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規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第一章 規約違反者、目覚める

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第五話 防人の集落

道は、かつての道路に沿って続いていた。

ところどころに、車の残骸が埋まっている。

骨組みだけになった軽自動車。

横倒しのトラック。

前半分が土に飲み込まれたバス。

康生はその一つひとつを見ながら歩いた。

車種はよく分からない。

けれど、ナンバープレートらしきものがついている。

読めないほど錆びているが、確かに日本の車だった。

現実感が、少しずつ追いついてくる。

ここは本当に未来の日本だ。

自分はそこに放り出された。

「亮太」

「何だ」

「村には、どれくらい人がいるんだ」

「二百人くらい」

「けっこういるな」

「昔はもっといたらしい」

「今は減った?」

「ああ」

亮太の声は平坦だった。

「外から来る。病気も来る。飢えも来る。遺構を漁って戻らないやつもいる」

「……悪い」

「なんでお前が謝る」

「いや、なんとなく」

亮太は少しだけ康生を見た。

それから、ふっと息を吐いた。

「変なやつだな」

「よく言われた」

「三百年前にも?」

「たぶん」

「なら変わってないんだろ」

「俺の成長がないみたいに言うな」

「死んでたんだろ?」

「正論が強い」

アオイが横から言った。

「死亡期間中の精神的成長は確認できません」

「お前まで乗るな」

そんな会話をしているうちに、前方に柵が見えてきた。

木と金属片を組み合わせた、いびつな防壁。

ところどころに旧文明の部材らしき板や鉄骨が使われている。

高くはない。

だが、簡単に越えられないように、上部には尖った金属片が並べられていた。

防壁の上には見張り台がある。

そこから、何人かがこちらを見ていた。

その横に、小さな塔のようなものがあった。

木造の見張り台より低い。

だが、屋根の上には錆びたアンテナが何本も立っている。

康生はそれを見た。

「何だ、あれ」

「無線小屋だ」

亮太が答える。

「大型が出た時、防衛隊に送る」

「あれで?」

「古いけど、使える。使えないと困る」

その言い方が妙に重かった。

「藤倉だ!」

見張りの一人が声を上げる。

「外の二人は誰だ!」

亮太が片手を上げた。

「遺構から出てきた。危険かは分からない。村長に判断を仰ぐ!」

見張り台がざわついた。

康生は小さく呟く。

「歓迎されてないな」

「当然だ」

亮太は即答した。

「村の外から来るものは、だいたい厄介だ」

「俺も厄介枠か」

「かなり」

「否定してほしかった」

門が開く。

重い木製の扉。

補強に使われた金属板には、旧文明の企業ロゴらしきものが残っていた。

中に入ると、村が広がっていた。

木造の家。

金属板で補強された屋根。

畑。

井戸。

古い機械を改造したらしい水車のようなもの。

子供がいた。

老人がいた。

武器を持った大人がいた。

全員が、康生とアオイを見ている。

好奇心。

警戒。

恐怖。

敵意。

いろいろな視線が刺さる。

康生は思わず背筋を伸ばした。

「……めっちゃ見られてる」

「外から来たからな」

「アオイ、俺の見た目おかしくないよな?」

「構成体外観は人間に近似しています」

「近似って言うな。不安になる」

「ただし、衣服は旧文明施設内標準保護服です。現地文化との不一致が目立ちます」

「先に言え」

「質問されていません」

「支援端末だろ!」

村の中央に近づくと、人垣が割れた。

そこから、一人の老人が歩いてくる。

老人、と言っていいのか分からない。

白髪混じりの髪。

深い皺。

だが背筋は伸び、目は鋭い。

痩せているが弱々しくはない。

その後ろには、数人の男たちがついている。

村長だと、聞かなくても分かった。

亮太が姿勢を正す。

「麻生村長」

老人――麻生守は、まず亮太を見た。

「藤倉。巡回中に何を拾ってきた」

拾ってきた。

康生は小さく傷ついた。

いや、実際拾われたようなものだが。

亮太は短く答えた。

「旧文明遺構から出てきました。地下施設です。中に大型相当の反応があります。封鎖はしましたが、長く保つかは分かりません」

