表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第六章 冷えた空

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/116

第五十五話 冷えた空へ

出発は、夜明け前になった。

理由は単純だった。

村人に見られたくなかったからだ。

康生たちは、まだ薄暗い森の中を歩いていた。

向かう先は、村の北東にある旧資材置き場跡。

そこには、錆びた鉄板と古い布で隠したタイヤのない作業艇が眠っている。

康生の後ろには、アオイ、亮太、千田が続いていた。

亮太は左腕を吊ったままだ。

戦闘参加は禁止。

本人も一応、納得したことになっている。

一応だ。


「本当に乗ってるだけだからな」


康生が言うと、亮太は少し不満そうに答えた。


「分かってる」

「前に出るなよ」

「分かってる」

「敵を見ても飛び出すなよ」

「分かってるって」

「信用が低いんだよ」


千田が横から静かに言った。


「亮太。今回は康生殿の言う通りにしろ」

「分かってます」


亮太は小さく息を吐いた。


「左腕、まだ痛いし」

「ならよし」

「よしなのか」


康生がそう返すと、アオイが淡々と告げた。


「藤倉亮太の戦闘参加は禁止事項として記録済みです」

「記録しなくていい」

「必要です」

「俺の信用、どんだけ低いんだよ」

「実績に基づく評価です」


亮太は黙った。

反論できない顔だった。

資材置き場に着くと、作業艇は昨日のまま隠されていた。

錆びた鉄板。

古い布。

折れた支柱。

半分崩れた屋根。

その奥に、タイヤのないトゥクトゥクがあった。

布の隙間から、古い画面がうっすら光っている。


――待機中。


康生は眉を寄せた。


「また待ってたみたいな表示だな」

「待機表示です」

「分かってるけど、なんか嫌なんだよ」


アオイが作業艇の側面へ触れる。


「補助電源、残量五パーセント。昨日の起動後に微量回復しています」

「五パーセント」

「長距離運用には不足です」

「つまり、俺が給電する」

「はい」

「外部給電源、固定」

「現状では代替電源がありません」

「分かってるよ」


康生は作業艇の給電端子を見る。

昨日と同じ接続補助アームが、まだ収納された状態でそこにあった。

あれに手首をつながれるのは、やはり気分がよくない。

自分が乗り物の燃料扱いになっている気がする。


「麻生さん、ちゃんと村人止めてるかな」

「旧資材置き場周辺は、村長権限により一時立ち入り制限中です」


アオイが答える。


「理由は?」

「旧施設由来資材の危険確認」

「まともだ」

「麻生守は実務能力が高い人物です」

「信仰さえ混ざらなければな」


その時、遠くから足音がした。

康生が振り返ると、麻生が一人で歩いてきた。


「康生殿」

「麻生さん。来たんですか」

「見送りだけです」

「村は?」

「真衣に任せました。長くは離れません」


麻生は隠された作業艇を見て、ほんの少しだけ目を細めた。


「これが、旧文明作業艇」


康生は身構えた。


「はい。旧文明作業艇です」

「空を…」


麻生はそこで言葉を止めた。

康生はじっと見る。

麻生は咳払いした。


「低く移動するもの、ですね」

「努力を感じる」

「努力しております」

「ありがとうございます」


麻生は深く頭を下げた。


「ご無事で」

「調査して戻るだけです」

「康生殿」

「はい」

「調査して戻るだけ、で済んだことは、これまであまりありません」

「言わないでください」

「ですが、どうか無事にお戻りください」


康生は少しだけ返事に詰まった。

麻生の言葉は、祈りじみている。

でも今回は、ただの信仰だけではなかった。

村長として。

人を送り出す側として。

戻ってきてほしいと言っている。

康生は頷いた。


「戻ります」

「はい」


麻生はもう一度頭を下げ、村の方へ戻っていった。

康生はその背中を見送り、息を吐く。


「変な言葉、我慢してくれたな」

「努力していました」


アオイが言う。


「そこは評価していい」

「はい」


作業艇の布と鉄板を外し、補助脚を収納する。

アオイが操縦席へ座った。

康生は給電端子の前に立つ。

接続補助アームが伸び、康生の手首に触れた。

冷たい。

昨日より分かっていても、やはり嫌だった。


「康生、低出力で接続してください」

「少しだけ電気を分けるつもりで、だな」

「はい」


康生は深く息を吐いた。

手首のアームが淡く光る。

作業艇の計器が順に点灯した。


――外部給電、確認。

――姿勢制御板、起動。

――反重力ユニット、最低出力。

――緊急搬出モード解除。

――長距離低速移動モード、準備。


「長距離低速移動モード」


康生は画面を見る。


「昨日の緊急搬出よりは安心できる名前だな」

