表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第一章 規約違反者、目覚める

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/116

第四話 日本が残った理由

森は、康生の知っている森ではなかった。

木がある。

草がある。

鳥のような鳴き声も聞こえる。

それだけなら、普通の森と言えなくもない。

だが、木の幹には金属の筋が走っている。

葉はところどころ薄く透け、陽を受けると硝子のように光る。

地面には、錆びたケーブルのようなものが根と絡み合っていた。

「……自然っていうか、廃墟が森に負けた感じだな」

康生が呟くと、前を歩く亮太が振り返った。

「ハイキョ?」

「あー……壊れた建物とか、昔の施設とか、そういうやつ」

「遺構か」

「そう、それ」

亮太は短く頷いた。

「ここらは遺構だらけだ。掘れば何か出る」

「宝探しみたいだな」

「死ぬけどな」

「急に現実的」

亮太は盾を背負い直し、森の奥へ進んでいく。

その足取りには迷いがない。

獣道のような細い道を、枝を避けながら進む。

康生はその後ろをついていった。

アオイはさらにその横を、平然と歩いている。

草や枝に引っかかりもしない。

足場の悪さを気にする様子もない。

「なあ、アオイ」

「はい」

「お前、歩き慣れてるな」

「地形解析と姿勢制御により、最適な歩行ルートを選択しています」

「ずるい」

「支援端末ですので」

「支援する気あるなら俺にも教えろ」

「三歩先の石を避けてください」

「そういうのは助かる」

康生は言われた通り、足元の石を避けた。

その直後、右側の草むらがかすかに揺れた。

亮太がすぐに盾を構える。

康生も身構えた。

だが、出てきたのは小さな獣だった。

うさぎに似ている。

似てはいるが、耳が四本あった。

「うさぎ……?」

「森ネズミだ」

「ネズミ?」

「あれは食える」

「食えるんだ」

「腹を壊すこともある」

「食える判定が広いな」

亮太は森ネズミを追わず、歩き続けた。

康生はその背中を見ながら、少しだけ感心する。

若い。

たぶん十八くらい。

それなのに、周囲への警戒が自然だった。

足音を殺し、草むらの動きを見て、風の流れまで気にしている。

現地人。

この世界で生きてきた人間。

康生とは違う。

「藤倉」

「亮太でいい」

「じゃあ亮太。あの小さい化け物、よく出るのか」

「さっきの甲殻犬か」

「あれ犬扱いなのか」

「四つ足で噛むからな」

「分類が雑」

「村の外なら珍しくない。小さいやつはまだいい。群れじゃなきゃ盾で止められる」

「中型は?」

「数人で囲む。足を止めて、槍で隙間を狙う」

「大型は?」

亮太は、そこで少しだけ黙った。

さっきまで淡々としていた足取りが、ほんのわずかに鈍る。

「見つけたら、逃げる」

「だよな」

「いや」

亮太は首を横に振った。

「逃げるだけじゃない。足止めする」

「足止め?」

「防人の役目だ」

康生は眉をひそめた。

「防人って、村の見張りみたいなもんじゃないのか」

亮太は少しだけ康生を見た。

「違う。村を守るのも仕事だけど、それだけじゃない」

「他に何するんだ?」

「海から来るものを見る。空から来るものを見る。森から来るものを見る。小型と中型は、俺たちで倒す」

亮太は背中の盾を軽く叩いた。

「でも、大型は違う。あれは防人が倒すものじゃない」

「じゃあ、誰が倒すんだよ」

「防衛隊だ」

その言葉に、康生は足を止めかけた。

「防衛隊?」

「俺も詳しくは知らない。海の上に艦が二隻残ってる」

「艦」

「大きな船だ。昔の国を守っていた船らしい」

「船で化け物を倒すのか」

「大型が出たら、俺たちは足止めして、位置を送る。防衛隊が海の上から撃つ」

