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規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第一章 規約違反者、目覚める

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第八話 十一分十八秒

十一分十八秒。

それは、普通に過ごせば短い時間だ。

カップ麺を作って、少し冷まして、食べ始めるくらいの時間。

動画を一本見るにも足りないくらいの時間。

夜中にゲームをしている時なら、気づかないうちに過ぎる時間。

だが、家ほどの大きさの化け物が村へ向かって歩いてくる時の十一分十八秒は、永遠に近かった。

大型個体は、ゆっくりと森から出てきた。

太い脚が六本。

いや、腹の下にさらに短い脚がある。

背中は甲殻に覆われ、夕焼けを受けて鈍く光っている。

頭に見える部分には、口が三つあった。

一つは前面。

残り二つは、首の左右に裂けるようについている。

その全部が、同時に開いた。

低い音がした。

吠え声、というより、地面そのものが唸ったような音だった。

村人たちが後ずさる。

無線小屋からは、まだ雑音が流れていた。

ざざ、ざざざ、ざ――

無線の応答ではない。

まるで、森の奥にある何かが、村の命綱を握り潰しているような音だった。

「門を補強しろ!」

麻生守の怒号が飛んだ。

「槍組、下がるな! 弓持ちは足を狙え! 子供と老人は奥だ! 無線は打ち続けろ!」

村人たちは動いた。

だが、誰もが分かっていた。

さっきの甲殻犬とは違う。

これは、村の防壁で止められる相手ではない。

本来なら、防人が倒す敵ではない。

足止めし、位置を送り、海の上の防衛隊が撃つ。

それが大型への対処だった。

だが、無線は死んでいる。

海の向こうから光は来ない。

康生は拳を握った。

「アオイ、残り時間」

「十一分三秒」

「減らねえな!」

「時間は一定速度で進行しています」

「体感の話だよ!」

亮太が門前に立った。

盾を構える。

その背中を見て、康生は思わず叫んだ。

「亮太、無理だろ!」

「無理でも前に出るやつが必要なんだよ!」

亮太の声は震えていなかった。

怖くないはずがない。

あんなものを前にして、怖くない人間はいない。

それでも亮太は前に立つ。

防人。

その言葉の意味が、ようやく分かった気がした。

大型を倒す者ではない。

倒せないと分かっていても、逃げる時間を作る者。

防衛隊へ声が届くまで、村の前に立つ者。

そして今、その声は届いていない。

「康生!」

亮太が叫んだ。

「十一分ってのは本当なんだな!」

「アオイが言ってる!」

「なら信じる!」

「俺じゃないのかよ!」

「お前はまだ怪しい!」

「正直!」

亮太は盾を構え直した。

「だけど、あいつの解析はさっき役に立った!」

アオイが淡々と言う。

「藤倉亮太の判断は合理的です」

「負けた感じが悔しい!」

「残り十分四十七秒」

「早くなれ!」

大型個体が一歩進む。

地面が揺れた。

門の上の見張りが叫ぶ。

「来るぞ!」

弓が放たれる。

矢が何本も大型個体へ向かった。

脚に当たる。

腹に当たる。

目のような器官を狙った矢もあった。

だが、刺さらない。

硬い甲殻に弾かれ、矢尻が折れる。

「効いてない!」

誰かが叫んだ。

アオイの瞳が光る。

「外骨格強度が高すぎます。通常矢では有効打になりません」

「じゃあ弱点!」

「解析中」

「急げ!」

大型個体がさらに近づく。

村の門まで、あと三十メートルほど。

亮太が叫んだ。

「油壺!」

村人たちが、土器のような壺を持ってくる。

中には黒い油のようなものが入っていた。

「投げろ!」

壺が投げられる。

大型個体の前方に落ち、割れる。

黒い液体が地面に広がる。

続いて火矢が飛んだ。

炎が上がる。

大型個体の前に、火の壁ができた。

「おお!」

康生は思わず声を上げた。

だが、次の瞬間、大型個体はそのまま炎を踏み越えた。

甲殻の表面が黒く焦げる。

だが、止まらない。

「熱耐性あり」

アオイが言った。

