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規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第九章 エリア51編

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第九十四話 エリア51

エリア51は、思っていたより何もなかった。


少なくとも、地上から見える範囲では。


砂に埋もれたフェンス。

倒れた監視塔。

ひび割れた滑走路。

半分崩れた格納庫。

乾いた湖底のような白い平面。

遠くの山影。


それだけだった。


康生は車両の窓越しに、その景色を見ていた。


「もっと、こう」


「こう、とは」


アオイが聞く。


「秘密基地っぽいものがあるのかと」


「十分に秘密基地跡です」


「いや、なんか地下から砲塔が出るとか、変なアンテナがいっぱいあるとか」


「外から見える秘密基地は、秘密基地として不適切です」


「正論だけど夢がない」


「夢を見る場所ではありません」


康生は少し黙った。


確かに、ここは夢を見る場所ではない。


七百年前、何かを試した場所。

三沢が見張っていた異常の、一次記録が残っているかもしれない場所。

外部領域接続試験。

変異位相帯サンプル保管庫。

軌道照射経路逸脱ログ。


名前だけで、十分に嫌だった。


車両は砂を巻き上げながら、旧フェンスの手前で止まった。


防衛隊員が降り、周囲を確認する。


「大型反応なし」


「小型反応、遠方に散発」


「旧自動防衛機構、現在応答なし」


「地下区画から低電力反応あり」


相馬が端末を見ながら頷く。


「外縁確認。三沢参照コードを送る」


車両の前方、砂に半分埋もれた認証柱があった。


錆びた金属。

読めない警告文。

弾痕のような穴。

その下で、古いセンサーがまだ沈黙している。


相馬が三沢で得た参照コードを送信する。


しばらく、何も起きなかった。


風だけが吹いた。


乾いた風が、砂を低く流していく。

雪の三沢とは違う。

ここでは、音が吸われない。

ただ遠くへ逃げていく。


康生は認証柱を見つめた。


「死んでる?」


「低電力待機状態です」


アオイが答える。


「起きる?」


「可能性があります」


その時、認証柱の根元で、赤い線が一瞬走った。


端末に表示が浮かぶ。


――NEVADA INTEGRATED TEST RANGE.

――GROOM LAKE PHASE TEST RANGE.

――外縁認証端末、低電力起動。

――参照コード、受信。

――照合中。


康生は表示を見た。


「英語だ」


「旧米軍系施設です」


「分かるけど、急に外国感あるな」


「ここは外国です」


「そうだった」


表示が続く。


――参照元、旧三沢統合観測防衛基地。

――権限種別、読取照合。

――入域権限、不完全。

――試験区画管理者、不在。

――保安権限、応答なし。

――外部調査任務、仮受領。


「不完全って出てるぞ」


康生が言う。


「はい」


アオイが答える。


「招待状ではなく、鍵穴の位置が分かっただけです」


「鍵穴に何か差したら、たまたま回った?」


「近い表現です」


「嫌な入り方だな」


「調査です」


「便利な言葉」


認証柱の上部が開き、古いカメラのようなものが康生たちを向いた。


防衛隊員が一斉に構える。


だが、攻撃は来なかった。


表示が切り替わる。


――生体認識、失敗。

――装備規格、照合不能。

――防衛隊識別、未登録。

――外部保守端末候補、検出。

――個体識別、石田康生。

――登録情報、旧式。

――構成差異、多数。

――外部領域接触履歴、未確認。

――右構成部、異常反応可能性。


康生は顔をしかめた。


「ここでも俺か」


「はい」


アオイが即座に言う。


「右手使用は禁止です」


「まだ何もしてない」


「施設側が右構成部に注目しています」


「嫌な施設だな」


「同意します」


認証柱はさらに表示を出した。


――外部保守端末候補。

――位相適応構成、検出不能。

――強制診断、不可。

――観測接続、不可。

――読取案内、限定可能。

――地下試験区画入口へ進んでください。


「強制診断、不可」


康生が言う。


「そこは評価する」


アオイが頷く。


「はい。ただし、試みようとした痕跡があります」


「評価下がった」


「適切です」


フェンスの一部が、低い音を立てて開いた。


錆びた金属が砂を押し、ゆっくりと動く。

七百年分の沈黙を引きずるような音だった。


その先に、旧軍用道路が続いている。


相馬が言った。


「進みます。ただし、全員警戒。地上施設は崩落の危険があります。自動防衛機構が再起動した場合は即時退避」


「即時退避って、どこへ」


康生が聞く。


「車両へ戻ります」


「撃たれながら?」


「撃たれる前に戻るのが理想です」


「理想ですね」


アオイが静かに言う。


「理想に寄せて行動してください」


「はい」


車両はフェンスを越えた。


立入禁止の標識が、傾いたまま残っている。


――RESTRICTED AREA.