康生は思わずアオイを見た。

「それ、本当なのか?」

アオイの瞳が淡く光る。

「情報照合。現地における防衛隊とは、旧日本国自衛隊を起源とする残存防衛組織と推定されます」

「自衛隊、まだ残ってるのか」

「組織形態は大きく変質している可能性があります。ただし、海上戦力の残存記録があります」

「艦が二隻って」

「旧イージス艦級防衛艦、二隻の残存記録と一致します」

康生は目を瞬いた。

「イージス艦?」

「はい」

「この世界、槍と盾で戦ってると思ったら、急にイージス艦出てくるのかよ」

「両方ある」

亮太が短く言った。

「それが今の日本だ」

康生は言葉を失った。

草の匂い。

錆びたケーブル。

金属の筋を持つ木。

耳が四本あるネズミ。

盾を背負った防人。

その向こう側に、まだ海の上で動いているイージス艦がある。

意味が分からない。

だが、妙に説得力があった。

「でも、イージス艦ってミサイル撃つやつだろ。三百年も経ってたら、弾なんか残ってないんじゃないのか」

「ミサイルは尽きていると推定します」

アオイが答えた。

「やっぱり」

「ですが、旧文明末期に改修された艦には、艦載レールガンおよび高出力レーザー砲が搭載されていました」

「レールガンとレーザー」

「はい」

「盛りすぎだろ、旧文明」

「末期ですので」

「便利な言葉だな、末期」

アオイは淡々と続けた。

「当該艦には核融合炉が搭載されていた記録があります。海水から燃料資源を抽出し、大電力を生成。電磁加速兵器および指向性エネルギー兵器の運用が可能です」

康生は亮太を見る。

「お前、それ分かってる?」

「大半は分からない」

「だよな」

「でも、大型が出た時に海の方から光が飛んできて、化け物を焼いたのは見たことがある」

「見たことあるのか」

「ああ」

亮太は少しだけ遠くを見る目をした。

「子供の頃だ。海の向こうが昼みたいに光った。山の上にいた大型が、立ったまま溶けた」

康生は黙った。

槍と盾の世界。

だが、遠くの海では、まだ旧文明の光が生きている。

完全に滅びたわけではない。

かといって、守られているわけでもない。

ギリギリ残っている。

それが、この国なのだ。

「防人って、つまり……」

康生はゆっくり言った。

「列島防衛の末端みたいなものか」

亮太はその言葉の意味を考えるように黙った。

「たぶん、そうだ」

「なんか急に責任が重いな」

「軽かったら、誰も外になんか立たない」

康生は何も言い返せなかった。

     *

森を抜けると、視界が開けた。

康生は足を止めた。

そこには、道路があった。

いや、道路だったものがあった。

アスファルトはひび割れ、そこから草木が生えている。

白線はかすかに残っているが、ほとんど土に埋もれていた。

道路脇には、錆びた標識が傾いている。

文字は読めないほど風化していた。

その先に、高架道路の残骸があった。

途中で折れ、巨大な骨のように森の中へ沈み込んでいる。

さらに遠く。

霞の向こうに、ビルの影が見えた。

上半分が崩れた建物。

外壁が剥がれ、窓が黒く抜け落ちた塔。

蔓に覆われた鉄塔。

康生は息を呑んだ。

「……本当に、日本なんだな」

「旧福岡県北部です」

アオイが横から答えた。

「この道路は、旧国道に接続していた可能性が高いです」

「国道……」

その言葉が妙に刺さった。

国道。

高速道路。

コンビニ。

ガソリンスタンド。

夜中の街灯。

知っている日本の輪郭が、廃墟の下にうっすら残っている。

異世界なら、まだよかったのかもしれない。

最初から知らない世界なら、諦めもつく。

だがここは、日本だった。

康生の知っているはずの国が、知らない姿になった場所だった。

「なあ、アオイ」

「はい」

「世界大戦で、世界は滅びかけたんだよな」

「はい」

「じゃあ、なんで日本は残ってるんだ?」