「見れば分かる!」

「残り十分十二秒」

「無理だろこれ!」

康生は周囲を見回した。

何かないか。

何か。

さっきの忌避装置は壊れた。

門は弱い。

弓は効かない。

火も止められない。

なら、倒すんじゃない。

遅らせる。

足を止める。

進路を変える。

時間を使わせる。

ゲームでもそうだった。

倒せない敵は、ハメる。

通路に引っかける。

段差を使う。

処理落ちを誘う。

最低の発想だ。

でも、最低の発想しか残っていない。

「この村、門の前に何か穴とかないのか!」

康生が叫ぶと、亮太が振り返った。

「穴?」

「落とし穴とか、堀とか!」

「昔は空堀があった! 今は半分埋まってる!」

「どこ!」

「あそこ!」

亮太が門の外側、右手を指す。

草に覆われた浅い溝があった。

確かに、かつて堀だったように見える。

だが、今は土砂と草で埋まり、せいぜい足首ほどの段差にしか見えない。

「浅すぎるだろ!」

「だから使ってない!」

康生は歯を食いしばる。

浅い。

でも、大型個体は重い。

脚が多い。

足場が崩れれば、少しは姿勢を崩すかもしれない。

「アオイ、あの堀、地盤は?」

「地下に旧排水路があります。老朽化により空洞化。重量負荷に対して脆弱です」

「それを早く言え!」

「質問されていません」

「支援端末だろ!」

康生は門の上に向かって叫んだ。

「右の溝へ誘導しろ! あそこ、下が抜けるかもしれない!」

村人たちが戸惑う。

麻生の鋭い声が飛んだ。

「誰の指示だ!」

康生は一瞬怯んだ。

だが、亮太が叫ぶ。

「村長! やる価値はあります!」

麻生は康生を睨んだ。

康生は胃が縮むのを感じた。

旧文明の残骸。

さっき禁忌の機械を勝手に使ったばかりの怪しい男。

そんな自分の指示を、この村長が信じるわけがない。

けれど、麻生は短く命じた。

「弓持ち、左側を叩け! 右へ寄せろ!」

村人たちが動く。

火矢と石が、大型個体の左側へ集中する。

嫌がった大型個体が、わずかに右へ進路を変えた。

「行けるか?」

康生が呟く。

「誘導成功率、四十一パーセント」

「低いな!」

「現在、四十七パーセントに上昇」

「その調子で上がれ!」

大型個体が右へ寄る。

一歩。

もう一歩。

その脚が、草に覆われた古い堀へかかった。

ズン、と地面が沈んだ。

「来た!」

康生が叫ぶ。

次の瞬間、地面が崩れた。

堀の下にあった旧排水路が、大型個体の重みに耐えきれず潰れる。

右前脚の一本が沈み込み、巨体が大きく傾いた。

村人たちから歓声が上がる。

「止まった!」

「今だ!」

弓が集中する。

槍を持った数人が門の隙間から突きを入れる。

だが、大型個体は倒れなかった。

沈んだ脚を無理やり引き抜く。

周囲の土が跳ね上がる。

甲殻が軋む音がした。

「足一本、損傷」

アオイが告げる。

「やったか!」

「移動速度、十二パーセント低下」

「十二だけかよ!」

「残り九分二十秒」

「まだ九分!?」

大型個体が怒ったように口を開いた。

三つの口が、同時に震える。

空気が揺れた。

「音波攻撃の可能性」

アオイが言った瞬間、耳の奥に激痛が走った。

「っ!」

康生は膝をついた。

村人たちも耳を押さえてうずくまる。

見張り台の一人が倒れた。

亮太だけが盾を地面に突き立て、歯を食いしばって耐えている。

「アオイ……!」

康生は耳を押さえながら叫んだ。

「対策!」

「可聴域外成分を含む振動攻撃です。遮蔽を推奨」

「遮蔽って何!」

「盾、壁、土嚢」

「亮太!」

亮太がこちらを見ずに叫ぶ。

「分かってる!」

亮太は盾を横に構えた。

「門前、盾を並べろ! 耳じゃなくて身体を隠せ!」

村人たちが慌てて盾や板を並べる。

音が少しだけ弱まった。

康生は息を吐く。

痛い。

人間じゃない身体でも、痛いものは痛い。

「痛覚、必要かこれ……!」

「損傷検知に必要です」

「もっとマイルドにしろ!」

「今後の調整候補に登録します」

「今やれ!」

「戦闘中の痛覚再設定は推奨しません」

「くそ正論!」

大型個体が動き出す。

損傷した脚を引きずりながら、それでも進んでくる。

