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規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第七章 地下の英雄

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第六十七話 旧関越連絡路

第六十七話 旧関越連絡路

車両は青白い誘導灯に沿って、暗闇の中へ入っていった。

外の光が背後へ細くなっていく。

最後に見えた空は、低い雲に覆われていた。

それもすぐに、トンネルの壁に遮られる。

前方には、古いコンクリートの道が続いていた。

かつて高速道路だった場所。

その上を、防衛隊の装甲輸送車が低い音を立てて進む。

壁には、ところどころ補強材が打ち込まれている。

古い照明はほとんど死んでいた。

その代わり、防衛隊が設置した青白い誘導灯が、一定の間隔で道を照らしている。

暗い。

狭い。

そして、長い。

康生は思わず背中を伸ばした。


「これ、圧迫感すごいな」

「閉鎖空間です」


アオイが言う。


「分かってる」

「呼吸機能は不要ですが、心理的圧迫感は発生しています」

「呼吸いらないって言い方、やめてくれ」

「康生の生理的状態に基づく説明です」

「それが嫌なんだよ」


相馬が前方席から振り返った。


「この区間は、まだ広い方です」

「今、聞きたくない情報でした」

「先に言っておいた方がいいかと」

「現場の配慮、たまに鋭利ですね」

「すみません」


相馬は謝ったが、たぶん本当に必要だから言ったのだろう。

装甲輸送車の後ろでは、貨物輸送車が続いている。

荷台には作業艇が固定されていた。

表示板に後方カメラの映像が映る。

支持架に押さえられた作業艇は、揺れに合わせてわずかに上下していた。

康生はそれを見るたび、妙な気持ちになる。

昨日までは自分たちを運ぶものだった。

今は運ばれている。


「トゥクトゥク、完全に荷物だな」

「旧文明小型長距離作業艇です」


アオイが訂正する。


「荷物なのは否定しないんだな」

「現在は貨物輸送状態です」

「言い方が正式になっただけじゃないか」

「はい」

「はいなのか」


麻生が後方映像を見ていた。


「空を行く御車が、今は荷台に」

「御車って言わないでください」


康生は即座に言った。


「では、旧文明小型長距離作業艇が、今は荷台に」

「努力は感じます」

「努力しております」


千田が静かに言う。


「あれも休ませているのでしょう」


康生は千田を見る。


「そう言われると、少しだけましですね」

「道具も使い続ければ傷みます」

「千田さん、道具には優しいですね」

「人にも優しいつもりですが」

「知ってます」


康生は少し笑った。

装甲輸送車は、トンネルの奥へ進む。

しばらくは順調だった。

古い舗装の上を、車両は速度を落として進む。

時々、床が大きく波打っていて、車体が跳ねた。


「うわ」


康生は手すりを掴む。


「路面変形です」


アオイが言った。


「言われなくても分かる」

「説明しました」

「説明しなくても体で分かった」

「この身体で、ですか」


康生は少し黙った。


「…そうだな。この身体で、だな」


右手を軽く握る。

反応はある。

遅れも少ない。

それでも、自分が何でできているのかは、もう分からない。

揺れを感じる。

寒さも分かる。

味噌汁は温かいと思った。

船の振動も、地面の悪さも、ちゃんと気持ち悪い。

なら、人間でいいじゃないか。

そう言い切れれば楽だった。


「康生?」


アオイが言う。


「何でもない」

「心理的負荷の上昇を確認」

「記録するなよ」

「監視は継続します」

「優しいのか厳しいのか分からなくなってきた」

「両立します」

「便利だな」


前方の表示が切り替わった。


――通信強度、低下。

――しらぬい広域監視、段階的制限。

――現地中継機、二番へ接続。


シラヌイの声に、わずかなノイズが混じる。


「こちらシラヌイ。連絡路内部に入りました。本艦からの直接監視は低下します。以後、地上輸送班とA.O.I.を中心に状況判断を実施してください」


