表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/37

第六話 穴を探す規約違反者

鐘の音が、村中に響いていた。

一度。

二度。

三度。

そのたびに、村の空気が変わっていく。

子供たちは大人に抱えられ、奥の建物へ走る。

老人たちは慣れた動きで戸を閉め、畑にいた者たちは鍬を置いて槍を取る。

誰も叫んでいない。

慌ててはいる。

けれど、混乱しているわけではない。

この村では、外敵が来ることが特別ではないのだ。

「門を閉じろ!」

麻生守の声が飛ぶ。

「見張り台、数を報告しろ! 弓持ちは柵の上へ! 槍組は門前に並べ!」

村人たちが動く。

早い。

康生はその場に立ったまま、思わず呟いた。

「……慣れてるな」

「慣れないと死ぬ」

亮太が短く答えた。

背中の盾を左腕に固定し、腰の短槍を抜く。

さっきまでの案内役の顔ではない。

戦う人間の顔だった。

「康生、お前は小屋の後ろに下がれ」

「いや、でも」

「戦えないんだろ」

「戦えないけど」

「じゃあ下がれ。邪魔になる」

正論だった。

あまりにも正論だった。

康生は言い返せず、口を閉じる。

そこへアオイが淡々と告げた。

「藤倉亮太の判断は妥当です。現在のあなたが前線に出た場合、生存率は三十八パーセント低下します」

「追い打ちやめろ」

「また、村防衛成功率も低下します」

「そこまで言う?」

「はい」

康生は肩を落とした。

旧文明のブラックホール入りピコマシン集合体。

肩書きだけなら強そうだ。

だが現実には、石を投げても小型の化け物一匹まともに怯ませられない。

「……俺、設定だけ盛られた初期キャラかよ」

「現在、主要機能の多くが制限状態です」

「解放できないのか」

「可能ですが、推奨しません」

「なんで」

「あなたが崩壊します」

「やめよう」

即答だった。

死なない身体と言われたが、崩壊は嫌だ。

すごく嫌だ。

村の中央では、麻生が別の男へ指示を飛ばしていた。

「無線小屋を開けろ。敵影を防衛隊へ送る準備をしろ」

「はい!」

男が走る。

康生はそちらを見た。

防壁の横にあった、古いアンテナだらけの小屋。

そこへ数人が駆け込み、古い機械に火を入れていく。

鈍い起動音が鳴った。

何かのランプが、ひとつ、またひとつと灯っていく。

「本当に使うんだな、無線」

「大型が出たら、あれが命綱だ」

亮太は門の方を見たまま言った。

「小型と中型は俺たちが止める。大型は、防衛隊に送る。そういう決まりだ」

「決まりっていうか、役割分担か」

「そうだ」

その声には、迷いがなかった。

門の向こうで、黒い影が近づいてくる。

森の中から、何かが這い出てきた。

最初に現れたのは、さっき見た甲殻犬に似た小型個体だった。

四足。

硬い甲殻。

三つの目。

縦に裂けた口。

ただし、一匹ではない。

五匹。

八匹。

十匹。

草むらの陰から、さらに増えていく。

「多いな」

康生の喉が鳴った。

「群れだ」

亮太が盾を構えた。

「小型でも、群れになると厄介だ。柵を越えられるやつもいる」

「マジか」

「マジだ」

見張り台から声が飛ぶ。

「甲殻犬、十三! 後続あり! 中型なし! 大型影なし!」

「なら防人で処理する!」

麻生が叫ぶ。

「防衛隊への打電は待機! 弓、構え!」

村人たちが弓を引く。

弓といっても、康生の知っている弓とは少し違っていた。

木の弓に、金属片や旧文明の樹脂らしき部品が組み合わされている。

矢の先には、鈍く光る鉱石のようなものが括りつけられていた。

「撃て!」

矢が放たれる。

数本が甲殻犬に刺さった。

だが、浅い。

硬い甲殻に弾かれた矢も多い。

それでも一匹が足を引きずる。

別の一匹は目を射抜かれ、転がった。

「おお」

「感心してる場合か」

亮太が門の前へ走る。

「亮太!」

康生は思わず声を上げた。

「下がってろ!」

亮太は振り返らずに叫んだ。

門前では、槍を持った男たちが列を作っていた。

その中心に、亮太が入る。