亮太が振り返った。

「何の話だ」

「いや、アオイの説明だと、重力兵器で世界中がめちゃくちゃになったんだろ。でも日本は、少なくとも形は残ってる。防衛隊まで残ってる。なんでかなって」

亮太は少し考えた。

「村では、海が守ったって言われてる」

「海?」

「大陸から来るものは、海で止まる。昔はそうだったらしい」

亮太は少し間を置いて、続けた。

「今は、防衛隊が守ってる」

康生は海の方角を見た。

木々の向こうに、わずかに青い線が見えた。

日本海か、玄界灘か。

康生には分からない。

「海か……」

「参考記録を出しますか?」

アオイが言った。

康生は嫌な予感がした。

「参考記録?」

「旧日本国内閣府、国家安全保障会議記録です」

「なんか急に生々しいな」

「閲覧しますか」

康生は少し迷った。

見るべきなのか。

今ここで聞くべきなのか。

だが、目の前には壊れた国道がある。

遠くには朽ちた街がある。

知らないまま歩くには、少し重すぎた。

「……出してくれ」

アオイが指を動かす。

半透明のパネルが空中に浮かび、古い映像が映し出された。

「画質いいな」

「32Kです」

「画質の進化やばいだろ」

そこには、会議室が映っていた。

長い机。

並んだ男たち。

スーツ姿。

疲れた顔。

何かの資料を前に、全員が深刻そうに座っている。

『重力兵器の配備につきましては、安全性が十分に確認されておりません』

総理大臣らしき男が、慎重な声で言った。

『国民の理解を得るためにも、丁寧な議論が必要であります』

別の閣僚が頷く。

『集団的自衛権との関係も、整理が必要かと』

『そうは言っても、米国を支援するのは安全なのかね?』

『安全ではありませんが……』

『それなら猶更、安全性を検討してだね』

『有識者会議の設置を検討すべきでは』

『野党への説明も当然必要でしょう』

『拙速な判断は避けるべきです』

『しかし、安全保障環境は急速に悪化しています』

『だからこそ、慎重な判断が必要です』

会議室の空気は重い。

誰もふざけてはいない。

誰も笑っていない。

全員が真面目に、深刻な顔で話し合っていた。

康生はしばらく無言で映像を見ていた。

「……日本っぽい」

「この議論は、その後も継続されました」

アオイが言った。

「配備は?」

「されませんでした」

「世界は?」

「崩壊しました」

「議論してる間に?」

「はい」

康生は頭を抱えた。

「助かった理由が情けなさすぎる」

「結果として、日本列島は主要報復目標から外れました」

「決断しなかったから撃たれなかったのか」

「概ね正しいです」

「皮肉にもほどがあるだろ」

映像が切り替わる。

今度は海だった。

濃い灰色の海。

荒れた波。

低い雲。

その海上に、二隻の艦が浮かんでいた。

康生の知っている護衛艦に似ている。

だが、どこか違う。

甲板には見慣れない砲塔があり、艦橋の周囲には巨大な放熱板のような構造物が折り畳まれている。

垂直発射装置らしき部分は封鎖され、代わりに太いレールのような砲身が前方を向いていた。

『残存海上防衛艦隊、第一および第二艦、稼働を確認』

アオイが説明する。

「旧イージス艦を母体とする改修防衛艦です。ミサイル枯渇後、艦載レールガンおよび高出力レーザー砲を主兵装として運用」

「それが、今も動いてるのか」

「記録上は、その後も長期間稼働しています。現時点での状態は不明です」

亮太が映像を見て、静かに言った。

「動いてる」

康生が振り返る。

「見たのか」

「艦そのものは見てない。でも、光は見た。防衛隊の無線も、たまに入る」

「無線」

「ああ。大型が出た時に、位置を送る。防人はそのためにいる」

亮太は、壊れた国道の先を見る。

「俺たちは、この村だけを守ってるんじゃない。ここを抜けられたら、内側の集落に行く。港に行く。山を越える。だから、止める」

