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規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第九章 エリア51編

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第九十一話 太平洋を越える前に

太平洋は、地図で見るより広かった。


中央表示装置に映る海は、ただの青い面ではない。


途切れた航路。

沈んだ中継点。

旧衛星通信の死んだ線。

海棲クリーチャーの活動域。

飛行型クリーチャーの予測進路。

しらぬいの支援可能範囲。

練馬航空整備区画から出せる機材の限界。


それらが重なった太平洋は、青ではなく、赤と黄色の斑模様だった。


康生は表示を見て、しばらく黙った。


「海って、広いな」


「はい」


アオイが答える。


「旧時代と比較しても、現在の太平洋横断は困難です」


「旧時代なら飛行機で行けたんだよな」


「はい。定期航空路が存在しました」


「今は?」


「存在しません」


「ですよね」


相馬が端末を操作する。


三本の航路候補が表示された。


一つ目は、北寄りの航路。

日本列島北東から、旧アリューシャン列島方面を経由し、北米西岸へ回り込む線。


二つ目は、南寄りの航路。

旧南方島嶼群の残存中継点を拾いながら、遠回りする線。


三つ目は、太平洋中央部を横断し、ハワイ近海をかすめて北米西部へ向かう線。


赤い警告が、一番多く出ているのは三つ目だった。


康生はその線を指す。


「これ、危なくない?」


「危険です」


アオイが即答した。


「じゃあ避けよう」


「避けた場合、燃料、補給、通信同期、しらぬい支援範囲の問題が発生します」


「つまり?」


相馬が答える。


「危険ですが、最も現実的です」


「嫌な現実だな」


「はい」


しらぬいの通信が入る。


「こちら、しらぬい。航路評価を共有します」


表示が切り替わる。


――北方航路。

――利点、海棲反応少。

――欠点、気象不安定、旧中継点喪失、補給不可、長距離化。

――評価、非推奨。


――南方航路。

――利点、飛行型反応少。

――欠点、距離過大、熱帯性変異巣複数、燃料不足。

――評価、非推奨。


――中央航路。

――利点、距離最短、しらぬい支援可能、旧通信中継残骸利用可能。

――欠点、ハワイ近海中継巣。

――評価、条件付き推奨。


康生は画面を見る。


「結局、中継巣の近くを通るしかないのか」


「はい」


しらぬいが答える。


「完全接触を避ける航路はあります。ただし、巣の活動域が変動しており、通過時に接近される可能性があります」


「巣って、動くの?」


アオイが補足する。


「巣核そのものは固定されている可能性が高いですが、海棲個体と飛行型個体が広域に展開しています。活動域は潮流、気象、捕食行動、旧中継設備の残存電磁場により変動します」