「安全制限が多く設定されています」

「いいことだ」

「その分、速度と高度は制限されます」

「それもいいことだ」


亮太が後部の座席を見る。


「昨日よりちゃんと乗れそうだな」

「標準後席は二名です」


アオイが言う。


「亮太、千田。後席へ。荷台は物資用です」

「昨日は荷台に乗ったけど」

「昨日は緊急時運用です」

「緊急時。便利な言葉だな」


康生が言うと、アオイは淡々と答えた。


「はい」

「認めたな」


亮太と千田が後席に乗り込む。

康生は前方の縁を掴む形になった。

給電アームにつながれている以上、どうしても機体の近くにいなければならない。


「俺、座席じゃないんだけど」

「康生は外部給電源です」

「だから言い方」

「前部補助席を展開します」


作業艇の側面から、小さな折り畳み椅子のようなものが出てきた。

康生はそれを見て、しばらく黙った。


「あるなら最初から出せよ」

「昨日は緊急時運用でした」

「緊急でも出せるだろ。俺、荷物みたいにぶら下がってたんだぞ。まったく」


康生が補助席に腰を下ろすと、作業艇がふわりと浮いた。

地面から六十センチほど。

昨日より安定している。

それでも、地面から足が離れている感覚は落ち着かない。


「出発します」


アオイが言う。

作業艇は、森の中を静かに滑り出した。

車輪はない。

エンジン音もない。

地面を蹴る振動もない。

ただ、空気を薄く押し分けるように進む。

康生は前方を見ながら、小さく呟いた。


「…変な乗り物だな」

「旧文明小型長距離作業艇です」

「名前を言えば変じゃなくなると思うなよ」


森を抜ける頃には、東の空が少しずつ明るくなっていた。

村を避けるように北側へ回り込み、作業艇は低空のまま旧道の上を進む。

崩れた舗装。

倒木。

水の抜けた用水路。

錆びた標識。

徒歩なら半日かかる道を、作業艇は静かに越えていった。

悔しいくらい便利だった。


「これ、村人に見せたら絶対使いたがるな」


康生が言うと、千田が後ろから答えた。


「使いたがるでしょうな」

「ですよね」

「怪我人、食料、資材。運べるものが多すぎます」

「分かってます」

「隠し続けるのは難しい」

「それも分かってます」


亮太が少し笑う。


「康生さん、便利なもの拾うたびに嫌そうな顔するよな」

「便利なものは、俺の仕事を増やすんだよ」

「でも、使うんだろ」

「使わないともっと面倒になるからな」


アオイが頷く。


「論理的です」

「褒めるな」


山が近づいてくる。

標高が上がるにつれて、空気が変わった。

冷たい。

朝だから、というだけではない。

肌に触れる空気が妙に乾いていて、澄みすぎている。

遠くの山の稜線が、不自然なほどくっきり見えた。

康生は空を見上げた。

青い。

青すぎる。


「…なんか、俺の知ってる空より圧倒的に綺麗なんだが」

「はい」


アオイが即答した。


「大気中の微粒子濃度が低すぎます。通常想定値よりも低く、視程が過剰に良好です」

「視程が過剰」

「はい」

「空って、綺麗すぎても駄目なのか」

「生存に適した大気と、透明度の高い大気は一致しません」


作業艇が谷沿いを進む。

木々はある。

だが、緑の勢いが弱い。

枝ぶりが細く、葉の色もどこか薄い。

斜面の一部には、季節外れの白いものが残っていた。


「雪か?」


亮太が身を乗り出しかけた。

康生が即座に言う。


「乗り出すな」

「見ただけだ」


アオイが表示を出す。


「谷部に残雪を確認。季節想定より残存期間が長いです」


千田が低く言った。


「この辺り、昔はもっと緑が濃かったと聞いています」

「今は寒すぎるのか」

「可能性があります」


鳥の声も少なかった。

虫の音もほとんどない。

静かだった。

海へ行った時の、あの静けさを思い出す。

魚がいない海。

鳥が少ない浜。

生き物の気配が薄い場所。

今度は空と山が、それに近かった。

康生は嫌な顔をした。


「また、きれいなだけじゃ駄目って話か」

「その可能性が高いです」

「旧文明、ほんと止まれないな」

「管理者不在状態が継続しています」

「誰もいないのに、真面目に働き続けてるのが一番厄介だな」


作業艇の画面に、古い信号が一瞬だけ入った。


――環境保守施設群。

――大気浄化ブロック。

――奥飛騨炭素固定複合施設。

――外部保守端末、認識。

――管理者認証を要求。


「見つけたか」


康生が言う。


「はい。目標施設の外部ビーコンを捕捉しました」

「認証は?」

「ありません」

「だよな」

「ただし、外部保守端末として接近許可を申請可能です」

「また仮承認とかやるのか」

「必要です」

「人生第二部、仮承認だらけだな」


その時だった。

作業艇の表示が赤く変わった。


――上空移動反応。


アオイが顔を上げる。


「飛行型反応。三」

「鳥?」


亮太が言う。