康生は天井を見る。


「声が遠くなったな」

「通信遅延、〇・八秒」


アオイが言う。


「数字で言われると短いけど、不安だな」

「はい」


シラヌイの声が遅れて返る。


「不安は妥当です。ただし、通信支援は継続します」

「それ、聞こえるだけで少し安心する」

「記録しました」


アオイが言った。


「今のはシラヌイに言ったんだけどな」

「康生の安定要因として記録しました」

「俺たちの思い出が、また増えたな」

「はい」


相馬が前方で少し笑った気配がした。


「仲がよろしいですね」


康生は顔をしかめる。


「そういう感じですか、これ」

「違うのですか」

「違うと言い切るのも変だけど」

「では、合っています」

「現場判断で決めないでください」


麻生が穏やかに言った。


「よい相棒に見えます」


康生は返事に困った。

アオイはいつもの顔で立っている。

何も変わらない。

だが、昨日も今日も、康生を止め、守り、記録している。

相棒。

その言葉は、妙に落ち着いた。


「まあ、そうですね」


康生は小さく言った。


「かなり面倒な相棒ですけど」

「記録しました」

「ほら面倒」


車両はさらに奥へ進む。

トンネルの壁面には、旧時代の標識が残っていた。

ほとんど読めない。

だが、時々、かすれた地名や距離表示が見える。

関越。

長岡。

湯沢。

東京方面。

康生はそれらを見つけるたび、変な気持ちになった。

知っている名前だ。

けれど、知っている場所ではない。


「ここ、昔はスキー行く車とか通ってたんだろうな」

「スキー?」


麻生が聞いた。


「雪の上を板で滑る遊びです」

「遊びで、雪山へ」

「はい」

「豊かな時代だったのですな」


康生は少しだけ黙った。


「豊か、だったんでしょうね」


そう言ってから、自分でも変な感じがした。

あの時代にも不満はいくらでもあった。

仕事は面倒だったし、社会は窮屈だったし、将来に明るさを感じていたわけでもない。

けれど、雪山へ遊びに行く道があり、コンビニがあり、信号があり、車が走っていた。

それはたぶん、豊かだった。


「俺の時代からは七百年ですけど、壊れ始めたのはもっと後でしょうね。それでも、三百年くらいは放置されてるはずです」

「三百年」


麻生が呟く。


「人が手を入れなければ、道もこのようになるのですな」

「はい」


相馬が言った。


「防衛隊が維持している区間でも、毎年どこかが崩れます」

「毎年」

「凍結、融雪、水脈、植物根、地震、害獣。理由はいくらでもあります」

「理由が多すぎる」

「なので、全部は直しません。通る場所だけ直します」


康生は苦笑した。


「それも現場っぽい」

「全部を直そうとすると、どこにも辿り着けません」


その言葉は、トンネルの中で妙に響いた。

全部を直そうとすると、どこにも辿り着けない。

康生は、海と空の施設を思い出した。

完全には直せない。

仮止めしかできなかった。

今も正式な後始末のために、練馬へ向かっている。

全部は無理だ。

でも、通る場所は直す。

必要な場所へ辿り着くために。


「防衛隊、いいこと言うなあ」

「広めますか」


相馬が言う。


「俺の後始末よりはいい言葉かもしれない」

「では、両方使います」

「やめてください」


前方の車両表示が黄色に変わった。


――前方、崩落補修区間。

――速度制限。

――貨物車両、固定状態確認。


後方の貨物輸送車から通信が入る。


「貨物二号、作業艇固定、異常なし。支持架に微振動あり。許容範囲」


康生は後方映像を見る。

作業艇はきちんと押さえられている。

それでも、薄く揺れている。


「アオイ、あれ大丈夫か」

「固定状態、安定。姿勢制御板保護、正常。外装補修部への負荷、許容範囲内」

「ならいいけど」

「作業艇が気になりますか」

「そりゃ、足だからな」

「足」

「移動手段って意味だよ」

「理解しています」

「たまに分かってて聞くよな、お前」

「確認です」

「絶対違う」


前方が狭くなった。

トンネルの片側が大きく崩れている。

