の中だけ、妙に清潔な白だった。
康生は、身構えた。
扉が開く。
中は、狭かった。
巨大な砲台はない。
山のような機械もない。
宙に浮く結晶もない。
禍々しい銃座もない。
白い壁。
白い床。
中央に固定台。
透明な遮蔽筒。
その中に、一本の棒のようなものが置かれている。
康生は、しばらく何も言えなかった。
それから、言った。
「……これ?」
誰も答えなかった。
康生はもう一度見る。
遮蔽筒の中にあるのは、どう見ても鉄パイプだった。
長さは、人の腕より少し長いくらい。
太さは、片手で掴めそうな程度。
表面は黒ずんでいて、ところどころ錆びたような色がある。
片側の端は斜めに切られているようにも見え、もう片側はただの筒のように開いている。
飾りはない。
照準器もない。
引き金もない。
エネルギー炉もない。
人間が兵器に求める威圧感のようなものが、何一つない。
ただの鉄パイプ。
ホームセンターの資材置き場にあっても、誰も気にしないようなもの。
康生は、困ったようにアオイを見た。
「鉄パイプじゃん」
「外形は、鉄パイプに類似しています」
「類似っていうか、鉄パイプじゃん」
「外形は」
「外形以外は?」
アオイは遮蔽筒を見る。
「見ない方がよいものです」
「そういう返し、やめてほしい」
「必要です」
表示が浮かぶ。
――保管対象。
――TACHYON-LANCE prototype unit.
――略称、T-LANCE。
――分類、対侵入兵器。
――外部領域由来構造体。
――材質分析、鉄系合金。
――内部構造、単純円筒。
――質量、安定。
――位相境界、非連続。
――照射軸、空間座標に固定されない。
――対象指定、禁止。
――起動、禁止。
――使用、禁止。
康生は表示と鉄パイプを交互に見た。
「材質分析、鉄系合金って出てるぞ」
「はい」
「ほんとに鉄じゃん」
「材質としては鉄系合金です」
「じゃあ、何が違うんだよ」
「存在の仕方です」
康生は黙った。
「存在の仕方」
「はい」
アオイが言う。
「物質としては単純な筒です。しかし、空間的な連続性が通常物質と一致しません」
「分かりやすく」
「鉄パイプの形をした、射線の穴です」
康生は、思わず一歩下がった。
「穴?」
「比喩です」
「比喩でも嫌だ」
「はい」
相馬が端末を確認する。
「外部領域由来構造体、という表示があります。これは、作ったのが人間ではないという意味ですか」
「不明です」
アオイが答える。
「エリア51側ログでは、由来を外部領域と記録しています。ただし、完全な人工物か、外部構造片を兵器として利用したものかは不明です」
康生は遮蔽筒の中の鉄パイプを見る。
宇宙人の兵器。
そう言えば派手に聞こえる。
だが、目の前にあるのは鉄パイプだ。
人間の美的感覚では、兵器はもっと兵器らしい形をしている。
握る場所。
狙う場所。
威嚇する外装。
意味のある輪郭。
けれど、これは違う。
ただ、筒。
向ける。
通す。
壊す。
それだけ。
「美的センス、ないな」
康生が言う。
アオイが少しだけ首を傾げる。
「美的センスですか」
「いや、なんかさ。人間ならもっと、こう、兵器っぽくするだろ」
「外部領域由来設計に、人間の威圧表現は不要です」
「機能だけ?」
「はい」
「目的だけが形になった?」
「近い表現です」
麻生が静かに言う。
「飾らぬ刃ほど、恐ろしいものですな」
「刃っていうより、水道管に見えますけどね」
「水道管で世界を傷つけるなら、なお恐ろしい」
「それはそう」
表示が次へ進む。
――T-LANCE実体記録。
――発見経緯。
――外部領域接続試験後、第三区画に出現。
――初期観測時、単純鉄系円筒。
――回収時、周辺空間に射線状位相欠損。
――格納後、Sample-07との相関確認。
――Sample-09事故後、軸形成安定性上昇。
――対侵入兵器計画へ転用。
康生は目を細めた。
「出現って」
「試験後に現れたようです」
アオイが答える。
「作ったんじゃなくて?」
「人間側が製造した記録はありません」
「じゃあ拾ったのか」
「はい。より正確には、外部領域接続試験後に現れた構造体を回収し、兵器として転用しました」
「拾うなよ」
「同意します」
相馬が低く言う。
「外から来たものを、使えるから使った」
「はい」
アオイが答える。
「それがT-LANCE計画の実体のようです」
