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規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第九章 エリア51編

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第九十八話 禁忌兵器

保管庫の隔壁は、すぐには開かなかった。


低い音だけが、地下の記録照合室に響いている。


赤い誘導線が、床の上を細く伸びていた。

その先に、対侵入兵器保管庫と表示された扉がある。


扉の表面には、いくつもの警告文が重なっていた。


――T-LANCE保管庫。

――現地確認手順、準備中。

――警告。

――接触禁止。

――照準禁止。

――起動禁止。

――使用禁止。

――位相境界損傷要因。

――外部領域接続悪化要因。

――地殻応力変動要因。

――管理者権限なし。

――封印劣化。


康生は、その表示をじっと見ていた。


「禁止、多いな」


「足りないくらいです」


アオイが即答する。


「まだ見てもいないのに」


「見たあとでも同じです」


「先に結論出てるじゃん」


「はい」


康生は苦笑しそうになったが、できなかった。


空気が重い。


変異位相格納庫を見た時とは違う重さだった。

あちらは、見ているだけで気持ちが悪くなる場所だった。

空間が合わず、距離がずれ、何もないはずの容器の中に、場所の傷が入っていた。


だが、こちらは違う。


ここにあるのは兵器だ。


誰かが、使うために作ったもの。

外部から入ってきたものを排除するために。

自分たちが開けた穴を、自分たちの力で塞ぐために。


そして、その副作用を評価しきれないまま封印されたもの。


相馬が周囲を確認する。


「現地確認は最小限。保管庫内部には必要以上に踏み込まない。接触禁止。照準禁止。起動禁止。全員、指示なく動かない」


「了解」


防衛隊員たちが短く答える。


千田は記録端末を持ち直している。


「映像記録は取ります。ただし、異常が出た場合は即停止します」


「映像だけで何か起きる可能性あるんですか」


康生が聞く。


アオイが答えた。


「変異位相格納庫で、視線固定が影響する可能性を確認しています。保管庫も同系統の遮蔽構造を持つため、長時間注視は避けてください」


「見るだけでも難しいな」


「はい」


麻生が静かに言う。


「見たいものほど、見てはならぬこともありますな」


「それ、今言われると怖いです」


「重く申し上げました」


「知ってます」


扉の横の端末が起動する。


――三沢観測防衛基地参照コード、確認。

――黒区画ログ照合、確認。

――T-LANCE保管庫、外部観察開放。

――保管庫本体、封印維持。

――起動系、物理遮断。

――照準系、無効。

――軸形成、禁止。

――対象認識、禁止。


康生は眉を寄せた。


「対象認識も禁止?」


「はい」


アオイの声が硬い。


「対象を定める行為そのものが、軸形成の前段階になる可能性があります」


「見るだけじゃなくて、狙うだけでも駄目ってことか」


「はい」


「見た目がますます怖いな」


「見た目で判断しないでください」


康生は、九十七話の終わりにアオイが言った言葉を思い出した。


見た目で判断しないでください。


つまり、見た目は怖くないのかもしれない。


それが、逆に嫌だった。


隔壁が開き始める。


重い。

遅い。

砂を噛んだ地上の扉よりは滑らかだが、それでも七百年分の沈黙を引きずっている。


隙間から、白い光が漏れた。


赤ではない。


白。


三沢の青白い誘導灯でもなく、エリア51の赤い誘導線でもない。

保管庫の中だけ、妙に清潔な白だった。


康生は、身構えた。


扉が開く。


中は、狭かった。


巨大な砲台はない。

山のような機械もない。

宙に浮く結晶もない。

禍々しい銃座もない。


白い壁。

白い床。

中央に固定台。

透明な遮蔽筒。

その中に、一本の棒のようなものが置かれている。


康生は、しばらく何も言えなかった。


それから、言った。


「……これ?」


誰も答えなかった。


康生はもう一度見る。


遮蔽筒の中にあるのは、どう見ても鉄パイプだった。


長さは、人の腕より少し長いくらい。

太さは、片手で掴めそうな程度。

表面は黒ずんでいて、ところどころ錆びたような色がある。

片側の端は斜めに切られているようにも見え、もう片側はただの筒のように開いている。


飾りはない。

照準器もない。

引き金もない。

エネルギー炉もない。

人間が兵器に求める威圧感のようなものが、何一つない。


ただの鉄パイプ。


ホームセンターの資材置き場にあっても、誰も気にしないようなもの。


康生は、困ったようにアオイを見た。


「鉄パイプじゃん」


「外形は、鉄パイプに類似しています」


「類似っていうか、鉄パイプじゃん」


「外形は」


「外形以外は?」


アオイは遮蔽筒を見る。


「見ない方がよいものです」


「そういう返し、やめてほしい」


「必要です」


表示が浮かぶ。


――保管対象。

――TACHYON-LANCE prototype unit.