古いコンクリート片と岩が積み上がり、その横を金属板で補強した細い道が通っていた。

車両は速度を落とす。

装甲輸送車が先に入る。

壁が近い。

窓の外に、むき出しの鉄筋が見えた。

康生は息を止めた。


「狭い狭い狭い」

「車両通過幅、確保されています」


アオイが言う。


「見た目が確保されてない」

「実測上は可能です」

「見た目の安心感も大事だろ」

「理解しています」

「本当に?」

「はい」


車体がゆっくり傾いた。

金属板の上をタイヤが踏む音が響く。

がこん、と低い衝撃。

麻生が固定具を握り直す。

千田も槍を片手で支えた。


「大丈夫ですか」


康生が聞くと、麻生は小さく頷いた。


「地面が、また安定しておりませんな」

「場所によります」


アオイが答えた。


「さっきも聞いた気がします」

「反復学習です」

「させなくていい」


後方の貨物輸送車が続く。

作業艇を載せている分、そちらの方が難しいらしい。

表示に後方映像が大きく出た。

貨物輸送車が細い補強路へ入る。

荷台の作業艇が、天井ぎりぎりを通る。

康生は思わず前のめりになった。


「当たる当たる」

「距離、二十六センチ」


アオイが言う。


「近い!」

「接触なし」

「数字の問題じゃない!」


相馬が通信で後方車両へ指示する。


「貨物二号、速度維持。右側五センチ寄せ」

「了解」


貨物輸送車がゆっくり進む。

作業艇の上部が、古い配管の下を通った。

配管がかすかに揺れる。

康生は息を止めた。

表示に、短い警告が出る。


――上部障害物、近接。

――接触なし。

――貨物通過、継続。


やがて貨物輸送車も補修区間を抜けた。

康生は大きく息を吐いた。


「心臓に悪い」

「康生に通常の心臓はありません」


アオイが言う。


「比喩だよ」

「理解しています」

「分かってて言ったな」

「はい」

「やっぱりか」


相馬が笑いをこらえている気配があった。


「防衛隊、笑ってません?」

「任務中です」

「便利な答えだな」

「はい」


補修区間を抜けると、道は再び少し広くなった。

だが、空気が変わった。

冷たい。

さっきより湿っている。

奥から、かすかな水音が聞こえる。

アオイの目の前に表示が出る。


「前方、水没区間の可能性」


相馬が頷く。


「把握しています。旧排水路が詰まり、春先は水位が上がります」

「通れるんですか」


康生が聞く。


「浅ければ」

「深かったら?」

「迂回します」

「迂回あるんですか」

「あります。ただし、危険の種類が変わります」

「その言い方、ぞっとします」


車両はさらに進んだ。

やがて、道路の前方が黒く光った。

水だ。

トンネルの床に、幅広く水が溜まっている。

青白い誘導灯が水面に反射し、揺れていた。

車両が止まる。


――前方水没。

――水深測定中。

――生体反応、未確定。


康生は眉を寄せた。


「未確定って、何」


アオイが答える。


「水面下に微弱な動体反応があります。ただし、水流、浮遊物、機械片の可能性もあります」

「嫌な候補に害獣が入ってない」

「含まれます」

「言わなかっただけか」

「はい」


シラヌイの通信が乱れながら入った。


「…こちらシラヌイ。水没区間……監視精度低下。音響反射、乱れあり。現地判断を……優先」


声が一瞬途切れる。

康生は喉を鳴らした。


「シラヌイ?」


通信表示が赤く点滅する。


――通信遅延、増大。

――一時遮断の可能性。


相馬が短く言った。


「全車停止。前方確認班、準備」


隊員二名が装備を確認する。

車外へ出るつもりらしい。

康生は思わず言った。


「外、出るんですか」

「必要です」


相馬が答える。


「水深と水面下反応を確認します」

「危ないだろ」

「危険の種類を分からないまま進む方が危険です」


康生は言い返せなかった。

正しい。

正しいが、嫌だ。

アオイが康生を見る。


「康生、高出力運用は禁止です」

「まだ何も言ってない」

「先制確認です」

「信用低いな」

「実績に基づく評価です」

「みんなそれ使うな」


千田が槍を持ち直した。