康生は遮蔽筒を見た。
ただの鉄パイプにしか見えないもの。
けれど、これは誰かが作った最新兵器ではない。
人間が生み出した力でもない。
外部領域から現れた何かを、使えるからと拾い、試し、撃った。
「拾った棒で殴ったら、世界が割れたみたいな話か」
「比喩としては乱暴ですが、方向性は近いです」
「近いのかよ」
「はい」
新しいログが開く。
――T-LANCE初期射線試験。
――対象、外部侵入個体。
――場所、第三区画隔離室。
――結果、対象消失。
――通常破壊痕、なし。
――熱反応、軽微。
――衝撃波、なし。
――位相境界損傷、あり。
――周辺空間不安定化、あり。
――再使用、要審査。
映像が表示された。
隔離室。
白い壁。
床に黒い染みのようなもの。
その中央に、小型の侵入個体がいる。
形ははっきりしない。
節足動物のようにも、魚の骨のようにも見える。
輪郭が揺らぎ、映像処理が追いつかない。
隔離室の外で、研究者たちがT-LANCEを固定台に載せている。
映像の中のT-LANCEも、やはり鉄パイプだった。
誰かが言う。
「軸形成、開始」
「対象指定」
「T-LANCE反応」
「照射ではない。貫通経路が形成されている」
「撃て」
次の瞬間、画面が白くなった。
音はほとんどない。
爆発もない。
火もない。
衝撃波もない。
ただ、白い線が一瞬だけ隔離室を貫き、侵入個体が消えた。
倒れたのではない。
燃えたのでもない。
破裂したのでもない。
最初からそこにいなかったように、消えた。
康生は言葉を失った。
映像の中で、研究者の声がする。
「対象、消失」
「排除確認」
「有効だ」
「通常物理破壊ではない」
「問題ない。消えた」
「隔離室の壁面に位相損傷」
「後で評価する」
「対象は消えた」
映像が止まる。
康生は、ようやく息を吐いた。
「強すぎる」
「はい」
アオイが答える。
「対侵入兵器としての効果は高いです」
「これなら、クリーチャーも」
「康生」
アオイの声が鋭くなった。
康生は口を閉じる。
右手の端末が点滅していた。
――右構成部監視タグ。
――緊急時自動開放傾向、微弱上昇。
「ごめん。考えた」
「はい」
「使わない」
「はい」
「力を見つけても、使う理由にはならない」
「良い回答です」
康生は遮蔽筒から視線を外した。
危ない。
本当に危ない。
映像を見た瞬間、思ってしまった。
これなら、太平洋の中継巣も消せるのではないか。
これなら、空間位相傷に伴う何かも壊せるのではないか。
これなら、誰かを守れるのではないか。
そう思ってしまった。
だから禁忌なのだ。
使えるから。
あまりにも、使えてしまうから。
アオイがログを進める。
――副作用評価。
――照射地点周辺、位相境界損傷。
――空間不安定化、局所。
――外部領域接続面への微弱干渉。
――重力歪み、微弱上昇。
――地殻応力への影響、未評価。
――火山性活動への影響、未評価。
――海底使用時影響、未評価。
――大規模巣核への使用、未評価。
――再使用、非推奨。
康生は表示を見た。
「未評価が多い」
「はい」
「なのに、使った?」
「記録上、複数回の限定使用があります」
「最悪だな」
「はい」
次の記録が開く。
――T-LANCE限定運用記録。
――対象、外部侵入個体群。
――対象、変異巣小規模核。
――対象、海上浮遊巣片。
――結果、対象消失。
――副作用、位相境界損傷。
――副作用、局所重力異常。
――副作用、熱異常。
――備考、長期評価未完了。
相馬が顔をしかめる。
「海上で使っている」
「はい」
アオイが答える。
「海上浮遊巣片への限定使用記録があります」
「太平洋中継巣への適用可能性は」
アオイは、すぐに答えなかった。
康生が見る。
「アオイ」
「理論上は、対象排除に有効である可能性があります」
「でも」
「使用禁止です」
「だよな」
「特に海上、海底、火山帯周辺での使用は危険です。副作用評価が不完全です」
「ハワイ近海って」
「火山列島です」
康生は目を閉じた。
「つまり、帰りにあの中継巣が邪魔になっても」
「使用禁止です」
「即答」
「必要です」
麻生が静かに言う。
「人は、使えるものを見つけると、使わぬ理由を忘れます」
「今、忘れかけました」
康生は素直に言った。
「はい」
アオイが答える。
「だから、見張ります」
「頼む」
「見張ります」
その言い方が、少しだけ違った。
