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規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第九章 エリア51編

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第九十六話 黒い実験ログ

黒区画ログは、すぐには開かなかった。


読取台の上で、赤い表示だけが点滅している。


――黒区画ログ。

――開示準備中。

――警告。

――当該記録には、意図的な外部領域接続、変異位相帯保管、対侵入兵器試験が含まれます。

――閲覧者の精神的負荷、非評価。

――施設管理者、不在。

――読取権限、三沢観測防衛基地参照コードにより限定承認。


康生は表示を見て、眉を寄せた。


「精神的負荷、非評価って何だよ」


「閲覧後の心理的影響を評価していない、という意味です」


アオイが答える。


「親切じゃないな」


「この施設に親切さは期待しないでください」


「もうしてない」


相馬が読取台の前に立つ。


「端末読取のみで進めます。接続はしない。康生さんは読取台に触れないでください」


「はい」


アオイがすぐに確認する。


「右手、左接続、どちらも使用しません」


「はい」


「警告を聞いてください」


「聞く」


「良い回答です」


康生は両手を身体の前で組もうとして、やめた。


右手に触れるのも嫌だった。


代わりに、左手だけを椅子の背に置く。


読取台が低く唸った。


部屋の照明が一段落ちる。

赤い誘導線が床を細く照らし、壁面端末に古い文字列が流れ始めた。


――BLACK RANGE LOG.

――GROOM LAKE PHASE TEST RANGE.

――CLASSIFIED EXPERIMENTAL ARCHIVE.

――Phase Interface Trial.

――External Domain Contact Trial.

――Variable Phase Band Capture.

――Orbital Beam Path Diversion Test.

――Counter-Intrusion Lance Program.


