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規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第九章 エリア51編

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第九十話 欠けた記憶

三沢基地跡を離れる頃になっても、雪は止まなかった。


滑走路は、もうただの白い平面に戻りかけている。

地下へ降りた時の足跡も、戻ってきた時の足跡も、雪に埋もれてほとんど分からない。


だが、何もなかったわけではない。


地下の眼は開いた。

七百年前の警報は読まれた。

右手には監視タグが付いた。

暫定監視網は繋がった。


そして、雪の下の三沢は、砂漠の名を指した。


ネバダ統合試験区域。

Groom Lake Phase Test Range.

俗称、エリア51。


輸送車両の中で、康生は端末に表示されたその文字を見ていた。


「エリア51か」


「はい」


隣でアオイが答える。


「旧米軍系の秘匿試験区域です」


「俗称って言われても、知ってる名前が出ると変な感じだな」


「旧時代の都市伝説、航空試験、軍事機密、外部領域研究が混在した呼称です」


「混ざりすぎだろ」


「はい」


康生は窓の外を見た。


白い雪。

灰色の空。

そこから、頭の中だけが遠い砂漠へ飛んでいく。


雪の三沢。

砂漠のエリア51。


場所としては遠すぎる。

景色も違いすぎる。


だが、三沢の記録はそこへ繋がっていた。


相馬が車両内の共有端末を開く。


「三沢で得た情報を整理します」


画面に項目が並ぶ。


――三沢取得情報。

――旧防衛隊崩壊期ログ。

――未処理警報。

――右構成部低精度診断。

――右構成部監視タグ。

――暫定監視網。

――空間位相傷。

――ネバダ外部参照コード。


「多いな」


康生が言う。


「はい」


アオイが答える。


「ですが、最重要項目は三つです」


表示が切り替わる。


――欠損記録、一。

――外部領域接続試験記録。


――欠損記録、二。

――変異位相帯サンプル保管庫。


――欠損記録、三。

――軌道照射経路逸脱ログ。


康生は顔をしかめた。


「名前が全部嫌だ」


「同意します」


「お前、最近同意が早いな」


「嫌な情報が多いためです」


「それはそう」


相馬が続ける。


「三沢は、これらの断片を監視していました。ですが一次記録は持っていない。三沢は見張る側であって、試験した側ではなかった」


麻生が静かに言う。


「見張る者と、試す者」


「はい」


相馬は頷いた。


「三沢は前者です。ネバダ側は、後者である可能性が高い」


康生は端末を見る。


三沢で聞いた七百年前の声が、まだ耳に残っている。


撃つ前に見ろ。

使う前に見ろ。

見えないものを、見えないまま扱うな。


三沢は見ていた。

見て、警告して、止められず、記録を残した。


では、エリア51は何をしていたのか。


見えないものを、見えないまま触ったのか。

それとも、見えたうえで触ったのか。


どちらにしても、嫌な予感しかしない。


「外部領域接続試験って」


康生が言う。


「つまり、向こう側と繋げようとしたってことか」


「その可能性があります」


アオイが答える。


「偶然じゃなく?」


「現時点では断定できません。ただし、試験記録という名称が残っている以上、意図的な操作が含まれていた可能性は高いです」


「最悪だな」


「はい」


千田が端末を覗き込む。


「サンプル保管庫という表現も気になります」


「そこか」


「保管していたということは、持ち込んだ、または持ち帰った可能性があります」


康生は少し黙った。


変異位相帯サンプル。


それが何なのか、まだ分からない。

だが、言葉だけで十分に嫌だった。


「サンプルにするなよ、そんなもの」


「同意します」


アオイが即答する。


「本当に同意が早い」


「危険物を保管する思想には注意が必要です」


「注意で済むかな」


「済まない可能性が高いです」


車両が雪の上をゆっくり進む。


タイヤの下で、薄い雪が潰れる音がした。

外は静かだ。

だが、車両内の端末だけが、遠い砂漠の記録を示している。


相馬が次の項目を開いた。


――軌道照射経路逸脱ログ。

――参照元、受電光環第三外縁破損時記録。

――関連、位相帯流出。

――関連、空間位相傷。

――関連、外部質量体候補。

――一次記録、ネバダ側。


康生は眉を寄せる。


「受電光環の事故ログが、なんでネバダ側にあるんですか」


「三沢の記録によれば、照射経路の一部はネバダ試験区域の実験と連動していた可能性があります」


アオイが答える。


「受電光環って、エネルギー送る施設だよな」


「はい」


「それを実験に使った?」


「可能性があります」


「何の」


「変異位相帯の形成、外部領域接続、または照射経路を利用した空間干渉」


「分かりやすく」


「大きな光の道を、別の目的に使いました」


「最悪だな」


「はい」


康生は右手を見る。


布の下で、監視タグは静かに待機している。


――右構成部監視タグ、平常範囲。

――受電経路形成前兆、なし。

――緊急時自動開放傾向、平常範囲。


端末の端に小さく表示されているそれを見るたび、康生は妙な気分になる。


見張られている。

だが、見張られているから安心できる。


そう思う日が来るとは思わなかった。


「康生」


アオイが言った。


「右手は使いません」


「まだ何も言ってない」


「考えました」


「考えたけど」


「使いません」


康生は小さく息を吐いた。


「分かってる。今は、見る方だろ」


「はい」


「エリア51でも?」


「特に、です」


「特にか」


「試験区域では、未知の位相反応や外部領域由来構造物に接触する可能性があります。右手の自動開放傾向は危険です」


「つまり、助けようとして手を出したら、逆に変なものと繋がるかもしれない」