単なる管理ではない。
単なる警告でもない。
アオイは、本気で康生を見張るつもりなのだ。
康生が、力を使う側にならないように。
エリア51の人間たちと同じにならないように。
表示がさらに切り替わる。
――T-LANCE保管状態。
――物理封印、劣化。
――位相遮蔽、劣化。
――起動系、遮断維持。
――照準系、無効。
――外部搬出、非推奨。
――ただし、保管庫封印維持率低下。
――推奨、再封印または安全搬出。
――管理者権限、不在。
――読取権限保持者による暫定判断を要求。
康生は嫌な顔をした。
「出た。判断を要求」
「はい」
相馬が表示を読む。
「このまま置いておくと、封印が劣化する。だが、搬出も非推奨」
「どうしろって言うんだ」
康生が言う。
アオイが答える。
「保管庫封印が劣化しているため、放置すれば外部影響が拡大する可能性があります。一方で、搬出すれば移動中の事故、誤起動、対象認識の危険があります」
「どっちも駄目じゃん」
「はい」
「最悪だな」
「はい」
相馬が考える。
「この施設を再封印できますか」
――再封印機能、部分残存。
――位相遮蔽補強材、不足。
――電源、低下。
――長期封印、不可。
――短期安定化、可能。
――追加処理には外部電源および三沢監視網同期が必要。
「短期安定化はできる」
相馬が言う。
「ただし、長期封印は無理」
アオイが頷く。
「三沢監視網へ接続し、保管庫異常を監視項目に追加できます。ただし、制御接続は開きません」
「ここも見るだけか」
康生が言う。
「はい」
「見張る場所が増えるな」
「必要です」
千田が記録を取りながら言う。
「搬出しない場合、ここへ戻る必要があります」
「ですよね」
「搬出する場合、靴下どころではありません」
「そこは俺も分かります」
麻生が穏やかに言う。
「危ういものは、手元に置いても、遠くに置いても危ういものですな」
「正論が重い」
康生は遮蔽筒の中の鉄パイプを見る。
こんなものを、ここに置いていくのか。
それとも、持ち出すのか。
持ち出せば、使えてしまう。
置いていけば、封印が壊れるかもしれない。
どちらも危険だ。
アオイが言う。
「現時点での推奨は、短期安定化です」
「持ち出さない?」
「はい。保管庫を補強し、三沢監視網に監視項目として追加します」
「でも、長期は無理」
「後で再判断が必要です」
「嫌な宿題だな」
「はい」
相馬が頷く。
「短期安定化を実施。搬出はしない。三沢監視網へ情報を送る。T-LANCEの使用は禁止」
「了解」
アオイが端末操作を始める。
――T-LANCE保管庫、短期安定化処理。
――位相遮蔽、補助同期。
――三沢暫定監視網、監視項目追加準備。
――保管対象、TACHYON-LANCE prototype unit.
――異常項目、位相境界漏出。
――異常項目、軸形成前兆。
――異常項目、外部領域接続反応。
――異常項目、対象認識反応。
――制御権限、接続しない。
――監視のみ。
康生は表示を見る。
「三沢、大忙しだな」
「はい」
アオイが答える。
「ですが、三沢は見る場所です」
「ここは試した場所」
「はい」
「試した場所を、見張る場所に繋ぐ」
「はい」
相馬が静かに言った。
「七百年前にできなかったことです」
その言葉で、部屋が少しだけ静かになった。
三沢は、ここを見張りきれなかった。
エリア51は、三沢に全部見せなかった。
だから、試験は進み、事故は起き、Sample-09は失われた。
今は違う。
完全ではない。
遅すぎるかもしれない。
精度も足りない。
だが、少なくとも隠さない。
アオイが処理完了を告げる。
――短期安定化、完了。
――保管庫封印、暫定維持。
――三沢監視網への監視項目、追加準備完了。
――T-LANCE、起動なし。
――照準なし。
――軸形成なし。
――使用なし。
康生は胸を撫で下ろした。
「よし」
「良い結果です」
「何もしてないけど」
「使用しなかったことが結果です」
「またそれか」
「重要です」
その時、保管庫の表示が一度だけ乱れた。
遮蔽筒の中の鉄パイプが、ほんの一瞬だけ別のものに見えた。
鉄パイプではない。
長い影。
筒ではなく、穴。
穴ではなく、どこかへ伸びる道。
向けた先にあるものを消すのではなく、向けた先とどこかを繋いでしまうような、細い裂け目。
康生は反射的に目を逸らした。