康生は言葉を失った。

さっきまで、亮太はただの村の若者に見えていた。

盾を持った、警戒心の強い現地人。

だが違う。

亮太は、崩れた日本の防衛線の端に立っている。

たぶん本人は、そんな大げさな言い方はしない。

けれど、やっていることはそういうことだった。

「……防人って、すげえな」

康生が言うと、亮太は少しだけ気まずそうな顔をした。

「別にすごくない。そういう役目で生まれただけだ」

「それをすごいって言うんだよ」

亮太は返事をしなかった。

代わりに、アオイが言った。

「藤倉亮太の警戒行動、周辺環境への適応度は高いです。現地生存者として有用です」

「言い方!」

亮太が顔をしかめる。

「今、有用って言わなかったか」

「言った。こいつはこういうやつなんだ。悪気があるかは分からん」

「悪気はありません」

「なお悪い」

康生はため息をついた。

映像は消え、半透明のパネルが閉じる。

残ったのは、壊れた国道と、森に飲み込まれた高架道路と、遠くに霞む海だった。

日本は残った。

だが、守られたわけではない。

ただ、最初の標的から外れた。

海がしばらく防壁になった。

そして、今もわずかに残った防衛隊が、海の上で踏みとどまっている。

残っただけの国。

生き延びただけの島。

それでも、まだ誰かが守っている。

康生は、壊れた国道を見下ろした。

「……なんで俺なんだろうな」

「選択可能な人格ログの中で、あなたの適応性が最も高かったためです」

「チートしてたから?」

「はい」

「世界を救う理由として最低だな」

「世界を救うとは言っていません」

「じゃあ何をさせる気だよ」

「生存してください」

アオイは即答した。

康生は少しだけ目を見開いた。

「……それだけ?」

「現時点では、それが最優先です」

その答えは、意外だった。

もっと大仰なことを言われると思っていた。

世界を救え。

人類を守れ。

敵を倒せ。

そういうやつだ。

だが、アオイはただ、生存しろと言った。

「生き残れば、選択肢が増えます」

康生はアオイを見た。

相変わらず無表情だった。

自分で設定した、妙に好みの顔だった。

それなのに、今の言葉だけは少しだけ悪くなかった。

「……分かったよ」

「記録しました」

「そういうところだぞ」

亮太が盾を担ぎ直した。

「そろそろ行くぞ。記録を見てる間に日が傾く」

「悪い」

「謝るなら足を動かせ」

「現地人、厳しいな」

「甘いやつから死ぬ」

「返しが全部重い」

三人は再び歩き出した。


第五話 防人の集落

道は、かつての道路に沿って続いていた。

ところどころに、車の残骸が埋まっている。

骨組みだけになった軽自動車。

横倒しのトラック。

前半分が土に飲み込まれたバス。

康生はその一つひとつを見ながら歩いた。

車種はよく分からない。

けれど、ナンバープレートらしきものがついている。

読めないほど錆びているが、確かに日本の車だった。

現実感が、少しずつ追いついてくる。

ここは本当に未来の日本だ。

自分はそこに放り出された。

「亮太」

「何だ」

「村には、どれくらい人がいるんだ」

「二百人くらい」

「けっこういるな」

「昔はもっといたらしい」

「今は減った?」

「ああ」

亮太の声は平坦だった。

「外から来る。病気も来る。飢えも来る。遺構を漁って戻らないやつもいる」

「……悪い」

「なんでお前が謝る」

「いや、なんとなく」

亮太は少しだけ康生を見た。

それから、ふっと息を吐いた。

「変なやつだな」

「よく言われた」

「三百年前にも?」

「たぶん」

「なら変わってないんだろ」

「俺の成長がないみたいに言うな」

「死んでたんだろ?」

「正論が強い」

アオイが横から言った。

「死亡期間中の精神的成長は確認できません」

「お前まで乗るな」

そんな会話をしているうちに、前方に柵が見えてきた。