「はい」


「最悪だな」


「はい」


麻生が言う。


「使う前に見る、ですな」


康生は頷いた。


「三沢で聞いたばかりですしね」


「聞いた言葉を、旅の間に忘れぬことです」


「麻生さんに言われると説法感がある」


「重く申し上げました」


「ですよね」


少しだけ空気が緩んだ。


だが、次の表示でまた重くなる。


――ネバダ統合試験区域、現状不明。

――北米大陸通信網、応答なし。

――旧米軍系自動防衛機構、状態不明。

――変異位相区画、残存可能性。

――外部領域反応、残存可能性。

――クリーチャー侵入痕跡、残存可能性。


康生は画面を見た。


「全部、不明と可能性」


「はい」


相馬が答える。


「現地に行くしかありません」


「遠いですね」


「遠いです」


「歩いては無理ですよね」


「当然です」


「ですよね」


アオイが端末に航路候補を出す。


日本列島。

太平洋。

ハワイ近海。

北米西部。

ネバダ。


線は一本ではない。

いくつかの候補があり、その多くが赤や黄色で塗られている。


康生は嫌な予感を覚えた。


「何か、赤いところ多くない?」


「危険区域です」


「黄色は?」


「要警戒区域です」


「青は?」


「推奨航路です」


「青、短くない?」


「はい」


「つまり?」


「安全な航路はほとんどありません」


「言い方」


相馬が表示を拡大する。


「最大の問題は、太平洋中央部です」


画面に、ハワイ近海が表示される。


そこに、黒い塊のような反応があった。


――海棲・飛行型中継巣。

――活動状態、不安定。

――海上航路、危険。

――低高度飛行、危険。

――高高度通過、要観測。

――しらぬい支援、必要。


康生は画面を見つめる。


「中継巣」


「はい」


アオイが答える。


「以前から確認されていた反応です。海中と空中のクリーチャー群が、旧通信中継設備または海底構造物に絡みつき、巣化したものと推定されています」


「そこを通るのか」


「避ける案もあります」


相馬が言う。


「ただし、燃料、補給、気象、観測支援の都合を考えると、完全回避は難しい」


「つまり、近くを抜ける」


「はい」


「倒す?」


「往路の目的は突破です」


アオイが即答した。


「殲滅ではありません」


康生は右手を見る。


「何も言ってない」


「言う前に確認しています」


「はい」


相馬も頷く。


「エリア51到達が目的です。中継巣の制圧に戦力を使い切るわけにはいきません」


「でも、襲ってきたら?」


「しらぬいと防衛隊で対応します」


アオイが続ける。


「康生の右手使用は禁止です」


「分かった」


アオイが見る。


康生は言い直した。


「右手は使わない。中継巣は抜けるだけ。警告を聞く」


「良い回答です」


「毎回言い直すの、面倒だな」


「実行保証のため必要です」


「はい」


しらぬいの通信が入った。


「こちら、しらぬい。三沢調査班からの情報を受信。ネバダ統合試験区域への暫定航路を作成中」


「太平洋中継巣は」


相馬が聞く。


「完全回避は困難。往路では接触最小化を優先します。必要に応じて防衛射撃を実施。ただし、巣核への攻撃は推奨しません」


「理由は」


「巣核の内部構造が不明です。破壊により周辺海域のクリーチャー活動が拡大する可能性があります」


康生は顔をしかめた。


「壊せばいいってわけじゃないのか」


「はい」


アオイが答える。


「見えないものを、見えないまま扱うな、です」


「三沢の言葉、便利すぎるな」


「重要です」


康生は窓の外を見た。


雪はまだ降っている。

視界の向こうで、白い滑走路が遠ざかっていく。


三沢は、雪の下に戻っていく。


だが、眠ったわけではない。

監視網は動き始めている。

三沢の眼は、練馬を、奥飛騨を、海を、空間位相傷を見張っている。


そしてその眼は、康生たちを砂漠へ送ろうとしている。


「三沢からエリア51って、振れ幅すごいな」


康生が言う。


「雪から砂漠です」


千田が答える。


「靴の準備が変わります」


「そこに戻るんですね」


「重要です」


「たしかに、砂漠で靴下濡れるより、砂入る方が嫌かもしれない」


「両方対策します」


「頼もしい」


麻生が静かに笑った。


相馬は端末を閉じる。


「次の段階は、渡航計画です。しらぬい、防衛隊、練馬航空整備区画の情報を統合し、太平洋を越える手段を確定します」


「練馬も関わるんですか」


「航空整備区画の再評価結果が必要です。直接飛ぶか、段階輸送にするか、しらぬいの支援範囲をどう使うか。選択肢は多くありません」


「多くないのに、面倒そう」


「はい」


アオイが言う。


「第九章の初期課題です」


康生はアオイを見た。


「今、章って言った?」


「言っていません」


「言ったよな」


「記録にありません」


「ずるい」


アオイは何も言わなかった。


康生は小さく笑い、また端末を見る。


ネバダ統合試験区域。

Groom Lake Phase Test Range.

外部領域接続試験記録。

変異位相帯サンプル保管庫。

軌道照射経路逸脱ログ。


欠けた記録。


三沢では見つからなかったもの。

三沢が見張っていたもの。

七百年前に、誰かが試したもの。


それを見に行く。


「宇宙じゃなくて、砂漠なんだな」


康生が呟く。


アオイが答える。


「はい。今は、砂漠です」


「その先に空がある?」


「可能性があります」


「嫌な言い方」


「正確な言い方です」


「はい」


輸送車両は雪の中を進む。


三沢の誘導灯は、後方で小さくなっていく。

白い滑走路は、またただの雪原に戻ろうとしている。


けれど、地下の眼はもう閉じていない。


その眼が示した先は、海を越えた砂漠だった。


次に見るべきものは、欠けた記録。


そしてその記録は、エリア51にある。

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