――略称、T-LANCE。

――分類、対侵入兵器。

――外部領域由来構造体。

――材質分析、鉄系合金。

――内部構造、単純円筒。

――質量、安定。

――位相境界、非連続。

――照射軸、空間座標に固定されない。

――対象指定、禁止。

――起動、禁止。

――使用、禁止。


康生は表示と鉄パイプを交互に見た。


「材質分析、鉄系合金って出てるぞ」


「はい」


「ほんとに鉄じゃん」


「材質としては鉄系合金です」


「じゃあ、何が違うんだよ」


「存在の仕方です」


康生は黙った。


「存在の仕方」


「はい」


アオイが言う。


「物質としては単純な筒です。しかし、空間的な連続性が通常物質と一致しません」


「分かりやすく」


「鉄パイプの形をした、射線の穴です」


康生は、思わず一歩下がった。


「穴?」


「比喩です」


「比喩でも嫌だ」


「はい」


相馬が端末を確認する。


「外部領域由来構造体、という表示があります。これは、作ったのが人間ではないという意味ですか」


「不明です」


アオイが答える。


「エリア51側ログでは、由来を外部領域と記録しています。ただし、完全な人工物か、外部構造片を兵器として利用したものかは不明です」


康生は遮蔽筒の中の鉄パイプを見る。


宇宙人の兵器。


そう言えば派手に聞こえる。

だが、目の前にあるのは鉄パイプだ。


人間の美的感覚では、兵器はもっと兵器らしい形をしている。

握る場所。

狙う場所。

威嚇する外装。

意味のある輪郭。


けれど、これは違う。


ただ、筒。


向ける。

通す。

壊す。


それだけ。


「美的センス、ないな」


康生が言う。


アオイが少しだけ首を傾げる。


「美的センスですか」


「いや、なんかさ。人間ならもっと、こう、兵器っぽくするだろ」


「外部領域由来設計に、人間の威圧表現は不要です」


「機能だけ?」


「はい」


「目的だけが形になった?」


「近い表現です」


麻生が静かに言う。


「飾らぬ刃ほど、恐ろしいものですな」


「刃っていうより、水道管に見えますけどね」


「水道管で世界を傷つけるなら、なお恐ろしい」


「それはそう」


表示が次へ進む。


――T-LANCE実体記録。

――発見経緯。

――外部領域接続試験後、第三区画に出現。

――初期観測時、単純鉄系円筒。

――回収時、周辺空間に射線状位相欠損。

――格納後、Sample-07との相関確認。

――Sample-09事故後、軸形成安定性上昇。

――対侵入兵器計画へ転用。


康生は目を細めた。


「出現って」


「試験後に現れたようです」


アオイが答える。


「作ったんじゃなくて?」


「人間側が製造した記録はありません」


「じゃあ拾ったのか」


「はい。より正確には、外部領域接続試験後に現れた構造体を回収し、兵器として転用しました」


「拾うなよ」


「同意します」


相馬が低く言う。


「外から来たものを、使えるから使った」


「はい」


アオイが答える。


「それがT-LANCE計画の実体のようです」


康生は遮蔽筒を見た。


ただの鉄パイプにしか見えないもの。


けれど、これは誰かが作った最新兵器ではない。

人間が生み出した力でもない。

外部領域から現れた何かを、使えるからと拾い、試し、撃った。


「拾った棒で殴ったら、世界が割れたみたいな話か」


「比喩としては乱暴ですが、方向性は近いです」


「近いのかよ」


「はい」


新しいログが開く。


――T-LANCE初期射線試験。

――対象、外部侵入個体。

――場所、第三区画隔離室。

――結果、対象消失。

――通常破壊痕、なし。

――熱反応、軽微。

――衝撃波、なし。

――位相境界損傷、あり。

――周辺空間不安定化、あり。

――再使用、要審査。


映像が表示された。


隔離室。

白い壁。

床に黒い染みのようなもの。

その中央に、小型の侵入個体がいる。


形ははっきりしない。

節足動物のようにも、魚の骨のようにも見える。

輪郭が揺らぎ、映像処理が追いつかない。


隔離室の外で、研究者たちがT-LANCEを固定台に載せている。


映像の中のT-LANCEも、やはり鉄パイプだった。


誰かが言う。


「軸形成、開始」


「対象指定」


「T-LANCE反応」


「照射ではない。貫通経路が形成されている」


「撃て」


次の瞬間、画面が白くなった。


音はほとんどない。


爆発もない。

火もない。

衝撃波もない。


ただ、白い線が一瞬だけ隔離室を貫き、侵入個体が消えた。


倒れたのではない。

燃えたのでもない。

破裂したのでもない。


最初からそこにいなかったように、消えた。


康生は言葉を失った。


映像の中で、研究者の声がする。


「対象、消失」


「排除確認」


「有効だ」


「通常物理破壊ではない」


「問題ない。消えた」


「隔離室の壁面に位相損傷」


「後で評価する」


「対象は消えた」


映像が止まる。


康生は、ようやく息を吐いた。


「強すぎる」


「はい」


アオイが答える。


「対侵入兵器としての効果は高いです」


「これなら、クリーチャーも」


「康生」


アオイの声が鋭くなった。


康生は口を閉じる。


右手の端末が点滅していた。


――右構成部監視タグ。

――緊急時自動開放傾向、微弱上昇。