右手の監視タグが点滅する。
――緊急時自動開放傾向、微弱上昇。
――受電経路形成前兆、なし。
アオイが言う。
「康生」
「見ない。使わない。考えない」
「良い回答です」
「今の、見えた?」
「映像記録にも一瞬の位相重畳があります」
「つまり、本当に見えた」
「はい」
「ただの鉄パイプじゃないな」
「はい」
「でも、ただの鉄パイプに見える」
「それが危険です」
康生は頷いた。
怖いものは、怖い姿をしていてくれた方がいい。
分かりやすく禍々しければ、近づかずに済む。
誰が見ても危険だと分かれば、触れずに済む。
だが、これは違う。
ただの鉄パイプに見える。
拾えそうに見える。
運べそうに見える。
使えそうに見える。
だから危ない。
読取台が、保管庫実体記録の最後を表示する。
――T-LANCE総合評価。
――対象排除性能、極めて高。
――通常防衛火器を上回る。
――外部領域由来存在への有効性、確認。
――変異巣核への有効性、確認。
――副作用評価、不完全。
――位相境界損傷、確認。
――空間不安定化、確認。
――地殻応力変動、未評価。
――火山性活動誘発、未評価。
――海洋使用時影響、未評価。
――外部領域接続悪化、可能性。
――結論。
――禁忌兵器として封印。
――再使用禁止。
康生は最後の行を見た。
再使用禁止。
だが、エリア51は使っていた。
必要だと思えば、使った。
都市が落ちるから。
侵入個体を排除するため。
巣を消せるから。
勝てるから。
理由はいくらでもある。
使う理由は、いつだって用意できる。
だから、禁止が必要なのだ。
「アオイ」
「はい」
「これ、もし俺が使うって言ったらどうする」
アオイは、すぐに答えた。
「止めます」
「どうやって」
「可能な全手段で」
康生は少しだけ笑った。
「怖いな」
「はい」
「でも、それでいい」
「はい」
相馬が保管庫の退出を指示する。
「確認終了。全員、記録照合室へ戻ります。保管庫封印を維持。以後、T-LANCEに関する判断は三沢監視網統合後に行う」
「了解」
一行は保管庫を出る。
康生は最後に、遮蔽筒の中の鉄パイプを見た。
見た目は本当に、ただの鉄パイプだった。
錆びて、黒ずんで、何の威圧感もない。
七百年前の地下に、間違って置き忘れられた資材のようにしか見えない。
けれど、表示は言っていた。
接触禁止。
照準禁止。
起動禁止。
使用禁止。
康生は扉が閉まるまで、その言葉だけを見ていた。
隔壁が重い音を立てて閉じる。
白い光が消える。
赤い誘導線だけが残る。
記録照合室へ戻ると、読取台に新しい表示が浮かんでいた。
――エリア51取得情報。
――外部領域接続試験記録、取得。
――変異位相格納庫照合、取得。
――Sample-09追跡ログ、取得。
――空間位相傷との関連候補、取得。
――T-LANCE実体記録、取得。
――T-LANCE短期安定化、完了。
――三沢監視網統合、準備完了。
相馬が言う。
「必要な情報は揃いました」
康生は奥の隔壁を見る。
外部領域接続試験区画。
変異位相格納庫。
対侵入兵器保管庫。
どれも、もう一度見たい場所ではなかった。
「帰れる?」
「はい」
アオイが答える。
「ただし、帰路にも太平洋中継巣があります」
康生は顔をしかめた。
「忘れたかった」
「忘れてはいけません」
「だよな」
アオイは静かに言う。
「T-LANCEは使用禁止です」
「まだ何も言ってない」
「考える可能性があります」
「あるな」
「だから、先に言います」
康生は頷いた。
「使用禁止。見る。警告を聞く。使えるからって使わない」
「良い回答です」
読取台の赤い光が、少しずつ弱くなっていく。
エリア51は、試した場所だった。
外部領域に触れ。
場所の傷を捕まえ。
消えなかった傷を取り逃がし。
外から来た鉄パイプを、兵器として使った。
そして、そのすべてを黒区画に隠した。
康生たちは、それを見た。
使うためではない。
使わないために。
地下の赤い誘導線が、出口へ向かって伸びている。
砂漠の上には、青い空があるはずだった。
そのさらに向こうには、戻ってくる傷がある。
そして帰り道には、まだ太平洋中継巣が残っている。
康生は右手を見ずに、出口の方を向いた。
禁忌兵器は、ただの鉄パイプの姿で、白い保管庫の中に残された。
使えば、消せる。
だからこそ、使ってはいけない。