「分かりやすく」


「巣はそこにあります。周りの連中が動きます」


「分かりやすい」


「覚えます」


相馬が中継巣の情報を拡大する。


表示されたのは、海上の黒い塊だった。


中心に旧通信中継施設らしき残骸。

その下に海底構造物。

周囲に、海棲クリーチャーの反応。

上空には、飛行型の巡回反応。


海と空を繋ぐように、黒い線が伸びている。


――ハワイ近海中継巣。

――旧通信中継設備、巣化。

――海棲大型、複数。

――飛行型中型、小型、多数。

――巣核、詳細不明。

――破壊時影響、不明。

――推奨、接触最小化。


康生は嫌な顔をした。


「これ、放っておいていいやつ?」


「よくはありません」


相馬が答える。


「ですが、今回の目的はエリア51到達です。中継巣の制圧を目的にすると、戦力も時間も足りない」


「倒せそうなら倒す、じゃ駄目?」


「駄目です」


アオイが即答した。


「早い」


「巣核の内部構造が不明です。破壊によって海棲個体が分散する可能性があります。旧中継設備に残る電磁場や位相異常を刺激する可能性もあります」


「壊すにも見る必要がある」


「はい」


「見えないものを、見えないまま扱うな」


「はい」


康生は腕を組んだ。


三沢の言葉が、何度も出てくる。


便利な言葉ではない。

重い言葉だ。


だが、こういう時ほど効く。


目の前に危険なものがある。

通り道を塞いでいる。

できれば壊してしまいたい。


でも、分からないまま壊すと、別の問題が出るかもしれない。


七百年前、それをやった者たちがいた。


三沢はそれを見ていた。


「往路は突破だけ」


康生が言う。


「はい」


アオイが答える。


「殲滅ではありません」


「右手も使わない」


「はい」


「巣核にも手を出さない」


「はい」


「絡まれたら?」


相馬が答える。


「しらぬいと防衛隊が対応します。航空機側は回避優先。必要なら低出力防衛射撃」


「俺は?」


「保護対象です」


アオイが言う。


「荷物に戻った」


「重要保護対象です」


「言い換えただけ」


「はい」


麻生が穏やかに言う。


「大切な荷ですな」


「麻生さんまで」


千田が頷いた。


「荷崩れ防止が必要です」


「俺、もう完全に積み荷じゃん」


少しだけ笑いが起きた。


緊張は消えない。

だが、少しだけ呼吸がしやすくなる。


相馬は次の表示を出した。


――輸送手段案。

――練馬航空整備区画、旧高高度輸送機一機、補助電源起動確認。

――飛行性能、限定。

――航続距離、単独横断不可。

――しらぬいによる海上支援、可能。

――洋上補給、限定可能。

――作業艇、緊急退避用として搭載可能。


康生は表示を読む。


「旧高高度輸送機」


「練馬航空整備区画に残っていた機体です」


相馬が答える。


「完全な航空機ではなく、旧防衛隊の高高度輸送機です。長距離飛行用ですが、七百年放置されています」


「怖い言い方」


「整備区画の技術班が確認中です。飛べると断定はできません」


「代わりは?」


「ありません」


「もっと怖い」


アオイが言う。


「しらぬいが洋上支援を行います。機体が飛行不能になった場合、作業艇で緊急退避。海上回収はしらぬいが担当します」


「つまり、落ちる前提もある」


「はい」


「正直だな」


「必要です」


康生は窓の外を見る。


雪は薄くなってきていた。

三沢から離れるほど、白い世界は後ろへ流れていく。


この先、海を越える。


その先に砂漠がある。


雪から海へ。

海から砂漠へ。


景色だけなら、旅のようだ。


だが、目的地はエリア51。

途中には中継巣。

持っていくのは、三沢の記録と、右手の監視タグと、嫌な予感ばかりだった。


練馬から通信が入った。


森川の声だった。


「こちら練馬航空整備区画。高高度輸送機の補助電源、安定範囲に入りました」


相馬がすぐに応答する。


「飛行可能ですか」


「飛行可能、とはまだ言えません。ただ、主翼制御と姿勢制御の自己診断は走ります。推進系は、低出力試験まで」


康生は小声で言う。


「飛べるかどうかを確認するために起動してる段階だな」


「はい」


アオイが答える。


「現場です」


森川の声が続く。


「機体制御AIは応答しています。ただし、旧式です。現在の防衛隊規格とは完全互換ではありません」


「説得が必要?」


康生が聞く。


アオイが答える。


「可能性があります」


「また機械と話すのか」


「はい」


「規約違反とか言われない?」


「航空機側は、康生を登録端末として認識していません」


「よかった」


「ただし、緊急外部保守端末として認識する可能性はあります」


「よくなかった」


森川が少しだけ困ったように言った。


「石田さんには触らせない方向で進めます」


「ありがとうございます」


アオイが即座に言う。


「強く推奨します」


「俺、便利工具なのに使用禁止されてるな」


「危険工具です」


「ひどい」


「事実です」


森川は続けた。


「飛行する場合、搭乗人数は絞ってください。機体負荷と燃料、予備蓄電池の関係で、重装備は積めません」


相馬が頷く。


「三沢調査班を基本に、航空整備員一名、操縦補助、防衛隊護衛最小限。作業艇は緊急退避用に固定」


「了解です」


通信が切れる。


康生は相馬を見る。


「俺たち、乗るんですね」


「はい」


「高高度輸送機に」


「はい」


「七百年ものの」


「はい」


「太平洋を越えて」


「はい」


「途中に中継巣」


「はい」


「嫌な旅だな」


「はい」


アオイも同意した。


「同意します」


「全員同意かよ」


千田が荷物リストを確認している。


「水、食料、薬品、予備衣類、砂漠用外套、靴、靴下、防塵布、簡易浄水器」


「靴下多いな」


「湿気、砂、海上退避、すべて想定します」


「頼もしい」


「重要です」


麻生は静かに端末を見ていた。


「太平洋を越え、砂漠へ行き、地下へ潜る」


「言葉にすると無茶ですね」


康生が言う。


「はい」


「でも、行くしかない」


「はい」


「必要です、って言う?」


アオイが答える。


「必要です」


「ですよね」


中央表示に、暫定航路が確定する。


――出発地、練馬航空整備区画。

――第一段階、沿岸部へ移動。

――第二段階、しらぬい洋上支援範囲へ進入。

――第三段階、太平洋中央航路。

――要警戒、ハワイ近海中継巣。

――第四段階、北米西部沿岸到達。

――第五段階、ネバダ統合試験区域へ陸上移動。

――目的、欠損記録取得。

――優先、外部領域接続試験記録。

――優先、変異位相帯サンプル保管庫。

――優先、軌道照射経路逸脱ログ。


康生はその長い表示を見た。


これで、行き先は決まった。


ただし、道は安全ではない。


「中継巣は、倒さない」


康生が言う。


アオイが頷く。


「往路では、突破のみ」


「右手は使わない」


「はい」


「もし、どうしても必要になったら?」


アオイはすぐに答えなかった。


少しだけ沈黙してから言う。


「その場合でも、右手を使う前に、私が警告します」


「俺は?」


「聞いてください」


康生は右手を見る。


布の下にある。

監視タグはまだ静かだ。


「聞く」


「良い回答です」


相馬が端末を閉じる。


「準備を進めます。練馬へ戻り、航空整備区画で機体確認。その後、出発」


「三沢から直接じゃないんですね」


「機体は練馬です。三沢は眼をくれましたが、翼はありません」


康生はその言い方に少しだけ笑った。


「翼は練馬か」


「はい」


アオイが答える。


「ただし、康生の発光現象に関する翼ではありません」


「急に嫌なところ刺すな」


「訂正しておく必要があります」


「それ、まだ引っ張る?」


「緊急報告すべき事項ではありません」


「やっぱり何かあるな」


麻生が穏やかに空を見る。


「北の雪は、もう遠くなりますな」


康生も窓の外を見た。


雪はほとんど止んでいる。

雲の切れ間から、薄い光が差していた。


だが、その先に待っているのは、晴れた旅ではない。


太平洋。

中継巣。

砂漠。

エリア51。


欠けた記録を取りに行くための道が、ようやく形になった。


安全な道ではない。


それでも、見えないものを見ないままにはできない。


康生は右手を握らず、布の上に左手を置いた。


「太平洋を越える前に、ちゃんと見ておくか」


アオイが頷く。


「はい。越える前に、見ます」


中央表示の中で、ハワイ近海の中継巣が黒く脈打っていた。


往路の目的は、殲滅ではない。


ただ、そこを抜けることだった。

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