康生は最後の行で目を止めた。


「カウンター、イントルージョン、ランス」


「対侵入槍計画、または対侵入兵器計画と訳せます」


アオイが言った。


「T-LANCE?」


「関連の可能性が高いです」


「断定しないんだな」


「まだ資料全体を確認していません」


「はい」


画面が切り替わる。


最初に表示されたのは、実験概要だった。


――目的。

――外部領域由来反応の再現性確認。

――変異位相帯の捕捉および封入。

――軌道照射経路を用いた位相境界干渉。

――侵入個体に対する遠隔排除手段の検証。

――備考。

――地上側観測は三沢観測防衛基地と部分同期。

――三沢側には試験目的の全容を開示せず。


康生は、しばらく黙った。


それから、言った。


「三沢には、全部言ってなかったのか」


「はい」


アオイの声も硬い。


「三沢は監視側でしたが、試験目的の全容を知らされていなかった可能性があります」


相馬が拳を握る。


「三沢は警告を出していた。ここは、その裏で試していた」


麻生が目を細めた。


「見張る者に、見せぬまま」


「最悪だな」


康生は呟いた。


「はい」


アオイは短く答えた。


ログが進む。


古い映像が壁面に映った。


砂漠の夜。

滑走路の端。

地下から伸びる照射塔。

遠くの山影。

空には、受電光環の淡い輪がある。


七百年前のエリア51。


映像は荒れている。

色も欠けている。

だが、そこにいた人間たちの動きは分かった。


白い防護服。

黒い軍服。

端末に並ぶ研究者。

隔壁越しに見つめる兵士。


音声ログが再生される。


「照射経路、同期確認」


「受電光環第三外縁、安定」


「三沢側観測、通常監視状態」


「外部位相場、微弱反応」


「試験を開始する」


康生は口を開きかけたが、言葉が出なかった。


試験を開始する。


その一言が、あまりにも普通だった。


人が何かを壊す時、いつも叫んでいるわけではない。

怒鳴っているわけでもない。

悪意をむき出しにしているわけでもない。


淡々と、手順を読む。


それが一番嫌だった。


画面の中で、照射塔が起動する。


光は細い。

太くない。

派手でもない。


空から降りる光と、地上から伸びる細い線が重なり、砂漠の上の一点で止まった。


その一点の周囲で、空気が歪む。


いや、空気ではない。


場所そのものが、薄く折れた。


康生は思わず息を止める。


「これ」


「位相境界干渉です」


アオイが言う。


「三沢の空間位相傷と似てる?」


「類似成分があります。ただし、規模は小さい」


「小さくてこれかよ」


画面の中で、研究者の声が重なる。


「反応確認」


「外部領域側、微弱接触」


「接続維持、二秒」


「三秒」


「四秒」


別の声。


「三沢から問い合わせ」


「通常変動と返答しろ」


「了解」


康生は奥歯を噛んだ。


「嘘ついてる」


「はい」


アオイが答える。


「三沢は異常を検知していた可能性があります」


「で、ここは通常変動って返した」


「そのようです」


相馬の声が低くなる。


「三沢が止められなかった理由の一つか」


画面が乱れる。


砂漠の一点が、黒く滲んだ。


穴ではない。

影でもない。

そこに何かがあるというより、そこだけ世界の処理が間違っているように見える。


次の瞬間、黒い滲みが細く伸びた。


研究者の声。


「接続、拡大」


「外部圧、上昇」


「閉じろ」


「待て。反応を取れ」


「閉じろと言っている」


「サンプル化可能だ」


「制御範囲を超える」


「まだいける」


康生は思わず言った。


「やめろよ」


映像の中の人間には届かない。


黒い滲みが捻れ、白い火花のようなものを吐いた。


隔壁警報が鳴る。


「位相帯、分離」


「捕捉容器を前へ」


「封入しろ」


「生体反応なし」


「外部構造片、採取可能」


「Sample-07として記録」


アオイが静かに言う。


「Sample-07の取得記録です」


康生は、さきほど格納庫で見た何もない容器を思い出した。


場所の傷を、容器に入れている。


あれは、こうして取ったものだった。


「成功した、みたいな扱いなんだな」


「はい」


「失敗にしか見えないけど」


「この時点では、試験側は成果として扱っています」


「最悪だ」


「はい」


ログが切り替わる。


――Phase Interface Trial 07.

――結果、部分成功。

――外部領域境界面への短時間接続。

――変異位相帯分離片の封入に成功。

――Sample-07、格納庫へ移送。

――問題点、三沢観測防衛基地からの照会増加。

――対応、通常変動として処理。


康生は表示を見つめた。


「成果って書いてる」


「はい」


「これを成果って呼ぶのか」


「試験目的に対して、一部条件を満たしたためです」


「合理的ってやつか」


「はい」


「嫌いになりそうって言ったけど、もう嫌いだ」


アオイは何も言わなかった。


次のログが開く。


――Orbital Beam Path Diversion Test.