――AUTHORIZED PERSONNEL ONLY.

――USE OF DEADLY FORCE AUTHORIZED.


康生はそれを横目で見た。


七百年前の警告。

今でも嫌な圧がある。


だが、本当に怖いのは標識ではない。


標識の奥に、何を隠していたかだ。


旧滑走路を横切る。


砂に埋もれた誘導灯。

白く乾いた湖底。

熱で揺れる地平線。

遠くに見える低い格納庫。


三沢の滑走路は雪で隠れていた。

ここは砂で削られている。


雪は覆う。

砂は削る。


どちらも、過去をそのままには残さない。


だが、消しはしない。


車両は格納庫跡の脇を通った。


格納庫の中には、何もないように見えた。

ただ広い影。

崩れた天井。

床に積もった砂。


けれど、アオイがそこで顔を向けた。


「微弱な位相揺らぎがあります」


「どこに?」


「格納庫内部。壁面奥」


康生は黒い影を見る。


何も見えない。


「見えないな」


「はい」


「ある?」


「あります」


見えないだけで、ある。


三沢からずっと、その繰り返しだった。


相馬が端末を確認する。


「本命は地下です。地上の格納庫は後回しにします」


「入らないんですか」


「現時点では不要です。変異位相残留がある場所に、不用意に近づきません」


アオイが頷く。


「良い判断です」


康生も頷いた。


「見えないものを、見えないまま扱うな」


「はい」


車両は山影の方へ向かった。


黒い入口が近づいてくる。


地面に開いた巨大な口。

防爆扉の残骸。

砂に埋もれたレール。

斜めに地下へ降りる搬入口。


その上に、かすれた文字が残っていた。


――PHASE TEST ACCESS.

――AUTHORIZED RESEARCH PERSONNEL ONLY.

――NO UNSCHEDULED ENTRY.

――NO LIVE FIELD ACTIVATION.


康生は最後の行を見た。


「ライブフィールド、起動禁止?」


アオイが答える。


「稼働中の位相場を起動するな、という意味だと推定します」


「そんなものがあるのか」


「ある、またはあった可能性があります」


「最悪だな」


「はい」


搬入口横の端末が起動した。


――GROOM LAKE PHASE TEST RANGE.