「ごめん。考えた」


「はい」


「使わない」


「はい」


「力を見つけても、使う理由にはならない」


「良い回答です」


康生は遮蔽筒から視線を外した。


危ない。


本当に危ない。


映像を見た瞬間、思ってしまった。


これなら、太平洋の中継巣も消せるのではないか。

これなら、空間位相傷に伴う何かも壊せるのではないか。

これなら、誰かを守れるのではないか。


そう思ってしまった。


だから禁忌なのだ。


使えるから。


あまりにも、使えてしまうから。


アオイがログを進める。


――副作用評価。

――照射地点周辺、位相境界損傷。

――空間不安定化、局所。

――外部領域接続面への微弱干渉。

――重力歪み、微弱上昇。

――地殻応力への影響、未評価。

――火山性活動への影響、未評価。

――海底使用時影響、未評価。

――大規模巣核への使用、未評価。

――再使用、非推奨。


康生は表示を見た。


「未評価が多い」


「はい」


「なのに、使った?」


「記録上、複数回の限定使用があります」


「最悪だな」


「はい」


次の記録が開く。


――T-LANCE限定運用記録。

――対象、外部侵入個体群。

――対象、変異巣小規模核。

――対象、海上浮遊巣片。

――結果、対象消失。

――副作用、位相境界損傷。

――副作用、局所重力異常。

――副作用、熱異常。

――備考、長期評価未完了。


相馬が顔をしかめる。


「海上で使っている」


「はい」


アオイが答える。


「海上浮遊巣片への限定使用記録があります」


「太平洋中継巣への適用可能性は」


アオイは、すぐに答えなかった。


康生が見る。


「アオイ」


「理論上は、対象排除に有効である可能性があります」


「でも」


「使用禁止です」


「だよな」


「特に海上、海底、火山帯周辺での使用は危険です。副作用評価が不完全です」


「ハワイ近海って」


「火山列島です」


康生は目を閉じた。


「つまり、帰りにあの中継巣が邪魔になっても」


「使用禁止です」


「即答」


「必要です」


麻生が静かに言う。


「人は、使えるものを見つけると、使わぬ理由を忘れます」


「今、忘れかけました」


康生は素直に言った。


「はい」


アオイが答える。


「だから、見張ります」


「頼む」


「見張ります」


その言い方が、少しだけ違った。


単なる管理ではない。

単なる警告でもない。


アオイは、本気で康生を見張るつもりなのだ。


康生が、力を使う側にならないように。


エリア51の人間たちと同じにならないように。


表示がさらに切り替わる。


――T-LANCE保管状態。

――物理封印、劣化。

――位相遮蔽、劣化。

――起動系、遮断維持。

――照準系、無効。

――外部搬出、非推奨。

――ただし、保管庫封印維持率低下。

――推奨、再封印または安全搬出。

――管理者権限、不在。

――読取権限保持者による暫定判断を要求。


康生は嫌な顔をした。


「出た。判断を要求」


「はい」


相馬が表示を読む。


「このまま置いておくと、封印が劣化する。だが、搬出も非推奨」


「どうしろって言うんだ」


康生が言う。


アオイが答える。


「保管庫封印が劣化しているため、放置すれば外部影響が拡大する可能性があります。一方で、搬出すれば移動中の事故、誤起動、対象認識の危険があります」


「どっちも駄目じゃん」


「はい」


「最悪だな」


「はい」


相馬が考える。


「この施設を再封印できますか」


――再封印機能、部分残存。

――位相遮蔽補強材、不足。

――電源、低下。

――長期封印、不可。

――短期安定化、可能。

――追加処理には外部電源および三沢監視網同期が必要。


「短期安定化はできる」


相馬が言う。


「ただし、長期封印は無理」


アオイが頷く。


「三沢監視網へ接続し、保管庫異常を監視項目に追加できます。ただし、制御接続は開きません」


「ここも見るだけか」


康生が言う。


「はい」


「見張る場所が増えるな」


「必要です」


千田が記録を取りながら言う。


「搬出しない場合、ここへ戻る必要があります」


「ですよね」


「搬出する場合、靴下どころではありません」


「そこは俺も分かります」


麻生が穏やかに言う。


「危ういものは、手元に置いても、遠くに置いても危ういものですな」


「正論が重い」


康生は遮蔽筒の中の鉄パイプを見る。


こんなものを、ここに置いていくのか。


それとも、持ち出すのか。


持ち出せば、使えてしまう。

置いていけば、封印が壊れるかもしれない。


どちらも危険だ。


アオイが言う。


「現時点での推奨は、短期安定化です」


「持ち出さない?」


「はい。保管庫を補強し、三沢監視網に監視項目として追加します」


「でも、長期は無理」


「後で再判断が必要です」


「嫌な宿題だな」


「はい」


相馬が頷く。


「短期安定化を実施。搬出はしない。三沢監視網へ情報を送る。T-LANCEの使用は禁止」


「了解」


アオイが端末操作を始める。


――T-LANCE保管庫、短期安定化処理。

――位相遮蔽、補助同期。

――三沢暫定監視網、監視項目追加準備。

――保管対象、TACHYON-LANCE prototype unit.