――受電光環第三外縁を用いた照射経路偏向試験。

――目的、外部領域境界面への安定照射。

――副目的、対侵入兵器軸形成補助。

――三沢側同期、限定。

――警告、非公開。


相馬が画面へ一歩近づいた。


「受電光環を、本当に試験に使っていたのか」


「はい」


アオイが答える。


「本来の受電、エネルギー供給、軌道集束照射系とは別目的で、経路を偏向しています」


康生は言う。


「大きな光の道を、別の目的に使った」


「はい」


「しかも三沢に隠して」


「はい」


映像が出る。


軌道上の模式図。

受電光環。

第三外縁。

照射経路。

地上のネバダ試験区域。

そして、別の方向へ逸れようとする細い線。


音声。


「第三外縁、同期」


「地上側位相場、待機」


「外部境界面、再形成」


「照射経路、偏向開始」


「三沢から重力歪み警告」


「無視しろ。試験範囲内だ」


「三沢から再送」


「記録だけ返せ」


画面の中で、照射経路が曲がる。


本来なら、直線であるはずのものが、空間の歪みに沿ってゆっくり曲がっていく。


それは、光が曲がるというより、光の通る場所が曲がっているように見えた。


アオイが言う。


「時空歪みに経路を乗せています」


「波乗りみたいな?」


康生が聞く。


「近い表現です。ただし、制御が不完全です」


「そりゃそうだろ」


映像の中で、警告が増える。


「経路固定不能」


「第三外縁、負荷上昇」


「地上位相場、反応過大」


「外部境界面、保持できません」


「中止」


「まだだ。軸が出る」


「中止しろ」


「T-LANCE軸形成、確認前だ」


康生はその言葉に反応した。


「出た」


「はい」


アオイが答える。


「T-LANCE軸形成試験です」


「まだ兵器本体は?」


「このログでは確認できません。軸形成補助の段階です」


「軸って何」


「照射方向、破壊経路、または外部領域由来構造体を用いた射線の固定と推定します」


「分かりやすく」


「撃つための道を作っています」


「最悪だな」


「はい」


画面の中で、照射経路が突然ぶれた。


第三外縁の模式図に赤い亀裂が入る。


警告音。


「第三外縁、破断兆候」


「照射経路逸脱」


「地上側へ落とせ」


「できません」


「外部歪みに同期しています」


「三沢から緊急停止勧告」


「止めろ」


「止まりません」


「切り離し」


「切り離し信号、通りません」


康生は、三沢で見た軌道監視記録を思い出した。


同じ声ではない。

同じ場所でもない。


だが、出来事は繋がっている。


三沢では、外側から見ていた。

ここでは、内側から見ている。


照射経路が歪みに乗って逸れる。

第三外縁が破断する。

位相帯が外宇宙側へ流れる。


その始まりが、ここにあった。


画面が白く乱れる。


次の表示。


――事故発生。

――受電光環第三外縁、部分破損。

――照射経路、制御不能。

――位相帯、外宇宙側へ流出。

――Sample-09、分離確認。

――封入失敗。

――追跡不能。

――三沢観測防衛基地から緊急照会。

――応答、遅延。


康生は声を落とした。


「Sample-09」


「はい」


アオイが言う。


「格納庫で所在不明だったサンプルです」


「取れなかったのか」


「はい。分離は確認されていますが、封入に失敗しています」


「外宇宙側へ流れた」


「その可能性が高いです」


相馬が表示を睨む。


「空間位相傷との関連候補」


「はい」


アオイが頷いた。


「三沢の現在観測した空間位相傷と、Sample-09の位相成分は照合候補です」


「つまり、七百年前に取り逃がした場所の傷が、今戻ってきてるかもしれない」


康生が言う。


アオイは少しだけ間を置いた。


「現時点では、可能性です」


「可能性でも、最悪だ」


「はい」


ログはまだ続く。


事故の直後、映像はひどく乱れていた。


研究者が走っている。

警報灯が赤く回る。

隔壁が閉まる。

何かが床を這うように動いた。


生き物かどうか分からない。

影かもしれない。

映像の乱れかもしれない。


だが、防衛隊員たちが一斉に身構えた。


アオイが言う。


「生体反応記録、検出」


「この時点で?」


「はい」


音声。


「外部侵入反応」


「どこからだ」


「接続面です」


「閉じたはずだ」


「閉じていません」


「隔離しろ」


「第三区画、応答なし」


「何が入った」


「見えません」


「見えないなら撃てない」


「T-LANCEは」


「まだ使えない」


「なら通常火器で止めろ」


銃声が入る。


短い悲鳴。

金属が裂ける音。

警報。


映像が途切れ、次の記録へ飛ぶ。


――External Domain Contact Trial.

――事故後評価。

――侵入個体、小型複数。

――通常火器、有効性限定。

――接続面閉鎖、不完全。

――変異位相帯残留。

――Sample-07、保管継続。

――Sample-09、追跡不能。

――対侵入兵器計画、優先度上昇。


康生は目を閉じた。


「入ってきたんだな」


「はい」


アオイが答える。


「この施設は、外部領域由来存在の初期侵入を記録しています」


「それでも、計画を続けた?」


「ログ上では、対侵入兵器計画の優先度を上げています」


「やめるんじゃなくて?」


「はい」


康生は乾いた笑いを漏らした。


「火事を起こしたから、もっと強い火炎放射器を作ろう、みたいな話か」


「比喩としては近いです」


「近いのかよ」


麻生が低く言う。


「人は、自分で開けた穴を、自分の力で塞げると思いたがるものですな」


誰も否定しなかった。


黒区画ログは、さらに深い部分を開く。


――Counter-Intrusion Lance Program.

――目的。

――外部領域由来存在の遠隔排除。

――変異位相帯を用いた射線固定。

――軌道照射経路を用いた高精度照準。

――外部領域境界面への干渉。

――試験名、TACHYON-LANCE.

――略称、T-LANCE.