木と金属片を組み合わせた、いびつな防壁。

ところどころに旧文明の部材らしき板や鉄骨が使われている。

高くはない。

だが、簡単に越えられないように、上部には尖った金属片が並べられていた。

防壁の上には見張り台がある。

そこから、何人かがこちらを見ていた。

その横に、小さな塔のようなものがあった。

木造の見張り台より低い。

だが、屋根の上には錆びたアンテナが何本も立っている。

康生はそれを見た。

「何だ、あれ」

「無線小屋だ」

亮太が答える。

「大型が出た時、防衛隊に送る」

「あれで?」

「古いけど、使える。使えないと困る」

その言い方が妙に重かった。

「藤倉だ!」

見張りの一人が声を上げる。

「外の二人は誰だ!」

亮太が片手を上げた。

「遺構から出てきた。危険かは分からない。村長に判断を仰ぐ!」

見張り台がざわついた。

康生は小さく呟く。

「歓迎されてないな」

「当然だ」

亮太は即答した。

「村の外から来るものは、だいたい厄介だ」

「俺も厄介枠か」

「かなり」

「否定してほしかった」

門が開く。

重い木製の扉。

補強に使われた金属板には、旧文明の企業ロゴらしきものが残っていた。

中に入ると、村が広がっていた。

木造の家。

金属板で補強された屋根。

畑。

井戸。

古い機械を改造したらしい水車のようなもの。

子供がいた。

老人がいた。

武器を持った大人がいた。

全員が、康生とアオイを見ている。

好奇心。

警戒。

恐怖。

敵意。

いろいろな視線が刺さる。

康生は思わず背筋を伸ばした。

「……めっちゃ見られてる」

「外から来たからな」

「アオイ、俺の見た目おかしくないよな?」

「構成体外観は人間に近似しています」

「近似って言うな。不安になる」

「ただし、衣服は旧文明施設内標準保護服です。現地文化との不一致が目立ちます」

「先に言え」

「質問されていません」

「支援端末だろ!」

村の中央に近づくと、人垣が割れた。

そこから、一人の老人が歩いてくる。

老人、と言っていいのか分からない。

白髪混じりの髪。

深い皺。

だが背筋は伸び、目は鋭い。

痩せているが弱々しくはない。

その後ろには、数人の男たちがついている。

村長だと、聞かなくても分かった。

亮太が姿勢を正す。

「麻生村長」

老人――麻生守は、まず亮太を見た。

「藤倉。巡回中に何を拾ってきた」

拾ってきた。

康生は小さく傷ついた。

いや、実際拾われたようなものだが。

亮太は短く答えた。

「旧文明遺構から出てきました。地下施設です。中に大型相当の反応があります。封鎖はしましたが、長く保つかは分かりません」

麻生の目がわずかに細くなる。

「大型を連れてきたのか」

「違います。逃げてきたところに遭遇しました」

「同じことだ」

「置いてくれば死んでいました」

「村を危険に晒してまで助ける理由にはならん」

亮太は何も言わなかった。

康生は、そのやり取りを聞いて胃が重くなる。

この村長、かなり厳しい。

麻生は背後の男へ目を向けた。

「無線小屋に人を置け。大型が出るなら、防衛隊への打電準備をしておく」

「はい」

男が走る。

康生はその背中を見送った。

本当に、仕組みがあるのだ。

防人が見つける。

足止めする。

防衛隊へ送る。

海上から大型を撃つ。

この村は孤立した集落ではない。

壊れかけた列島防衛網の一部だった。

麻生の視線が、康生へ移った。

「名は」

「あ、石田康生です」

「どこの者だ」

康生は詰まった。

どこの者。

三百年前の日本。

現代人。

死者。

ピコマシン集合体。

どれを言っても怪しい。

「……説明が難しいんですけど」

「難しいなら、怪しいということだ」

「正論だけど速い」

麻生は次に、アオイを見た。

その視線が、より鋭くなる。