門まで、あと十五メートル。

「残り八分四十秒」

アオイの声が、やけに冷静に響く。

康生は焦げた忌避装置を見た。

旧排水路も使った。

次は何だ。

村の中にあるもの。

門。

水車。

井戸。

金属板。

ロープ。

畑の杭。

油壺。

「……ロープ」

康生は顔を上げた。

「亮太! ロープあるか!」

「何に使う!」

「足に引っかける!」

「あの大きさにか!?」

「倒せなくても、ずらせればいい!」

亮太は一瞬だけ考えた。

「倉庫から太縄を持ってこい!」

村人が走る。

数人が太い縄を運んでくる。

麻で編んだものに、金属線のようなものが巻き込まれている。

「門の左右に固定しろ!」

康生は叫んだ。

「高さは足首くらい! いや、あいつの足首がどこか分からんけど、とにかく低く!」

「雑だな!」

亮太が叫び返す。

「俺もそう思う!」

村人たちが門の内側から縄を通し、防壁の支柱へ結ぶ。

もう一方を、倒れた古い金属柱に巻きつける。

アオイが補正を入れる。

「角度を八度右へ。現在の位置では踏まれます」

「聞いたか! 八度右!」

「八度ってどれだよ!」

村人が叫ぶ。

康生も叫ぶ。

「ちょっと右!」

「最初からそう言え!」

大型個体が近づく。

あと十メートル。

縄が張られる。

亮太が盾を構え、門の前に出た。

「亮太、下がれ!」

「誘導する!」

「死ぬぞ!」

「分かってる!」

大型個体の三つの口が、亮太を向いた。

亮太は盾を打ち鳴らす。

カン、カン、と金属音が響いた。

「こっちだ、化け物!」

大型個体が亮太へ向かって進む。

一歩。

二歩。

三歩目。

脚の一本が縄に引っかかった。

巨体が傾く。

だが、倒れない。

縄がきしむ。

支柱が悲鳴を上げる。

「持て!」

康生は叫んだ。

縄がさらに食い込む。

大型個体の脚が引っ張られ、姿勢が崩れる。

亮太が横へ跳ぶ。

次の瞬間、大型個体の前脚が門の前に叩きつけられた。

土が跳ねる。

衝撃で門が揺れる。

縄は千切れた。

だが、大型個体は膝をつくように低くなった。

「今!」

アオイが声量を上げた。

「下顎部、露出。槍を集中」

亮太がすぐに反応する。

「槍組、下だ! 口の下を突け!」

村人たちが槍を突き出す。

大型個体の前面の口、その下の柔らかい部分に槍が刺さる。

大型個体が暴れた。

三つの口が悲鳴を上げる。

耳が痛くなるような音。

村人たちが後退する。

一人が転ぶ。

その村人へ、大型個体の脚が振り下ろされる。

「危ない!」

康生は反射的に走った。

間に合うはずがない。

そう思った瞬間、身体が軽く跳ねた。

自分の意識より速く、足が動いた。

康生は転んだ村人の襟を掴み、横へ引きずった。

直後、脚が地面を叩いた。

土と石が飛ぶ。

康生は転がった。

「いっ……!」

痛い。

肩が痛い。

腕も痛い。

でも、潰れていない。

助けた村人も、生きている。

「な、何を……」

村人が呆然と康生を見る。

康生は息を荒げながら言った。

「俺にも分からん」

「行動補助が作動しました」

アオイが近づきながら言った。

「危険認識に対し、構成体が自動反応したものです」

「今の俺、勝手に動いたの?」

「はい」

「怖いけど助かった!」

「残り六分五秒」

「まだ六分あるのかよ!」

大型個体が体勢を立て直す。

下顎部から黒っぽい液体を流している。

だが、止まらない。

むしろ怒っている。

「康生、下がれ!」

亮太が叫ぶ。

康生は頷こうとした。

だが、その時。

大型個体の横の口が開いた。

狙いは亮太だった。

「亮太!」

亮太は盾を構える。

間に合う。

そう思った。

だが、横の口から伸びた触手のような舌が、盾の縁を絡め取った。

「くっ!」

亮太の身体が引っ張られる。

「亮太!」

康生の血の気が引いた。

盾が軋む。

亮太の足が、地面を削りながら前へ滑る。

あと数秒で、あの口に届く。

康生は、足元の槍を掴んだ。

使えるはずがない。

素人だ。

それでも、持つしかなかった。

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