麻生の目がわずかに細くなる。

「大型を連れてきたのか」

「違います。逃げてきたところに遭遇しました」

「同じことだ」

「置いてくれば死んでいました」

「村を危険に晒してまで助ける理由にはならん」

亮太は何も言わなかった。

康生は、そのやり取りを聞いて胃が重くなる。

この村長、かなり厳しい。

麻生は背後の男へ目を向けた。

「無線小屋に人を置け。大型が出るなら、防衛隊への打電準備をしておく」

「はい」

男が走る。

康生はその背中を見送った。

本当に、仕組みがあるのだ。

防人が見つける。

足止めする。

防衛隊へ送る。

海上から大型を撃つ。

この村は孤立した集落ではない。

壊れかけた列島防衛網の一部だった。

麻生の視線が、康生へ移った。

「名は」

「あ、石田康生です」

「どこの者だ」

康生は詰まった。

どこの者。

三百年前の日本。

現代人。

死者。

ピコマシン集合体。

どれを言っても怪しい。

「……説明が難しいんですけど」

「難しいなら、怪しいということだ」

「正論だけど速い」

麻生は次に、アオイを見た。

その視線が、より鋭くなる。

「そちらは」

「私はAdaptiveOversightIntelligence。適応監視知性A.O.I.。外部支援端末として――」

「旧文明機械か」

麻生の声が低くなった。

周囲の空気が変わる。

村人たちが一歩下がった。

武器を握る者もいる。

康生は慌てて前に出た。

「待ってください。こいつは、その、俺の支援端末で――」

「支援端末」

麻生が康生を見る。

「では、お前も旧文明の残骸か」

その言葉は、静かだった。

だが、はっきりとした拒絶があった。

康生は息を呑んだ。

旧文明の残骸。

言い返したかった。

自分はただ、さっき起きただけだ。

何も知らない。

望んでこうなったわけじゃない。

だが、康生自身にも、自分が何なのか分からない。

だから、言葉が出なかった。

アオイが横から淡々と言う。

「彼は三百二十七年前の人格ログをもとに構成されたピコマシン集合体です」

「お前は本当に初対面で全部言うな!」

康生は叫んだ。

村人たちがざわつく。

「ピコ……?」

「旧文明の人形か?」

「機械なのか?」

「人じゃないのか?」

麻生の目が、さらに冷たくなる。

「藤倉」

「はい」

「見張れ」

亮太は眉を寄せた。

「村長」

「村に入れるとは言っていない。だが、今ここで処分するとも言っていない」

麻生は康生を見据えた。

「旧文明のものは、災いを運ぶ」

康生は黙った。

麻生は続ける。

「我々は、何度もそれを見てきた。便利な機械。光る武器。動く遺構。そういうものに触れた者から死んでいく」

その目が、無線小屋の方へわずかに動いた。

「防衛隊の艦も、旧文明の力だ。だが、あれは国を守るために、何代もかけて扱い方を守ってきたものだ。勝手に触れてよいものではない」

アオイが何か言おうとする。

康生は手で制した。

今は黙っていた方がいい気がした。

麻生の声は低い。

「お前が何者かは知らん。だが、村に害をなすなら、容赦はしない」

康生は小さく息を吐いた。

「……分かりました」

自分でも驚くほど、素直な声が出た。

麻生がわずかに眉を動かす。

康生は続けた。

「俺も、自分が何なのかよく分かってません。さっき起きたばっかりで、この時代のことも、この身体のことも、まだ何も分かってない」

村人たちの視線が刺さる。

怖い。

正直、めちゃくちゃ怖い。

それでも康生は言った。

「だから、迷惑かけないとは言い切れません。でも、少なくとも、わざと害をなす気はないです」

麻生は黙って康生を見ていた。

長い沈黙。

やがて、麻生が亮太に言った。

「藤倉。お前が監視しろ」

亮太は短く頷いた。

「分かりました」

「妙な動きを見せれば、即座に知らせろ」

「はい」

麻生は最後に、康生へ言った。

「村の奥には入るな。水場に近づくな。子供に近づくな。夜は藤倉の小屋から出るな」

「制限多いな」

「命があるだけ譲歩と思え」

「はい」

康生は即答した。

ここで反論するほど馬鹿ではない。

いや、馬鹿ではあるかもしれない。

規約違反者だし。

だが、今は反論してはいけないことくらいは分かる。

麻生は背を向けた。

「旧文明の残骸など、村に入れるべきではない」

そう言い残して、村人たちを連れて去っていく。

康生はその背中を見送った。

「……嫌われてるな」

亮太が横に立つ。