「そちらは」

「私はAdaptiveOversightIntelligence。適応監視知性A.O.I.。外部支援端末として――」

「旧文明機械か」

麻生の声が低くなった。

周囲の空気が変わる。

村人たちが一歩下がった。

武器を握る者もいる。

康生は慌てて前に出た。

「待ってください。こいつは、その、俺の支援端末で――」

「支援端末」

麻生が康生を見る。

「では、お前も旧文明の残骸か」

その言葉は、静かだった。

だが、はっきりとした拒絶があった。

康生は息を呑んだ。

旧文明の残骸。

言い返したかった。

自分はただ、さっき起きただけだ。

何も知らない。

望んでこうなったわけじゃない。

だが、康生自身にも、自分が何なのか分からない。

だから、言葉が出なかった。

アオイが横から淡々と言う。

「彼は三百二十七年前の人格ログをもとに構成されたピコマシン集合体です」

「お前は本当に初対面で全部言うな!」

康生は叫んだ。

村人たちがざわつく。

「ピコ……?」

「旧文明の人形か?」

「機械なのか?」

「人じゃないのか?」

麻生の目が、さらに冷たくなる。

「藤倉」

「はい」

「見張れ」

亮太は眉を寄せた。

「村長」

「村に入れるとは言っていない。だが、今ここで処分するとも言っていない」

麻生は康生を見据えた。

「旧文明のものは、災いを運ぶ」

康生は黙った。

麻生は続ける。

「我々は、何度もそれを見てきた。便利な機械。光る武器。動く遺構。そういうものに触れた者から死んでいく」

その目が、無線小屋の方へわずかに動いた。

「防衛隊の艦も、旧文明の力だ。だが、あれは国を守るために、何代もかけて扱い方を守ってきたものだ。勝手に触れてよいものではない」

アオイが何か言おうとする。

康生は手で制した。

今は黙っていた方がいい気がした。

麻生の声は低い。

「お前が何者かは知らん。だが、村に害をなすなら、容赦はしない」

康生は小さく息を吐いた。

「……分かりました」

自分でも驚くほど、素直な声が出た。

麻生がわずかに眉を動かす。

康生は続けた。

「俺も、自分が何なのかよく分かってません。さっき起きたばっかりで、この時代のことも、この身体のことも、まだ何も分かってない」

村人たちの視線が刺さる。

怖い。

正直、めちゃくちゃ怖い。

それでも康生は言った。

「だから、迷惑かけないとは言い切れません。でも、少なくとも、わざと害をなす気はないです」

麻生は黙って康生を見ていた。

長い沈黙。

やがて、麻生が亮太に言った。

「藤倉。お前が監視しろ」

亮太は短く頷いた。

「分かりました」

「妙な動きを見せれば、即座に知らせろ」

「はい」

麻生は最後に、康生へ言った。

「村の奥には入るな。水場に近づくな。子供に近づくな。夜は藤倉の小屋から出るな」

「制限多いな」

「命があるだけ譲歩と思え」

「はい」

康生は即答した。

ここで反論するほど馬鹿ではない。

いや、馬鹿ではあるかもしれない。

規約違反者だし。

だが、今は反論してはいけないことくらいは分かる。

麻生は背を向けた。

「旧文明の残骸など、村に入れるべきではない」

そう言い残して、村人たちを連れて去っていく。

康生はその背中を見送った。

「……嫌われてるな」

亮太が横に立つ。

「村長は、村を守ることだけ考えてる」

「悪い人ではない?」

「悪い人じゃない」

亮太は少し間を置いた。

「ただ、怖い人だ」

「それは分かる」

アオイが淡々と言った。

「現時点での村長、麻生守の警戒レベルは高。敵対化リスクがあります」

「分析するならもっと小声でしろ、聞こえるぞ」

「支援です」

「支援の形を考えろ」

亮太が深く息を吐いた。

「とにかく、今日は俺の小屋に来い。話はそれからだ」

「悪いな」

「まだ信用したわけじゃない」

「分かってる」