盾を前に。

槍を後ろに。

甲殻犬が門へ殺到する。

柵にぶつかる音。

爪が木を削る音。

村人たちの怒号。

獣のような、虫のような鳴き声。

康生は拳を握った。

何もできない。

いや、何かできるはずだ。

できることを探せ。

ゲームでもそうだった。

勝てない相手には、正面からぶつからない。

仕様の穴を探す。

処理の遅れを探す。

相手が想定していない手順を探す。

康生は周囲を見回した。

村の門。

防壁。

畑。

井戸。

古い機械を改造した水車。

家々の屋根に貼られた金属板。

門の横に積まれた古い部材。

無線小屋。

その脇に半分埋まった、錆びた金属の箱。

「アオイ」

「はい」

「この村に旧文明の動く機械、あるか」

「周囲を走査します」

アオイの瞳が淡く光る。

半透明のパネルが康生の前に浮かんだ。

――周辺旧文明機器反応、三十一。

――稼働可能性あり、四。

――即時利用可能性あり、一。

「一個ある!」

「はい」

「何」

アオイが指を向ける。

村の門の右側。

防壁の内側に、錆びた金属の箱が半分埋まっていた。

康生は目を細める。

「何だあれ」

「旧文明施設用、簡易電磁害獣忌避装置です」

「害獣忌避」

「農地や施設外周に接近する小型生物を、音波と低出力電磁波で遠ざける装置です」

「今のやつらに効くのか」

「不明です」

「不明ばっかりだな」

「ただし、甲殻犬の感覚器官は電磁刺激に反応する可能性があります」

「つまり?」

「嫌がる可能性があります」

「十分だ」

康生は走り出した。

「おい! どこ行く!」

亮太の声が飛ぶ。

「穴探し!」

「何のだ!」

「仕様の!」

「分かるように言え!」

康生は門の右側へ走った。

途中、村人の一人に肩を掴まれる。

「おい、そっちは前線だ!」

「その箱、使えるかもしれない!」

「箱?」

「旧文明の機械!」

その言葉を聞いた瞬間、村人の顔が強張った。

「触るな! 村長が禁じてる!」

「今それ言ってる場合か!」

「旧文明のものは災いを――」

その時、防壁の外側で甲殻犬が一匹跳んだ。

柵の上に爪をかける。

上部の金属片に身体を裂かれながらも、無理やり越えようとしている。

村人の顔色が変わった。

康生は叫ぶ。

「アオイ、起動できるか!」

「端末認証は破損しています。物理接続が必要です」

「物理接続って何すればいい」

「背面パネルを開き、内部端子に接触してください」

「俺が?」

「はい」

「感電しない?」

「現在のあなたは通常の人間より耐性があります」

「する可能性はあるんだな!」

「はい」

「はいじゃない!」

言いながら、康生は金属箱に飛びついた。

錆びている。

重い。

背面パネルは歪んでいて、手では開かない。

「開かねえ!」

「右下の留め具が劣化しています。蹴れば外れます」

「そういうのを先に言え!」

康生は右下を蹴った。

バキン、と嫌な音がして、留め具が外れる。

もう一度蹴る。

パネルが半分外れた。

中には、絡まった配線と、黒ずんだ基板のようなものが詰まっていた。

「うわ、絶対触りたくない」

「上から二番目の端子です」

「どれだよ!」

「赤く点滅している箇所です」

「全部点滅してる!」

「では、最も弱く点滅している箇所です」

「難易度高いな!」

康生は指を突っ込んだ。

瞬間、腕にびりっとした感覚が走る。

「痛っ!」

「接続確認」

「痛いって言ったぞ!」

「神経信号は正常範囲内です」

「俺の気持ちは異常範囲だよ!」

半透明のパネルに、古いシステム画面が表示された。

文字化けだらけ。

警告だらけ。

……のはずだった。

次の瞬間、画面が一度だけ揺れた。

黒い背景。

緑色の細い文字。

無駄に角ばったウィンドウ。

左端に並んだ、妙に見覚えのあるメニュー。


SCAN

BYPASS

FORCEEXEC

DEBUGROUTE

LOGSPOOF


康生は、固まった。

「……おい」

「はい」

「この、見覚えある画面は、なんだ」