――異常項目、位相境界漏出。

――異常項目、軸形成前兆。

――異常項目、外部領域接続反応。

――異常項目、対象認識反応。

――制御権限、接続しない。

――監視のみ。


康生は表示を見る。


「三沢、大忙しだな」


「はい」


アオイが答える。


「ですが、三沢は見る場所です」


「ここは試した場所」


「はい」


「試した場所を、見張る場所に繋ぐ」


「はい」


相馬が静かに言った。


「七百年前にできなかったことです」


その言葉で、部屋が少しだけ静かになった。


三沢は、ここを見張りきれなかった。

エリア51は、三沢に全部見せなかった。

だから、試験は進み、事故は起き、Sample-09は失われた。


今は違う。


完全ではない。

遅すぎるかもしれない。

精度も足りない。


だが、少なくとも隠さない。


アオイが処理完了を告げる。


――短期安定化、完了。

――保管庫封印、暫定維持。

――三沢監視網への監視項目、追加準備完了。

――T-LANCE、起動なし。

――照準なし。

――軸形成なし。

――使用なし。


康生は胸を撫で下ろした。


「よし」


「良い結果です」


「何もしてないけど」


「使用しなかったことが結果です」


「またそれか」


「重要です」


その時、保管庫の表示が一度だけ乱れた。


遮蔽筒の中の鉄パイプが、ほんの一瞬だけ別のものに見えた。


鉄パイプではない。


長い影。

筒ではなく、穴。

穴ではなく、どこかへ伸びる道。

向けた先にあるものを消すのではなく、向けた先とどこかを繋いでしまうような、細い裂け目。


康生は反射的に目を逸らした。


右手の監視タグが点滅する。


――緊急時自動開放傾向、微弱上昇。

――受電経路形成前兆、なし。


アオイが言う。


「康生」


「見ない。使わない。考えない」


「良い回答です」


「今の、見えた?」


「映像記録にも一瞬の位相重畳があります」


「つまり、本当に見えた」


「はい」


「ただの鉄パイプじゃないな」


「はい」


「でも、ただの鉄パイプに見える」


「それが危険です」


康生は頷いた。


怖いものは、怖い姿をしていてくれた方がいい。


分かりやすく禍々しければ、近づかずに済む。

誰が見ても危険だと分かれば、触れずに済む。


だが、これは違う。


ただの鉄パイプに見える。

拾えそうに見える。

運べそうに見える。

使えそうに見える。


だから危ない。


読取台が、保管庫実体記録の最後を表示する。


――T-LANCE総合評価。

――対象排除性能、極めて高。

――通常防衛火器を上回る。

――外部領域由来存在への有効性、確認。

――変異巣核への有効性、確認。

――副作用評価、不完全。

――位相境界損傷、確認。

――空間不安定化、確認。

――地殻応力変動、未評価。

――火山性活動誘発、未評価。

――海洋使用時影響、未評価。

――外部領域接続悪化、可能性。

――結論。

――禁忌兵器として封印。

――再使用禁止。


康生は最後の行を見た。


再使用禁止。


だが、エリア51は使っていた。

必要だと思えば、使った。

都市が落ちるから。

侵入個体を排除するため。