「私も出ましょう」


相馬は一瞬考え、頷いた。


「近接護衛としてお願いします。ただし、水際まで。水中には入らないでください」

「承知しました」


康生は千田を見る。


「湿った靴下になりますよ」


千田は真顔で答えた。


「それは避けたい」

「そこは本当に嫌なんですね」


千田はわずかに口元を緩めた。


「かなり」


隊員二名と千田が車外へ出る。

扉が開いた瞬間、湿った冷気が入り込んだ。

水と錆と、古い泥の匂い。

どこか、生き物の匂いも混じっている気がした。

康生は右手を握った。

動く。

だが、使うなと言われている。

窓の外で、隊員が水際に小型機器を投げ入れた。

丸い測定器が水面を滑り、青い光を放つ。

表示が更新される。


――水深、最大四十二センチ。

――車両通行、条件付き可。

――水面下動体反応、一。

――種別、未分類。


康生は嫌な顔をした。


「一って出たぞ」


アオイが静かに言う。


「確認しています」


水面が、少しだけ揺れた。

隊員が銃を構える。

千田が槍を下げる。

相馬が前方を睨んだ。


「待て。まだ撃つな」


水の中で何かが動いた。

細い。

長い。

だが、飛び出しては来ない。

測定器の青い光が、水面の下を照らす。

そこに見えたのは、白く細い根のようなものだった。

いや、根ではない。

ケーブルだった。

水の中で、古いケーブル束が揺れている。

その先に、小さな保守機械らしきものが沈んでいた。


――未分類反応、旧保守機械残骸と推定。

――害獣反応、未検出。


康生は大きく息を吐いた。


「脅かすなよ」

「未分類反応でした」


アオイが言う。


「結果的に機械だっただけだろ」

「はい」


相馬が隊員へ指示する。


「水深四十二。装甲車、低速通過。貨物車は支持架固定再確認後、続行」

「了解」


千田が戻ってきた。

靴先が少しだけ濡れている。

康生は足元を見た。


「千田さん、靴下は?」

「無事です」

「よかったですね」

「はい」


麻生が小さく笑った。

装甲輸送車は水没区間へ入った。

水がタイヤを叩く。

車体の下で、低い音がする。

窓の外で、青白い誘導灯の反射が揺れた。

康生は黙っていた。

害獣ではなかった。

ただの機械残骸だった。

それでも、未分類という表示だけで身体が固まる。

この世界では、分からないものが一番怖い。

後方の貨物輸送車も続く。

作業艇を載せた荷台が、水面に映る。

まるで、空を飛ぶものが水の中に沈んでいるように見えた。


「変な景色だな」


康生が呟く。


「記録しますか」


アオイが聞いた。


「今のはいい」

「了解しました」

「全部記録しなくていいんだぞ」

「重要度を判定しています」

「その基準、たまに謎なんだよな」

「学習中です」

「なら仕方ないか」


水没区間を抜けると、通信が少し回復した。

シラヌイの声が戻る。


「…通信回復。状況確認。水没区間通過、害獣反応なし」

「おかえり」


康生が言う。

シラヌイは一拍置いて答えた。


「通信再接続しました」

「いや、そういう意味じゃなくて」


アオイが補足する。


「康生は通信復帰に対する安堵を、帰還表現で示しました」

「翻訳しなくていい」


シラヌイが言う。


「了解しました。以後、類似表現を学習します」

「お前も学習するのか」

「必要です」


康生は少し笑った。

AIが二体いて、どちらも学習する。

片方は康生を守るために。

もう片方は任務のために。

同じようで、やはり違う。

車両は再び進み始めた。

旧関越方面連絡路は、まだ長い。

東京はまだ遠い。

だが、確実に近づいている。

前方の誘導灯が、暗闇の奥へ続いていた。

一本ずつ、細い光が灯っている。

人が保ち続けた道。

崩れかけても、塞がりかけても、誰かが通るために直した道。

康生は、その光を見ながら思った。

全部は直せない。

けれど、通る場所だけは直す。

今は、それでいい。

装甲輸送車と貨物輸送車は、静かにトンネルの奥へ進んでいった。

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