「鳥ではありません」


アオイの声が少し硬くなる。


「大型ではありませんが、敵性個体の可能性が高いです」


康生は空を見上げた。

青すぎる空の中に、黒い点が三つあった。

鳥にしては大きい。

羽ばたきが不規則で、滑空と急旋回を繰り返している。

薄い膜のような翼。

細長い尾。

頭部から伸びる触角のようなもの。

それが、こちらへ向きを変えた。


「見つかった?」

「可能性、高」

「作業艇、戦えるのか」

「本機は衛星保守補助艇であり、戦闘機ではありません」

「トゥクトゥクに戦闘機性能を求めた俺が悪かったよ!」


千田が槍を握る。


「迎撃は」

「推奨しません。作業艇の姿勢制御が不安定化します。康生は給電中です」

「俺が動くと落ちる?」

「落下までは至りませんが、制御誤差が拡大します」

「嫌な言い方だな!」


飛行型が高度を下げた。

一体が斜めに降りてくる。

速い。

康生は思わず右手に力を入れた。


「アオイ、逃げるぞ」

「目標施設まで直行します。施設外郭防御が稼働していれば、飛行型の接近を阻害できます」

「稼働してなかったら?」

「その場合、別案を実行します」

「今言え!」

「未確定です」

「それ、別案無いってことじゃねえか!」


作業艇が速度を上げた。

低空のまま、谷沿いを滑る。

木の枝が近い。

岩肌も近い。

後席で亮太が歯を食いしばる。


「左、崩れてる!」

「認識しています」


アオイが機体を少し右へずらす。

飛行型の一体が、作業艇の後方へ回り込んだ。

千田が身を低くする。


「近い!」


黒い影が、頭上をかすめた。

膜の翼が空気を叩く。

冷たい風が背中を撫でる。

康生は給電アームにつながれたまま、縁を掴んだ。


「これ、めちゃくちゃ怖いんだけど!」

「高度を上げますか」

「枝にぶつかる!」

「では現状維持」

「仕方ないんだけど怖いって!」


アオイは揺るがない。

作業艇は山腹の旧道を離れ、谷の上を斜めに抜けた。

足元に、川筋が見える。

水は細い。

岩が白く乾いている。

その先に、灰色の巨大な構造物が見えた。

山肌に埋め込まれた、横長の施設。

斜面から突き出た吸気塔。

白く曇ったパイプ。

黒いカーボン材のような塊が積まれた保管区画。

そして、分厚い外郭扉。


「見えた!」


亮太が叫ぶ。

アオイが即座に通信を送る。


――外部保守端末、接近。

――緊急避難申請。

――飛行型害獣追尾中。

――施設外郭防御の一時開放を要求。


少し間があった。

飛行型が再び降りてくる。

康生は奥歯を噛んだ。


「頼むから、今は待機中とか言うなよ」


画面が光る。


――害獣追尾を確認。

――外部保守端末の緊急収容を仮承認。

――外郭扉、開放。

――進入後、即時閉鎖。


「通った!」


作業艇の前方で、巨大な扉がゆっくり開いた。

隙間は狭い。

だが、通れる。

たぶん。


「ぎりぎりです」


アオイが言った。


「言うな!」


作業艇が施設へ突っ込む。

飛行型が背後から迫る。

扉の上端が近い。

側壁も近い。

康生は反射的に首をすくめた。


「頭下げろ!」


千田が亮太を押さえる。

次の瞬間、作業艇は外郭扉の内側へ滑り込んだ。

金属が鳴る。

ぎ、と嫌な音。


「当たった!?」

「軽微接触」

「当たってんじゃねえか!」


背後で扉が閉じる。

飛行型の一体が、閉まりかけた扉へ突っ込んだ。

がん、と鈍い音が響く。

外側で、翼がこすれる音。

爪が金属を引っ掻く音。

やがて、それも遠ざかった。

施設内部は、静かだった。

作業艇は白い床の上でゆっくり停止する。

空気が違う。

外よりさらに乾いている。

だが、清潔だった。

埃が少ない。

異臭もない。

床も壁も、長い年月を経ているはずなのに、奇妙なほど整っている。

康生は息を吐いた。


「…助かった?」

「飛行型反応、外部。施設内侵入なし」


アオイが答える。


「現在、外郭防御は機能しています」

「じゃあ、ここは安全か」

「現時点では安全です」


アオイは施設の奥を見る。

通路の先で、白い照明が順に点いていく。


――環境保守目標、達成中。

――大気浄化効率、基準値内。

――炭素固定量、継続。

――管理者判断、待機中。


康生はその表示を見て、顔をしかめた。

安全であること。

清潔であること。

正しく動いているように見えること。

それが、今回は逆に怖かった。

アオイが静かに言う。


「施設が安全であることと、施設が正しいことは一致しません」

「だろうな」


康生は、白すぎる通路を見つめた。

外では、冷えた空を飛行型が舞っている。

中では、誰もいない施設が今も空をきれいにし続けている。

きれいすぎる空の理由を確かめるため、康生たちは奥へ進むしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