「でも、外に放り出すよりはましだ」

康生は小さく笑った。

「それ、今日二回目だな」

「事実だからな」

三人は村の端へ向かって歩き出した。

村人たちの視線は、まだ康生たちを追っている。

その中に、恐怖と敵意が混じっているのが分かった。

康生は、ふと空を見上げた。

夕方の光が、壊れた世界を赤く染めている。

三百年後の日本。

生き延びた島。

旧文明の残骸を嫌う村。

海上で大型を撃つ防衛隊。

そして、自分自身もその残骸として見られている。

「なあ、アオイ」

「はい」

「俺、初手からだいぶ詰んでないか」

「現状は不利です」

「慰めろよ」

「藤倉亮太の保護下に入れたことは有利です」

「それは、まあ」

「また、麻生守は即時排除を選択しませんでした」

「ギリギリじゃねえか」

「はい」

「はいじゃない」

亮太の小屋が見えてきた。

粗末だが、手入れされた木造の小屋。

屋根には錆びた金属板が重ねられている。

入口の横には、盾の手入れ道具と槍が置かれていた。

その隣に、小さな無線機のようなものが置かれている。

康生がそれを見ると、亮太が言った。

「防人は、無線の扱いも覚える」

「槍と盾だけじゃないんだな」

「小型は槍で止める。中型は罠と盾で止める。大型は、無線で止める」

「無線で止めるって表現、ちょっと格好いいな」

「防衛隊が来なきゃ、止まらないけどな」

康生は笑えなかった。

その時だった。

遠くから鐘の音が聞こえた。

一度。

二度。

三度。

亮太の顔色が変わった。

「まずい」

「何の音だ」

「外敵警戒の鐘だ」

康生は振り返った。

村の外。

森の向こう。

夕焼けの赤の中で、何か黒い影が動いていた。

一つではない。

いくつも。

アオイの瞳が、わずかに光る。

「複数の敵性反応を確認」

「さっきの地下のやつか?」

「不明。ただし、移動方向はこの村です」

亮太が盾を掴む。

村人たちが走り出す。

麻生守の怒号が遠くから響いた。

「門を閉じろ! 子供を奥へ! 見張り台、数を出せ!」

続いて、別の声が飛ぶ。

「無線小屋を開けろ! 大型なら即座に防衛隊へ打電する!」

康生は喉を鳴らした。

防人の役目。

小型と中型を倒す。

大型は足止めして、防衛隊へ送る。

さっき聞いたばかりの仕組みが、目の前で動き出している。

さっきこの村に入れてもらったばかりだ。

信用もされていない。

むしろ旧文明の残骸と呼ばれた。

だが、敵は来ている。

この村へ。

「……なあ、アオイ」

「はい」

「俺、戦えないんだよな」

「現状では困難です」

「逃げた方がいい?」

「可能です」

「推奨は?」

アオイは一秒だけ沈黙した。

「藤倉亮太が死亡した場合、あなたの生存率は低下します」

「言い方」

「この村が壊滅した場合、あなたの補給、情報収集、保護の選択肢は大幅に減少します」

「だから言い方」

「結論。防衛に協力することを推奨します」

康生は笑った。

乾いた笑いだった。

「結局、そうなるよな」

亮太が康生を見る。

「無理はするな。お前、戦えないんだろ」

「そうなんだけどな」

康生は足元の石を拾った。

さっきは何の役にも立たなかった石だ。

それを握って、村の門の方を見る。

「俺にも、できることくらい探すよ」

アオイが淡々と言った。

「規約違反者の得意分野です」

「穴探しって言え!」

夕焼けの中、鐘が鳴り続けている。

村の門の向こうで、黒い影が近づいてくる。

無線小屋では、古い機械に火が入れられていた。

まだ誰も知らなかった。

その日、村の外から来る脅威よりも厄介なものが、森の奥で無線の声を歪ませ始めていたことを。

旧文明の残骸と呼ばれた男は、まだ何も分からないまま、初めて誰かの防衛戦に巻き込まれようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