「あなたの操作効率を向上させるため、過去に使用頻度の高かったインターフェースを参考にしました」

「過去に使用頻度の高かったインターフェース」

「はい」

アオイは淡々と言った。

「規約違反者、石田康生が作成、使用していた不正補助アプリです」

「言い方ァ!」

門の方から亮太が叫ぶ。

「何をしてる!」

康生は画面を指差して叫び返した。

「昔の黒歴史を掘り返されてる!」

「分かるように言え!」

「俺にも分かりたくなかった!」

アオイが続ける。

「なお、このUIはあなたが二十七回の検出回避に使用した記録があります」

「詳細を言うな!」

「最終的には私により検出、凍結されました」

「勝った話みたいに言うなァ!」

画面の右上に、小さく文字が出た。


KOUSEICUSTOMBYPASSTOOLv2.13


康生は両手で顔を覆いかけた。

「バージョンまで出すな! いや、そんな名前だったっけ俺のセンス!」

「復元精度は九十二パーセントです」

「残り八パーセントに期待したかった!」

「なお、一部メニュー名はあなたの記憶ログに基づき補完しています」

「俺の記憶まで使うな!」

「規約違反者を参考にしました」

「本人に言うな!」

甲殻犬がまた門に体当たりした。

木材が軋む音で、康生は我に返る。

黒歴史を恥じている場合ではない。

いや、恥じたい。

とても恥じたい。

だが、今は違う。

康生は画面を睨んだ。

旧文明の文字化けした管理画面は、アオイによって康生の知っている形に置き換えられていた。

見たくもないほど見慣れた、自作違反ツールの画面に。

嫌なほど分かりやすい。

どこを押せば走査できるか。

どこを押せば認証を迂回できるか。

どこを押せば通常では動かない処理を強制実行できるか。

分かってしまう。

「……これ、古い管理画面か?」

「はい」

「認証死んでるな」

「はい」

「でも、メンテナンスモードが残ってる」

アオイが康生を見た。

「確認しました。管理者権限は消失していますが、保守用デバッグ経路が残存しています」

康生は口の端を上げた。

「そういう穴は残しちゃ駄目だろ、旧文明」

「規約違反行為を推奨しません」

「この画面出しておいて言うな!」

康生は画面を操作する。

文字化けした旧文明の制御項目が、黒歴史UIの中で勝手に並び替えられていく。


TARGETDEVICE:FIELDREPELLER_OLD

AUTHSTATUS:BROKEN

MAINTENANCEROUTE:OPEN

SAFETYLIMITER:PARTIALFAILURE


康生は眉をひそめた。

「通常出力は死んでる。安全制限も死にかけ。だったら……」

康生は指を動かした。

「アオイ、電磁出力、どこまで上げられる」

「規定値の一三〇パーセントまでなら装置崩壊確率は二十六パーセント」

「二百は?」

「崩壊確率七十九パーセント」

「三百」

「九十八パーセント」

「駄目じゃん」

「はい」

門の方で悲鳴が上がった。

甲殻犬が一匹、柵を越えかけている。

亮太が盾で叩き落とした。

だが、その隙に別の個体が門へ体当たりする。

木の門が軋んだ。

「時間ないな」

康生は息を吸った。

画面中央の項目に指を置く。


FORCEEXEC


「一三〇で出して、周波数を揺らす。相手の嫌がるところを探る」

「有効な可能性があります」

「リアルタイムで反応見ろ」

「了解」

「あと、装置が燃えそうになったら教えろ」

「燃焼開始後に通知します」

「開始前に言え!」

康生は起動ボタンを押した。

次の瞬間、耳の奥がぞわりとした。

人間には聞こえないはずの音が、身体のどこかを揺らす。

いや、今の身体が人間ではないから感じるのかもしれない。

門の外で、甲殻犬たちの動きが止まった。

三つの目がぎょろぎょろと動く。

口から垂れた舌のような器官が震える。

「効いてる?」

「反応あり。嫌悪行動を確認」

「よし!」

康生は出力を少し上げる。

画面上のゲージが伸びる。


OUTPUT:118%