巣を消せるから。

勝てるから。


理由はいくらでもある。


使う理由は、いつだって用意できる。


だから、禁止が必要なのだ。


「アオイ」


「はい」


「これ、もし俺が使うって言ったらどうする」


アオイは、すぐに答えた。


「止めます」


「どうやって」


「可能な全手段で」


康生は少しだけ笑った。


「怖いな」


「はい」


「でも、それでいい」


「はい」


相馬が保管庫の退出を指示する。


「確認終了。全員、記録照合室へ戻ります。保管庫封印を維持。以後、T-LANCEに関する判断は三沢監視網統合後に行う」


「了解」


一行は保管庫を出る。


康生は最後に、遮蔽筒の中の鉄パイプを見た。


見た目は本当に、ただの鉄パイプだった。


錆びて、黒ずんで、何の威圧感もない。

七百年前の地下に、間違って置き忘れられた資材のようにしか見えない。


けれど、表示は言っていた。


接触禁止。

照準禁止。

起動禁止。

使用禁止。


康生は扉が閉まるまで、その言葉だけを見ていた。


隔壁が重い音を立てて閉じる。


白い光が消える。

赤い誘導線だけが残る。


記録照合室へ戻ると、読取台に新しい表示が浮かんでいた。


――エリア51取得情報。

――外部領域接続試験記録、取得。

――変異位相格納庫照合、取得。

――Sample-09追跡ログ、取得。

――空間位相傷との関連候補、取得。

――T-LANCE実体記録、取得。

――T-LANCE短期安定化、完了。

――三沢監視網統合、準備完了。


相馬が言う。


「必要な情報は揃いました」


康生は奥の隔壁を見る。


外部領域接続試験区画。

変異位相格納庫。

対侵入兵器保管庫。


どれも、もう一度見たい場所ではなかった。


「帰れる?」


「はい」


アオイが答える。


「ただし、帰路にも太平洋中継巣があります」


康生は顔をしかめた。


「忘れたかった」


「忘れてはいけません」


「だよな」


アオイは静かに言う。


「T-LANCEは使用禁止です」


「まだ何も言ってない」


「考える可能性があります」


「あるな」


「だから、先に言います」


康生は頷いた。


「使用禁止。見る。警告を聞く。使えるからって使わない」


「良い回答です」


読取台の赤い光が、少しずつ弱くなっていく。


エリア51は、試した場所だった。


外部領域に触れ。

場所の傷を捕まえ。

消えなかった傷を取り逃がし。

外から来た鉄パイプを、兵器として使った。


そして、そのすべてを黒区画に隠した。


康生たちは、それを見た。


使うためではない。


使わないために。


地下の赤い誘導線が、出口へ向かって伸びている。


砂漠の上には、青い空があるはずだった。

そのさらに向こうには、戻ってくる傷がある。


そして帰り道には、まだ太平洋中継巣が残っている。


康生は右手を見ずに、出口の方を向いた。


禁忌兵器は、ただの鉄パイプの姿で、白い保管庫の中に残された。


使えば、消せる。


だからこそ、使ってはいけない。

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