――地下試験区画入口。

――参照コード、確認。

――三沢観測防衛基地、読取権限。

――現地管理者、不在。

――保安AI、低電力待機。

――試験区画、封鎖中。

――記録庫、隔離中。

――変異位相格納庫、封印中。


康生は表示を見て、目を細めた。


「変異位相格納庫」


「ありますね」


アオイが言う。


「ない方に賭けたかった」


「賭けは成立しません」


「でしょうね」


表示が続く。


――警告。

――外部領域接続試験区画、接近禁止。

――変異位相格納庫、接近禁止。

――T-LANCE保管庫、接近禁止。

――管理者権限なし。

――読取権限のみ。

――地下第一層、記録照合室まで案内可能。


康生は一つの表示に引っかかった。


「T-LANCE?」


アオイはすぐに答えなかった。


わずかな沈黙。


康生は嫌な予感がした。


「アオイ?」


「現時点では詳細不明です」


「その沈黙、知ってるやつじゃないの?」


「断定しません」


「嫌な言い方」


相馬が端末を見る。


「まずは記録照合室へ。格納庫や試験区画には入りません」


「入らないんですね」


「まだ、です」


「まだって言った」


「必要なら、後で判断します」


アオイが言う。


「現時点では、記録照合を優先します。康生の右手使用は禁止。接続要求があっても拒否します」


「はい」


「右手が反応した場合、即時退避も検討します」


「はい」


「警告を聞いてください」


「聞く」


アオイが見る。


康生は言い直す。


「警告を聞く。止まれと言われたら止まる。右手は使わない」


「良い回答です」


地下入口の扉が動いた。


三沢の防爆扉よりも、動きが悪かった。

途中で一度止まり、砂を噛み、低い音を立てて再び開く。


暗い斜路が見えた。


中から流れてきた空気は、冷たくなかった。


むしろ、ぬるい。


外の砂漠よりは涼しい。

だが、地下施設特有の冷たさではない。

何かが、長い時間をかけて熱を持ち続けているような空気だった。


康生は眉をひそめる。


「なんか、変な空気」


「微弱な熱源があります」


アオイが答える。


「電源?」


「不明です。低電力反応と、位相残留反応が混在しています」


「位相残留が熱を持つのか」


「通常の熱とは限りません」


「もっと嫌だな」


「はい」


防衛隊員が先行する。


照明は点いていない。

代わりに、壁面の細い誘導線が赤く光った。


三沢の誘導灯は青白かった。


ここは赤い。


康生はその色が嫌だった。


「三沢と違うな」


麻生が言う。


「ええ」


康生は頷く。


「三沢は、起きても静かだった」


「ここは」


麻生は赤い誘導線を見た。


「眠っているふりをしているようですな」


康生は返事をしなかった。


それが、妙に当たっている気がした。


斜路を降りる。


壁は厚い。

だが、三沢のような整った観測施設の壁ではない。


警告表示が多い。

隔壁が多い。

非常停止レバー。

手動遮断盤。

焼け焦げた痕。

内側から叩かれたような傷。


ここは、人が何かを見張るために作った場所ではない。


何かが起きた時、閉じ込めるために作った場所だ。


康生はそのことに気づいて、少しだけ足を遅くした。


アオイが言う。


「康生、歩行速度低下」


「見てた」


「何をですか」


「ここ、逃がさない作りだなって」


アオイは壁を見る。


「はい。隔離設計が多いです」


「やっぱり」


「試験区画としては合理的です」


「合理的って言葉、嫌いになりそう」


「適切な感情です」


第一隔壁に着いた。


扉の横に、古い表示が浮かぶ。


――地下第一層。

――記録照合室。

――読取権限、限定開放。

――試験区画、封鎖維持。

――格納庫、封印維持。

――外部領域接続設備、停止維持。

――警告。

――無許可の位相場起動は、施設全域の隔離対象となります。


「隔離対象」


康生が読む。


「誰が?」


「起動した者、または区画全体でしょう」


アオイが答える。


「怖い」


「はい」


相馬が表示を確認する。


「記録照合室だけ開けます。試験区画には触れない」


端末が応じる。


――読取権限、確認。

――記録照合室、開放。

――入室後、三沢参照コードとの照合を行ってください。

――注意。

――本施設の記録には、非公開試験、外部領域接続、変異位相汚染、対侵入兵器に関する情報が含まれます。


康生は最後の言葉を見た。


「対侵入兵器」


アオイは黙っている。


「それも、嫌なやつ?」


「可能性が高いです」


「T-LANCEと関係ある?」


「断定しません」


「たぶんあるんだな」


アオイは答えなかった。


扉が開く。


中は、広い部屋だった。


三沢の中央管制室ほど大きくはない。

だが、壁一面に古い記録端末が並んでいる。

中央には、円形の読取台。

奥には、分厚い隔壁で閉じられた通路が三つ。


それぞれの上に表示がある。


――外部領域接続試験区画。

――変異位相格納庫。

――対侵入兵器保管庫。


康生は三つの表示を見た。


「全部嫌だ」


「同意します」


アオイが答えた。


「ここ、ほんとに試した場所なんだな」


相馬が静かに言った。


「三沢は、ここを見ていた」


「はい」


アオイが頷く。


「そして、ここで試された何かが、軌道照射経路や空間位相傷と関係している可能性があります」


康生は読取台を見る。


三沢の記録は、警告だった。

止めようとした者たちの声だった。


ここには、何が残っているのか。


試した者たちの記録。

隠した者たちの判断。

触れてはいけないものに、手を伸ばした理由。


「読めるのか」


康生が聞く。


アオイが答える。


「三沢参照コードを使えば、一部は」


「右手は?」


「使いません」


「はい」


「左接続も現時点では不要です。まずは端末読取のみ」


「助かる」


相馬が三沢参照コードを読取台へ送る。


表示が白く変わる。


――参照コード、照合。

――三沢観測防衛基地、読取権限確認。

――欠損記録、照合開始。

――対象一、外部領域接続試験記録。

――対象二、変異位相帯サンプル保管庫。

――対象三、軌道照射経路逸脱ログ。

――対象四、T-LANCE運用制限記録。

――開示準備。


康生は、またその文字を見た。


T-LANCE。


ただの略称のはずなのに、妙に冷たい。


「アオイ」


「はい」


「T-LANCEって、何」


アオイは今度もすぐには答えなかった。


表示を見て、三沢の監視ログと照合し、エリア51側の残存データを確認する。


それから、言った。


「旧記録上の分類では、対侵入兵器です」


「侵入って、クリーチャー?」


「外部領域由来存在を含みます」


「兵器なんだな」


「はい」


「使えるの?」


アオイは康生を見た。


「使うべきかどうかは、別です」


その言葉で、康生はもう十分だった。


嫌なものがある。


まだ見ていない。

まだ触れていない。

資料すら開いていない。


それでも、ここにある。


試した者たちの施設。

変異位相の格納庫。

外部領域接続の記録。

対侵入兵器。


砂漠の地下は、何も隠していないようで、すべてを隠していた。


読取台が低く唸る。


――欠損記録、開示準備完了。

――警告。

――当該記録には、意図的な外部領域接続試験が含まれます。


康生は息を吐いた。


「やっぱり、試してたのか」


誰も、笑わなかった。


赤い誘導線が、部屋の床を淡く照らしている。


三沢が見張っていたもの。


その本体が、ここから始まる。


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