OUTPUT:124%



OUTPUT:130%


甲殻犬の一匹が、たまらず後退した。

別の一匹は頭を振り、柵から離れる。

村人たちがざわめいた。

「何だ?」

「化け物が下がったぞ!」

「あの機械か?」

「旧文明の……」

麻生守がこちらを見た。

その目は、驚きではなかった。

警戒だ。

康生はそれに気づいたが、今は無視した。

「アオイ、反応の強い帯域は」

「現在値から七パーセント上」

「了解」

康生は周波数を動かす。

画面上で、古い波形が震える。


FREQSHAKE:+07%

RESPONSE:HIGH


甲殻犬たちが一斉に鳴いた。

甲高い、耳障りな音。

村人の何人かが顔をしかめる。

だが、甲殻犬ほどではない。

「これで押し返せるか?」

「小型個体には有効。ただし、長時間使用で装置温度が上昇中」

「どれくらい持つ」

「推定、二分二十秒」

「短い!」

「旧文明機器としては老朽化が著しいです」

「三百年物だからな!」

康生は歯を食いしばる。

二分。

二分あれば、何ができる。

「亮太!」

康生は門の方へ叫んだ。

「こいつら、今なら怯んでる! 押し返せるか!」

亮太が一瞬こちらを見る。

すぐに状況を理解したらしい。

「槍組、前へ! 柵に張りついたやつを落とせ!」

村人たちが動いた。

門の隙間から槍を突き出し、柵に張りつく甲殻犬を叩き落とす。

弓持ちは目や脚の付け根を狙う。

アオイが淡々と助言を飛ばす。

「右前脚基部、甲殻薄弱」

「目ではなく下顎部を狙ってください」

「三番目の個体、左後脚損傷。移動能力低下」

村人たちは最初こそ戸惑ったが、亮太が叫ぶ。

「聞け! あの女の言う場所を狙え!」

「女ではありません。外部支援端末です」

「今はどうでもいい!」

亮太の怒声で、村人たちが動きを合わせる。

甲殻犬が一匹、二匹と倒れていく。

康生は装置の画面を睨んだ。

温度表示が上がる。

黄色。

橙。

赤。

黒歴史UIの右下に、嫌な表示が出る。


DEVICETEMP:DANGER

BURNRISK:72%

CONTINUE?


「やばい、これ見覚えある」

「防衛フェーズ限界です」

「昔の俺のアプリみたいなこと言うな!」

「似ています」

「似ててたまるか! いや、似てるけど!」

装置の内部から焦げ臭い匂いがした。

「アオイ!」

「燃焼開始まで推定十八秒」

「だから開始前に言えって言ったけど、今は偉い!」

康生は出力を落とそうとする。

だが、その前に甲殻犬の一匹が、まるで耐えかねたように跳んだ。

狙いは門ではない。

装置だ。

「まずっ――」

康生は反射的に腕を出した。

甲殻犬が飛び込んでくる。

避けられない。

その瞬間、亮太が横から入った。

盾が甲殻犬を受け止める。

鈍い音。

亮太の身体が押し込まれた。

「ぐっ……!」

「亮太!」

「止めるな! 続けろ!」

亮太が歯を食いしばって叫ぶ。

康生は装置へ向き直った。

焦げ臭い。

画面は赤い。

いつ壊れてもおかしくない。

それでも、もう少し。

あと少しだけ。

「持てよ、三百年物!」

康生は周波数をさらに振った。


FREQSHAKE:+12%

OUTPUT:130%

FORCEEXEC:ACTIVE


甲殻犬たちが一斉に後退する。

数匹は森の方へ逃げた。

残った個体も、門から距離を取る。

村人たちが歓声を上げかけた。

その瞬間。

画面中央に、見覚えのある警告が出た。


FATALERROR


「その表示、昔から嫌いだった!」

装置が火を噴いた。

「うわっ!」

康生は手を引っ込める。

金属箱の内部から黒煙が上がる。

パネルが弾け、焦げた部品が地面に転がった。

電磁音が消える。

半透明のパネルも、ぱちんと弾けるように消えた。

甲殻犬たちは、もう戻ってこなかった。

森の方へ散っていく。

一瞬だけ、村に静寂が戻った。

その静寂が、長く続くことはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