「村長は、村を守ることだけ考えてる」

「悪い人ではない?」

「悪い人じゃない」

亮太は少し間を置いた。

「ただ、怖い人だ」

「それは分かる」

アオイが淡々と言った。

「現時点での村長、麻生守の警戒レベルは高。敵対化リスクがあります」

「分析するならもっと小声でしろ、聞こえるぞ」

「支援です」

「支援の形を考えろ」

亮太が深く息を吐いた。

「とにかく、今日は俺の小屋に来い。話はそれからだ」

「悪いな」

「まだ信用したわけじゃない」

「分かってる」

「でも、外に放り出すよりはましだ」

康生は小さく笑った。

「それ、今日二回目だな」

「事実だからな」

三人は村の端へ向かって歩き出した。

村人たちの視線は、まだ康生たちを追っている。

その中に、恐怖と敵意が混じっているのが分かった。

康生は、ふと空を見上げた。

夕方の光が、壊れた世界を赤く染めている。

三百年後の日本。

生き延びた島。

旧文明の残骸を嫌う村。

海上で大型を撃つ防衛隊。

そして、自分自身もその残骸として見られている。

「なあ、アオイ」

「はい」

「俺、初手からだいぶ詰んでないか」

「現状は不利です」

「慰めろよ」

「藤倉亮太の保護下に入れたことは有利です」

「それは、まあ」

「また、麻生守は即時排除を選択しませんでした」

「ギリギリじゃねえか」

「はい」

「はいじゃない」

亮太の小屋が見えてきた。

粗末だが、手入れされた木造の小屋。

屋根には錆びた金属板が重ねられている。

入口の横には、盾の手入れ道具と槍が置かれていた。

その隣に、小さな無線機のようなものが置かれている。

康生がそれを見ると、亮太が言った。

「防人は、無線の扱いも覚える」

「槍と盾だけじゃないんだな」

「小型は槍で止める。中型は罠と盾で止める。大型は、無線で止める」

「無線で止めるって表現、ちょっと格好いいな」

「防衛隊が来なきゃ、止まらないけどな」

康生は笑えなかった。

その時だった。

遠くから鐘の音が聞こえた。

一度。

二度。

三度。

亮太の顔色が変わった。

「まずい」

「何の音だ」

「外敵警戒の鐘だ」

康生は振り返った。

村の外。

森の向こう。

夕焼けの赤の中で、何か黒い影が動いていた。

一つではない。

いくつも。

アオイの瞳が、わずかに光る。

「複数の敵性反応を確認」

「さっきの地下のやつか?」

「不明。ただし、移動方向はこの村です」

亮太が盾を掴む。

村人たちが走り出す。

麻生守の怒号が遠くから響いた。

「門を閉じろ! 子供を奥へ! 見張り台、数を出せ!」

続いて、別の声が飛ぶ。

「無線小屋を開けろ! 大型なら即座に防衛隊へ打電する!」

康生は喉を鳴らした。

防人の役目。

小型と中型を倒す。

大型は足止めして、防衛隊へ送る。

さっき聞いたばかりの仕組みが、目の前で動き出している。

さっきこの村に入れてもらったばかりだ。

信用もされていない。

むしろ旧文明の残骸と呼ばれた。

だが、敵は来ている。

この村へ。

「……なあ、アオイ」

「はい」

「俺、戦えないんだよな」

「現状では困難です」

「逃げた方がいい?」

「可能です」

「推奨は?」

アオイは一秒だけ沈黙した。

「藤倉亮太が死亡した場合、あなたの生存率は低下します」

「言い方」

「この村が壊滅した場合、あなたの補給、情報収集、保護の選択肢は大幅に減少します」

「だから言い方」

「結論。防衛に協力することを推奨します」

康生は笑った。

乾いた笑いだった。

「結局、そうなるよな」

亮太が康生を見る。

「無理はするな。お前、戦えないんだろ」

「そうなんだけどな」

康生は足元の石を拾った。

さっきは何の役にも立たなかった石だ。

それを握って、村の門の方を見る。

「俺にも、できることくらい探すよ」

アオイが淡々と言った。

「規約違反者の得意分野です」

「穴探しって言え!」

夕焼けの中、鐘が鳴り続けている。

村の門の向こうで、黒い影が近づいてくる。

無線小屋では、古い機械に火が入れられていた。

まだ誰も知らなかった。

その日、村の外から来る脅威よりも厄介なものが、森の奥で無線の声を歪ませ始めていたことを。

旧文明の残骸と呼ばれた男は、まだ何も分からないまま、初めて誰かの防衛戦に巻き込まれようとしていた。

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