康生はその表示を見た。


タキオン。


名前だけは、未来の技術らしく響く。

だが、ここに並ぶ文字は、まったく輝いていない。


「タキオンランス」


「はい」


アオイが言う。


「後年の記録では、タキオン砲と呼称される兵器群の原型または同系統と推定されます」


「砲っていうより槍なのか」


「初期分類はLANCEです。射線を形成し、対象を貫く概念に近いと推定されます」


「使った記録は?」


「このログでは、初期試験のみです。本格運用記録は別区画にあります」


「対侵入兵器保管庫?」


「関連の可能性があります」


康生は奥の隔壁を見る。


対侵入兵器保管庫。


まだ開けていない扉。


そこに何かがある。


資料だけなのか。

現物なのか。


この時点では、まだ分からない。


ただ、嫌な確信だけがあった。


「アオイ」


「はい」


「これ、使っちゃ駄目なやつだろ」


アオイはすぐに答えた。


「はい」


「資料の段階で?」


「はい」


「理由は」


表示が切り替わる。


――T-LANCE初期試験評価。

――対象排除性能、高。

――外部領域由来存在への有効性、確認。

――副作用。

――位相境界損傷。

――照射経路周辺の空間不安定化。

――重力歪み、微弱増加。

――地殻応力変動、未評価。

――火山性活動への影響、未評価。

――外部領域接続面への影響、未評価。

――再使用、要審査。


康生は表示を読み、低く言った。


「未評価が多すぎる」


「はい」


アオイの声は冷たい。


「評価しないまま、次へ進んでいます」


「またそれか」


次の音声が再生される。


「T-LANCEは有効だ」


「対象は消えた」


「接続面への影響は」


「後で評価する」


「照射点周辺の位相境界が乱れている」


「侵入個体の排除が優先だ」


「これを使えば、巣ごと消せる」


「副作用が不明だ」


「使わなければ都市が落ちる」


「三沢に報告を」


「必要ない。彼らは止める」


短い沈黙。


別の声が言った。


「止めるのが、正しいのでは」


誰も答えなかった。


ログはそこで一度途切れた。


康生は胸の奥が重くなるのを感じた。


三沢は止めようとしていた。


エリア51は、止められることを恐れて隠した。


どちらも人間だった。


止めようとした者。

試した者。

使えば助かると思った者。

副作用を後回しにした者。

報告すれば止められると分かっていた者。


「悪人だけじゃないんだろうな」


康生が言う。


「はい」


アオイが答えた。


「都市が落ちる、侵入個体を排除する、という目的自体は防衛行動です」


「でも、隠した」


「はい」


「未評価で進めた」


「はい」


「止める人間を遠ざけた」


「はい」


「じゃあ駄目だ」


「はい」


相馬が静かに頷いた。


「防衛の名目で、監視を外した時点で危険です」


麻生が言う。


「力を持つ者ほど、見られることを嫌ってはならぬのでしょう」


康生は右手を見た。


布の下にある、自分の危険な力。


監視タグ。

アオイの警告。

三沢の眼。


それらを、鬱陶しいと思ったことはある。

今も、少し思う。


だが、見られないまま使う方が、ずっと怖い。


「俺も、隠したら同じか」


康生が呟く。


アオイが答える。


「隠す前に、私が見ます」


「頼もしいけど怖い」


「必要です」


「はい」


読取台が最後の表示を出す。


――黒区画ログ、第一群開示完了。

――判明事項。

――外部領域接続試験は意図的に実施。

――変異位相帯Sample-07は試験により取得。

――Sample-09は軌道照射経路逸脱事故時に分離、封入失敗。

――Sample-09は外宇宙側へ流出した可能性。

――T-LANCE計画は事故後に優先度上昇。

――T-LANCE初期試験で対象排除性能を確認。

――副作用評価、不完全。

――関連記録、二件。


表示が切り替わる。


――関連記録一。

――空間位相傷追跡ログ。

――開示可能。


――関連記録二。

――T-LANCE保管庫実体記録。

――開示制限。

――現地確認、必要。


康生は、二つの表示を見た。


空間位相傷追跡ログ。


T-LANCE保管庫実体記録。


「次は、戻ってくる傷か」


アオイが頷く。


「はい。Sample-09と現在の空間位相傷の照合が必要です」


「その次が、T-LANCE」


「はい」


「現地確認、必要って出てるけど」


「危険です」


「だよな」


「ただし、資料だけでは判断できない可能性があります」


「つまり、見るしかない」


「はい」


康生は奥の隔壁を見た。


外部領域接続試験区画。

変異位相格納庫。

対侵入兵器保管庫。


その奥に、七百年前に試したものが残っている。


三沢は警告を残した。

エリア51は、実験を残した。


その実験は、まだ終わっていない。


なぜなら、Sample-09は戻ってきているかもしれないからだ。


読取台の赤い光が、康生の顔を照らす。


「じゃあ、見よう」


康生は言った。


「戻ってくる傷を」


アオイが静かに答える。


「はい。使う前に、見ます」


赤い誘導線の先で、次の記録が開こうとしていた。

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